2019年10月16日

音楽の話ってほどではないけれど(Steely Dan / Donald Fagen)


なんてことない話なので「『単独者』の雑感」で、

ちょっと凄い動画を見つけまして

米国AORの雄 Steely Dan が名アルバム『aja』作成を語る動画で
日本製作だったのかな、日本語字幕の動画にコメント欄が全員アメリカ人みたいな、奇妙な動画でもあるんですが、とっても面白い必見です

Steely Dan "The Making of Aja" (Japanese)


何かコメント付けるってものでもなく(動画を観てくれって話です)
素人が何言っても仕方がないんだけどさ、
『aja』はアナログLPレコードがどっかにある筈でww
俺ウエィン・ショーターのファンなのに、
ajaで出てくる間奏のSaxがまさかショターとか知らなかった…。
なんてこった、
ショーターがちょい役で出るほど Steely Dan が大物だったのも知らなかったし、
そんなにJAZZ好きだったんだ、、
(Donald Fagenはアメリカの音楽がとってもセンス良かった時代の代表選手だと思ってたけど)


ちなみにDonald Fagenと言えば『I.G.Y.』

(何故かドトールの有線でよくかかっている)
大変録音がいい名盤と知られ、
スピーカーテストのポップス・ロック系リファレンスになってたりする


そもそもがドウービーの「Minute By Minute」がほぼDonald Fagenだよな〜とか思って
この時協力してたっけと思いあれこれ動画あさりしてて先の動画を発見したんだが
03.Minute By Minute〜Minute By Minute(1978)-The Doobie Brothers


(思いっきり Steely Dan みたいだよね 作詞 / 作曲Michael McDonald, Lester Abrams)

そして、あの動画ですよ
マイケル・マクドナルドがちょい役でコーラスとかやってたのかよ、、
「なんか友達だったわけね」どんだけ豪華メンバーのアルバムだったんだろ
やっぱアメリカは豊かな国なんだな

アメリカのミュージックシーン的にも”いい時代”でしたね
(※妙に日本のシティポップが人気の欧米ですが”その時代”へのノスタルジーなのかも知れません)

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posted by kagewari at 23:36 | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(ボー子 さんの”そのまた”続き)

何事ですかというと、

ボー子 さんより
>動画の説明ありがとうございます。ただ適応強迫ではなく、本当に事情があってそうせざるを得ないないのです。歩留まりの人の姿勢についてとても参考になります。ただ他の歩留まりの人達とはどこかずれてしまうようで、1彼らのリーダー格の人物の話したそうなネタを振って(既にそんな事とっくのとんまに知っていることを)気分よく饒舌に”彼らに”話させて、楽しい合いの手少なくとも(さりげなく)2”彼ら”よりお洒落に着こなしている(役作りの遣り甲斐)をどうこなしたら良いのか詳しくお願いします


「なるほどそういうことですか」
(うーんそれでも何か違う気がするんですが、この点は後述)

適応強迫では無く、
■『共同幻想』社会に食い込まないといけない”状況に強迫(脅迫)されている”ということだそうで(典型例は分譲マンションに引越したら地域社会乃至管理組合で揉めるなり、転職したらド『共同幻想』ブラック系企業だったであるなど)、
 ↑
ならそれはそれで(ここ返信求めなくても過去ログから応用できると思うのですが)


「最優先すべきは”そう強迫(脅迫)されている状況”」となります
(各個撃破戦術的に直面する『共同幻想』社会への食い込みを最優先すると”木を見て森を見ず”的に、局地戦に目を奪われて戦力の逐次投入みたいな”悪手”に追い込まれる。)

つまり、
それでも尚(前述括弧にあるような)目先の技術的解決に拘るようであれば、
●逆説的に言うと(適応強迫事例と同じ結論)
当時者としてのあなたのスタンスが(状況判断の誤りから)欺瞞的になってしまうワケですよ。
これは結果として『共同幻想』社会にとって軽蔑の対象となるので、意味が無い。

「それだけ、現状判断と自らの立ち位置」は重要なんです


過去ログ整理すると
1)これは嫌々なんだと(しかし何かの事情でやらねばならぬ←ここが立場上似ているので『歩留り』適応人格への関心ともなっている)

2)本来は全力で(最優先すべきは)『共同幻想』との関係性解消を目指すべきである(そして自らの人格選択)
(建て前としても←この見立てが無いと『共同幻想』社会側もその動きを容認できない→排除すべき真性の工作員ってことになりますから)

3)嫌々どころか「非『共同幻想』社会適応な個人」にとって、そもそも論として『共同幻想』社会の存在は「トンチキな未開民族のシャーマにズム社会のようなもの」であって、(そこに強迫されている)自分の行いは”おおよそ褒められた話では無い”という自覚


●加えて当該リクエストではありませんが、このブログ全体の過去ログにおける論説として
「非『共同幻想』社会適応な個人」は、
結果として、『歩留り』選択人格か、『単独者』人格の選択を選ばなければならず(ミクロ経済分析的に「会社組織法人」以外となれば「自営系」乃至「フリーランス」及び「その予備軍」しか分類は存在しないワケで→「結婚しないなら”行っても同棲的関係に留める”選択か”独身”以外の形態は無い」)、
未だ『歩留り』でも『単独者』でも無い「非『共同幻想』社会適応な個人」は、自身の脳内における『共同幻想』概念との関係(対峙する関係であることを見誤ると)間違うと、
「強迫心理(共有されていない『共同幻想』)」に(『自意識』が)『抑圧』され続けるため(どっちつかずな中途半端な状態に拘束される)
自己選択や自己決定が阻害されるんです(←ここが末尾にかかる重要事項
 ↑
こういう分析になるワケで
(見選択状態にある、自身の自我内においての『共同幻想』概念との関係も問われ続ける)

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posted by kagewari at 21:29 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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