2019年10月25日

そう言えば書いていなかった「頭ではわかるけど論」

記事リクエスト関連のやりとりでよく耳にする言葉にこんなんあります
 ↓
「頭ではわかるんですけど、感情的に納得いかないのです」

文章をよーーーーく読んでください
(わからない人は”繰り返し”)

ハイッ、
■「頭ではわかるんですけど、感情的に納得いかないのです」

何 か オカシイ と 思わない?


過去説明のさ、円周率(π)共同幻想と教育障害の矛盾とは違いますよ
「円周率が3.14ってのはわかりますが、何故3.14ですか?」
(これ実は教育障害では無いよって話ね。”常識化された合理性としての定理”←これだって『共同幻想』なので、鵜呑みにできない素朴な意見がオカシイのでは”無い”から。)
 ↑
これとは違ってさ、
話しはこっち
 ↓
「頭ではわかるんですけど、感情的に納得いかないのです」

頭ではわかるって言えば?『自意識』の事です
ええ、”それこそ自分本人じゃん”(あれこれ考える主体なんだから)
うんで、
自分本人の考えに”感情的に納得いかない”ってどういうことなんか?

「お前は誰だ」って話なんだよ


●ネタバレすりゃ
自我内において(そら全てが合理的に統合しているなんざ言わないが)
決定的な矛盾を抱えていることになるよね?


■裏取りする上で「それに近いけど違う話」もういっこ出しておきます
「松坂牛が”美味しい肉”だってことはわかるけど、口に合わないっていうか苦手なんだよね」
 ↑
ここの前提となってる”頭でわかる”は、(関心事項でも無い=自意識との関連の無い)客観的知識であって、
(思考が関係する)論理性では無いですから。


●「食べても空腹なのは腹持ちというか消化速度的に菓子パンは、、、、頭ではわかるんですが、どうしても菓子パン食べるのが空腹の原因だと思えません。ご飯に変えるとかアタシの食欲が納得しないのです。菓子パン食べたい。」
 ↑
こっちに近いんだよ「頭ではわかるんですけど、感情的に納得いかない」ってさ

朝ご飯食べたのにこのすきっ腹どうしたらいいですか?という問いがあったとして、
「菓子パンだけでなく牛乳飲むとか、ご飯にしましょう」みたいな解説があった時に、
「そういうことか」と頭でわかれば本来『自意識』の出番の筈で、
「だったらどうしたものか」とね(これ本音だから)
しかしこの時、
「菓子パン依存から、菓子パンをやめる選択は無く(感情的に反発があり)」
 ↑
ここに自覚があるだけでもどう変わる?
「牛乳って言いましたよね?そしたらアレかな(牛乳はお腹ゴロゴロする体質なので豆乳か?いやいやマズイってか豆乳もな〜ゆで卵でいんじゃね)」とか何かを変えようと考える(自意識が関与する)ワケだよ。
(すきっ腹の悩みをどうにかしたいってのは更に上位の本音なんだからさ)
(※上の栄養関係の話はネタで適当に言っているだけだからね←ここ誤解の無いように)


■■■しかしここに「強迫心理」介在すると■■■
それは『自意識』抑圧する者だからね、
上記の「本来『自意識』の出番の筈」ってところが弱くなる、
(弱いと思ったら「バカか俺」技を都度発動して『自意識』浮上させるしかないんだが)
そのまんまだと(自分を本音サイド回復のため偏向状態から変えねばって意識薄いと)、
 ↓
あたかも自分のアイデンティティーがさ(「強迫心理」って権威性認知だから)
「私は菓子パンを食う者なんです。それは変えられませんから、」とかさ
(上位概念は覆せませんって→いやいや概念がアイデェンティティーとかネーからww)
 ↑
このレトリック、一種の錯覚だよね、
 ↓
「頭ではわかるんですけど、感情的に納得いかない」

→続きを読む

タグ:強迫心理
posted by kagewari at 21:55 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(まいさんから”その後”)

(10/26 誤変換やら編集ミスが目立ったため、一部修正してます)

まいさん
>いつからか自分の中に申し訳なさ(後ろめたさ)のような感覚があり、だから辛い目に遭ってもしょうがないのではないか?のような思考でした。自分のために戦わなければならなかったのに、相手側に加勢していたも同じだったのですね。(=自分の利益を毀損する状況の共犯として。)今回の記事を読んで、私は言わずもがな後者(下を向いて頭抱える)なのですが、反撃できるのになぜいつもただ黙って耐えなければいけないことが前提なのか?と気付きました。どこからそうなったのか過去を探ってみようと思います。ありがとうございました。

だいたいそういうことです
このサイトでは「『自意識』共犯」なんて言葉で説明したりします
(※考え方として『自意識』共謀、教唆、ほう助ってのもバリエーションとしてあるでしょうね)

「”誰なんだ自分”、お前どっちの味方なんだよ」ってパターンです


<以降はオマケ「心理学の自我論」>

●こんな事いうと平和主義者の方にお叱り受けると思いますが
自然環境(ワイルド)における生物の基本として
「自分以外は全部敵、自分の身に危険が及ぶぐらいなら躊躇なくぶち殺す」
でないと”それこそ不自然”
(勿論生物は、過剰な攻撃性見せてもかえって自分が命落とす可能性もあるので←攻撃的撤退として逃げるか、戦うかなどの”状況判断”が重要になりますが)
 ↑
人類だってある時期までは全員迷わずそうなのです。
乳幼児として生まれた直後から(誰もがワイルドなエログロだった体験)←原始歩行しようとしているまでの時期、うーん産後10分前後まででしょうかww
(人格ってのは彫刻みたいに”自ら・外から”相対的に”後から刻んでできた形”だから)
 ↓
※『思春期』反抗期ってのは、その粘土細工《彫刻》を一度「なんじゃこりゃ〜」と叩き壊す行為で、大人自我を迎える上で”生理的発達で芽生えた私利私欲”ベースに基礎からやり直す作業。
(これを小さいスケールでやると?「バカか俺」技になる←彫刻刀持った修繕だよ)


●『共同幻想』論のひとつに”群体としての生命感”ってのがありまして、
「自分の命同様にこの人は守る」←主体判断として”これ本当に”自他の区別が無い状態
(※実際『共同幻想』は各人自我の一部を捨て、群体共有自我に置き換えますので嘘でも無い)
(※北朝鮮の主体思想《チュチェ思想》はこの構造を利用した”洗脳思想”)
 ↑
群れの相手を間違ったら大変なことになりますよね(笑
(※そこで現代『共同幻想』崩壊過程においては、確信犯的『共同幻想』”再選択”者だけが保守系思想の担い手としてコアなメンバーだけで存続するだろうと推定しており←大人の自分が「何者か」選んでこそ《その概念が文化伝統『共同幻想』から選ばれた時》「特殊部隊化」することで存続する)

(※中には、昨今欧米であった「ISテロリストになっちゃう欧米人」みたいな間違いも起きるけど)

→続きを読む

posted by kagewari at 13:00 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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