2019年10月31日

”実存”云々の話「哲学専攻の方からの”突っ込みは禁止”」(2)

哲学に対する専門性はまったく自信が無い事に”自信”あります。
というわけでこれも『単独者』の雑感で、

※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)



<てなわけで>
■『単独者』がめんどくさい奴である真骨頂ってのは、
「世界で一番美味い牡蠣の食べ方を知っていて(なんとそれで1年間満腹となる発見)、それを誰にも決して話さない奴」←こういとこにあんだよwww
そして確かに、
「その方法を他者に知られると、その効用は知られた人数分に減少するのだ」←みたいな建て付けになってんのさ(古い時代になるほど『共同幻想』の脅威もデカかったのであり)
 ↓
「教えるのは構わないが、だとしたら『特許として申請したい』(知られて代謝が減る分の対価を払え)」的な認識ね、
自己責任を担保に、人生賭けた「事象の個人所有権」があってこその
「誰でも無い”俺が”実際に存在するってことだろ【実存上等!】」


【注】もちろん「知られたら減る」なんてのは妄想であり
”近代『単独者』盛り過ぎ”なんだけどww
(もっと冷静になろうよって)
しかし古代にはありがたいお経を「一子相伝(一番弟子にだけ自分が死を覚悟した時に話す密教みたいな)」とかさ、実際にやらかしていたのは事実なんだわ(決して文字に残してはならぬとかね)。


●『共同幻想』社会を”上場企業”、『単独者』を”自営業”に置き換えてみるともっとわかりいいかな?(ちなみに確信犯的『共同幻想』再選択は→創業200年の老舗とかね)

たとえば、
・ある喫茶店で「誰も考えた事の無いパンケーキがあった」とします
これは店主自慢のキワモノメニューで、顧客も喜び賑わうほどでは無いが今後店を維持する上で盤石のディシュだった
・意識高い系SNSオタクがこのメニューを画像で拡散
・近所の西友も(おおよそ半値で)惣菜コーナーに似たパンケーキを並べ始めた
・喫茶店の売り上げはそれほど違いは無かったが(驚きの声は消え)、かつて得られていた店主の喜びはどこか消え去り、(かといってその味が多数の子供達の知る事となった事を悪いとも思えず)店主はひっそりとそのパンケーキメニューを廃止した

(※そのキワモノパンケーキのお店って”実存”は失われた)


えーそんなこんなで、
■■■「知られたら減る」なんてのは基本近代『単独者』の被害妄想であって■■■
(さっきのパンケーキの話も、それこそ『自意識』の出番で「へー面白くなってきた」と転じることもできるからね)

存外に現代の『単独者』はおしゃべりなのじゃないかしらと思う
昨今『共同幻想』怖れるとかあんまし無いし、
あれこれ思いついたこと話しても減るもんじゃないしさ、
『単独者』が本当に『単独者』ならば、
だいたい『共同幻想』適応人格は「何言ってんのかわからない」から(笑
だいじょうぶなんだわ

(※ここが”カタギの医者”には「ほとんどフロイト心理学が理解できない」事情でもある)

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タグ:『単独者』
posted by kagewari at 02:57 | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月30日

”実存”云々の話「哲学専攻の方からの”突っ込みは禁止”」(1)

俺の哲学の知識なんてものは、高校の時「意味もわからず読み漁った本」だとか、
某有名四流大学の一般教養で選択したぐらいの話で、
フロイト心理学以降は(もうわかった的に)ほとんと接点無いから。
哲学に対する専門性はまったく自信が無い事に”自信”あります。

というわけでこれも『単独者』の雑感で、

※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)



■心理学テキストなぞに頻繁に出てくる”実存”って何か
前回が『共同幻想』の話だったので、今回は『単独者』の話です
どうもね、リクエストで『歩留り』『歩留り』と意図されてる意味が(自我防衛じゃネーのみたいな)都合のいい誤解から見たいな側面あるので、
『歩留り』をわかりやすくする意味でも、
『単独者』の話をしておくべだろうと思ったワケだよ。


●”実存”ってのは(『単独者』の発明でお馴染みの)「実存主義哲学」の”実存”なんだけど
「シュースポスの神話でお馴染みの『不条理』にこそ実存がある」っちゅうのを心理学的に補足してみようかなと、
(シューシュポスってのは神の啓示で無意味に岩を転がす男の神話で、その『不条理』こそが《人知の及ばぬ》神の実存である的に実存主義哲学がこれを展開した)
 ↑
知見無い人が『不条理』を非合理って意味か?みたいな考えちまい、
・あたかも「キチ○イじみた言動の事か」と勘違いするかもだけど”全然違う”から。
実存主義って言えばアルベール・カミュの『異邦人』思い出す人いるかもだけど、
(殺人の動機は太陽が眩しかったからの名台詞でお馴染みだが)
むしろカミュと実存主義語るなら『ペスト』でしょう
(治療法も無く、診療してもまったく無駄なのに《そんな不条理な中でも》治療を続ける医師の話)

確かにね「アンチ『共同幻想』」重視すっと、
「”彼ら”の合理性で理解できない事で無ければ”俺の実存が濁る”」ってな
原理主義的アレはあると思うんだが、
 ↑
この意味ワカラン人いる?



でわ、わかりやすくする意味で
◆◆<<【ちょっと”実存原理主義みたいな過激派”なら?】で考えてみますか>>◆◆

■事の始まりの近代ぐらいに戻して考えてみよ(西欧モデルで)
「俺はかくかくしかじかの理由で、この決断をした」
「ははーなるほど、聖書に書かれているなになにですね」
「おーいみんな○○君が、”なになにの行い”を始めるんだと」「なにほんとかっ」
 ↑
いやいや、それがキリスト教的に何かとかじゃネーって
(俺個人の言動をテメーらの『共同幻想』ロジックの意味で語るな)
「俺は自分の考えの話をしてんだっての!」

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タグ:『単独者』
posted by kagewari at 16:55 | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月29日

『共同幻想』社会適応人格における”自分”の研究

以前こちらもリクエスト関連記事でしたかね、
(やはりリクエスト記事だから気づかされることあるんですよ)
『共同幻想』適応人格って自分ってものが無い人的解説しましたよね
えーとこれだったかな
http://kagewari.seesaa.net/article/471052583.html

また、過去記事から定番で書いてきた表現ってのは以下
●自己をどうしたって『抑圧』する『共同幻想』適応人格ってのは、その設計上「プライベートに本音が言えるのは風呂とトイレの中だけである」って話

<この辺踏まえて>
■もちょっと深く論議してみようと

『共同幻想』社会ってのは階級構造(近代以降は階層構造なんだろうけど)ですから、自己の在りかってのも”場面”に応じて微妙に変化していきます。
上部構造から下部構造へ行くほど『抑圧』のレベルは低下し(言い方変えると所属社会の人数合計が多いとこから→最少人数になればなるほど自由度が増す構造)、自己表現可能性が高まる。

●高い強度
会社の営業会議において
「ハイ、意見ある人?」(自分登場せず)
 ↓
●かなり高い強度
上司から業務命令があり
「何か質問は?」(自分登場せず)
 ↓
●十分な強度
同僚とオンタイムの仕事中
「調子どう?」(自分登場せず)
 ↓
●気安い強度
同僚とオフタイムの残業中
「これさ大丈夫だと思う?」「どうだろ自信ないかな」(この辺から自分登場)
 ↓
●リラックスした強度
同僚と完全なオフタイム飲み会にて
「もうさやってられないよな、コラお前どー思ってんだ言ってみろ(ウィップ)」
「えーなんだってぇ〜、しりまへんよ〜俺がなにしたってんスカー!」
(この辺から愚痴なども出るように)
 ↓
●標準強度
妻と晩御飯
「今日はどうだった、また飲み会で○さん荒れてたの?」
「まあね、いつものことだよww」
(自称、俺の普通の状態《ノーマルモード》人格登場)
 ↓
●軽強度
娘から声掛けられる
「お父さん部活のお金」
「あっ忘れてた、お母さんに言っておくから」
(自称、俺のプライベートモード人格登場)
 ↓
●強度無し『共同幻想』最下層原則モード
自室にて
「えーっと、途中まで読んだ本どこやったっけ」
(社会人としての常識は営業中)
 ↓
●『共同幻想』解除
ひとり風呂で入浴中

「あーめんどくせ、休み何日だ?」(うっすい『自意識』登場)

(※個人差あると思うけど、風呂よりトイレの方が若干プライバシー度高くなるんじゃまいかな?不動産こぼれ話的には『共同幻想』適応系の顧客が「設備としての風呂とトイレのプライオリティー高いのは”本当に大事なことだから”」だと思う。→『歩留り系』から唐突に3点ユニットでも全然OKですとなる。→あくまで極論だが『単独者』をたとえるなら「風呂無しでもOKです」みたいなww)
(※故に、現代ネタ的には「ミニマルライフやミニマリスト」って選択に『歩留り』層が考える一種の『単独者』イメージみたいなんがあるのかな〜と思ったり思わなかったり)

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posted by kagewari at 15:35 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月28日

イジメ問題の更なる補足「相対強度論」

(イジメ論の解釈においてあまりにも誤解が連発するのでサイドバーに独立記事として出してるの読んである前提の話だから、よろしくです。10/28末尾にちょっとだけ追記)

これひょっとすると
イジメ論に頻発する誤解のアレってのかな、
潜在的に求められている”解決”っぽい姿ってこの事か?みたいな
「いやいやその解決はマズイだろ、本当にそれが実現して本音で歓迎できるか考えてみ」
「それは無いわ」
 ↑
つー話です

■原理原則から言うと
社会構造の図式的に「イジメってのが『共同幻想』社会の安全保障の発動」ってのは説明してきたとおり、故に「イジメられる側」は『共同幻想』社会から「脅威認定」されているワケで、
=「相対強者がイジメ被害者」であることがこの論議のポイントとなる。
(或は解決を難しくするポイント)
それは同時に
「『共同幻想』社会側の”群れ”は、イジメ被害者個体単体に対し全体で総体弱者を意味する」
(それほどまでに『共同幻想』ってのは組織内においては”共有体制の確立”抜きに存続できないっつー固有の脆弱さがあるワケだ。←その権威性に疑問を持ったら最後、一発で”『共同幻想』そのものがネタバレ崩壊”してしまうため)

でね、心理学的にイジメ問題の解決なんてものは、
学校やらPTAやら体制側には到底無理なのであって(壊される側なんだから)
問題の原因ってのが、「いつの時代にクラス(階級)運営してんだよっ」てな文科省なのよ。←それこそ悪の元凶とか言うなら文科省さ(ひょっとすれば文科省が日教組と手打ちしたとかそういう煮え切らない経緯始まりがあんのかもしんない)。

そしてイジメ被害者を守る方法はひとつ
「とっとと問題起こした『共同幻想』社会から切り離すこと(フリースクールなど)」
そして『共同幻想』側に何か責任取らせるならば”お家鳥潰し”(廃校)しか手が無い。
(結果クラス《階級》運営の学校が次から次と廃校になり、大学と似た単位制開放型の運営に変わってくれればこれ幸いなのよ。)

つーのが大体の<まとめ>なんだけどさ
 ↑
非情に高い確率で、
この解説は「イジメ被害者サイドから苦情まがいの批判」が殺到するんだなww


■そこで考えた(ってか自分の子供時代を思い出した)
あーあーあーあー、
ひょっとして
「イジメ被害者サイドからの(潜在意識の中で漠然とだが)期待される解決ってこれか?」
(時々『歩留り』層の巣窟と思われる2chなんかだとそういう期待も出ていたりするような)

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posted by kagewari at 03:35 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月27日

芸術と昇華(絵画や彫刻や音楽やダンスやデザインや設計もかな、或は科学もか)


素朴に、
類人猿から「武器や道具を持ったり、倉庫や住まい、貯蔵を思いつく」のはわかる
だけども(ラスコーの壁画ってもうクロマニヨンだっけ?)

絵を描こうとかさ、ましてや音楽を発明した奴はほんとスゴイと思う。
(最初に音楽発明した奴は、狂人か預言者かってそら大変な事だったろうに)
思うに、ダビンチ参考にすっと「絵画や彫刻、デザインに設計と科学」って関連事項だと思うんだな。
その中でも異質なのは「音楽とダンス」でしょう。
これさ、最初にやった奴って何をしようと思ったのかな?
フロイト先生があれさ、説明つかないとこまで”何”しているのに(脳内にはエスカレーションなりの何が関与しているにも関わらず)メンタル問題として問題意識化するのでは無く、
なんてーの本来抑圧受ける筈の『自意識』が、脳内のそれを”外的事実”みたいに見てしまい(そら幻想に違いないのだが)、そのまんま外部に「こんなんあります」とアウトプットする現象を、
俺は『昇華』と定義したのだろうと思っている。
(『昇華』に関しては心理学世界でも仮説ってか、論議別れるとこあると思うので推定とします。)

■量子論のアレじゃないが(観察者の視点により現実が改変する)
(自意識が『抑圧』されるのでは無く)
”幻想”を認識できる者にとって、
それも脳がイメージしたアレでしょ?(笑
なんつーかさ、
「マジにドラゴンを見たのでは無い」
(エスカレーションしている脳内幻想にもそんな具体的イメージは無い筈なんだよ←幻想は単なる概念だから)
この幻想を間違って(何の間違いなのかよくわかんないんだけどさ)
観察してしまった瞬間、それは何らかの具体的イメージなのであって、
(始まりが幻想なのだとしても)アウトプットの過程で”作品”となる。

※ちょっと補足すると「その幻想が必ずしも強迫心理だけとは限らない」のも事実
「退屈したら死ぬ病」である人類ヒト科には「誰にもリビドーのカオス」があるワケで、
動機形成のプロセスってのは「これ面白いんじゃない?(これで快感代謝できないか?)」的に、ある意味そこ現実に置き換える行為だから、想像領域段階では”現実離れしていてもよい”ので、「強迫心理」ってのはその前段階の一種であるのは事実。ここの同階層に「これだよこれ、これは現実にあり得ることだ」と(おおよそ現実離れしたww)”面白い事”が発生すると『自意識』で見る事できますよと、 ↑
※ここに関してはもうちょい補足があって、
『昇華』の類の行為ってさ、通常の人格には「現実不可能な事」だったりするので、
通常は「強迫心理」側にのまれるってのかな(取り込まれるってか)、自意識を抑圧する象徴化された何かに流用されるのが自然だと思うのね。
それがさ「ホントにあるんじゃね!」なる現実の幅の大きいってか(笑、そういう特異な自我の場合、強迫堕ちせずにだ、「これまで無いのなら俺が造る」ってパターンがあるワケだよ。
 ↑
●ここの「現実の幅の大きいって」
造語で呼べば「ドン・キホーテ症候群」みたいなもんじゃんww
(現代ならやれ発達障害だとかに分類されてても驚かない)
なんとも言えないの、フロイトの『昇華』論もイマイチ何言ってんのかわからないんだけど(だから仮説だと思う)、そんぐらい『芸術』の説明は難しいし、完全には無理って気もする。


と、いうわけで、ある程度仕組みはわかる、
でもさ、

踊るか? 奏でるか? ←なんだこの凄い発想

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posted by kagewari at 17:50 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月25日

そう言えば書いていなかった「頭ではわかるけど論」

記事リクエスト関連のやりとりでよく耳にする言葉にこんなんあります
 ↓
「頭ではわかるんですけど、感情的に納得いかないのです」

文章をよーーーーく読んでください
(わからない人は”繰り返し”)

ハイッ、
■「頭ではわかるんですけど、感情的に納得いかないのです」

何 か オカシイ と 思わない?


過去説明のさ、円周率(π)共同幻想と教育障害の矛盾とは違いますよ
「円周率が3.14ってのはわかりますが、何故3.14ですか?」
(これ実は教育障害では無いよって話ね。”常識化された合理性としての定理”←これだって『共同幻想』なので、鵜呑みにできない素朴な意見がオカシイのでは”無い”から。)
 ↑
これとは違ってさ、
話しはこっち
 ↓
「頭ではわかるんですけど、感情的に納得いかないのです」

頭ではわかるって言えば?『自意識』の事です
ええ、”それこそ自分本人じゃん”(あれこれ考える主体なんだから)
うんで、
自分本人の考えに”感情的に納得いかない”ってどういうことなんか?

「お前は誰だ」って話なんだよ


●ネタバレすりゃ
自我内において(そら全てが合理的に統合しているなんざ言わないが)
決定的な矛盾を抱えていることになるよね?


■裏取りする上で「それに近いけど違う話」もういっこ出しておきます
「松坂牛が”美味しい肉”だってことはわかるけど、口に合わないっていうか苦手なんだよね」
 ↑
ここの前提となってる”頭でわかる”は、(関心事項でも無い=自意識との関連の無い)客観的知識であって、
(思考が関係する)論理性では無いですから。


●「食べても空腹なのは腹持ちというか消化速度的に菓子パンは、、、、頭ではわかるんですが、どうしても菓子パン食べるのが空腹の原因だと思えません。ご飯に変えるとかアタシの食欲が納得しないのです。菓子パン食べたい。」
 ↑
こっちに近いんだよ「頭ではわかるんですけど、感情的に納得いかない」ってさ

朝ご飯食べたのにこのすきっ腹どうしたらいいですか?という問いがあったとして、
「菓子パンだけでなく牛乳飲むとか、ご飯にしましょう」みたいな解説があった時に、
「そういうことか」と頭でわかれば本来『自意識』の出番の筈で、
「だったらどうしたものか」とね(これ本音だから)
しかしこの時、
「菓子パン依存から、菓子パンをやめる選択は無く(感情的に反発があり)」
 ↑
ここに自覚があるだけでもどう変わる?
「牛乳って言いましたよね?そしたらアレかな(牛乳はお腹ゴロゴロする体質なので豆乳か?いやいやマズイってか豆乳もな〜ゆで卵でいんじゃね)」とか何かを変えようと考える(自意識が関与する)ワケだよ。
(すきっ腹の悩みをどうにかしたいってのは更に上位の本音なんだからさ)
(※上の栄養関係の話はネタで適当に言っているだけだからね←ここ誤解の無いように)


■■■しかしここに「強迫心理」介在すると■■■
それは『自意識』抑圧する者だからね、
上記の「本来『自意識』の出番の筈」ってところが弱くなる、
(弱いと思ったら「バカか俺」技を都度発動して『自意識』浮上させるしかないんだが)
そのまんまだと(自分を本音サイド回復のため偏向状態から変えねばって意識薄いと)、
 ↓
あたかも自分のアイデンティティーがさ(「強迫心理」って権威性認知だから)
「私は菓子パンを食う者なんです。それは変えられませんから、」とかさ
(上位概念は覆せませんって→いやいや概念がアイデェンティティーとかネーからww)
 ↑
このレトリック、一種の錯覚だよね、
 ↓
「頭ではわかるんですけど、感情的に納得いかない」

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タグ:強迫心理
posted by kagewari at 21:55 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(まいさんから”その後”)

(10/26 誤変換やら編集ミスが目立ったため、一部修正してます)

まいさん
>いつからか自分の中に申し訳なさ(後ろめたさ)のような感覚があり、だから辛い目に遭ってもしょうがないのではないか?のような思考でした。自分のために戦わなければならなかったのに、相手側に加勢していたも同じだったのですね。(=自分の利益を毀損する状況の共犯として。)今回の記事を読んで、私は言わずもがな後者(下を向いて頭抱える)なのですが、反撃できるのになぜいつもただ黙って耐えなければいけないことが前提なのか?と気付きました。どこからそうなったのか過去を探ってみようと思います。ありがとうございました。

だいたいそういうことです
このサイトでは「『自意識』共犯」なんて言葉で説明したりします
(※考え方として『自意識』共謀、教唆、ほう助ってのもバリエーションとしてあるでしょうね)

「”誰なんだ自分”、お前どっちの味方なんだよ」ってパターンです


<以降はオマケ「心理学の自我論」>

●こんな事いうと平和主義者の方にお叱り受けると思いますが
自然環境(ワイルド)における生物の基本として
「自分以外は全部敵、自分の身に危険が及ぶぐらいなら躊躇なくぶち殺す」
でないと”それこそ不自然”
(勿論生物は、過剰な攻撃性見せてもかえって自分が命落とす可能性もあるので←攻撃的撤退として逃げるか、戦うかなどの”状況判断”が重要になりますが)
 ↑
人類だってある時期までは全員迷わずそうなのです。
乳幼児として生まれた直後から(誰もがワイルドなエログロだった体験)←原始歩行しようとしているまでの時期、うーん産後10分前後まででしょうかww
(人格ってのは彫刻みたいに”自ら・外から”相対的に”後から刻んでできた形”だから)
 ↓
※『思春期』反抗期ってのは、その粘土細工《彫刻》を一度「なんじゃこりゃ〜」と叩き壊す行為で、大人自我を迎える上で”生理的発達で芽生えた私利私欲”ベースに基礎からやり直す作業。
(これを小さいスケールでやると?「バカか俺」技になる←彫刻刀持った修繕だよ)


●『共同幻想』論のひとつに”群体としての生命感”ってのがありまして、
「自分の命同様にこの人は守る」←主体判断として”これ本当に”自他の区別が無い状態
(※実際『共同幻想』は各人自我の一部を捨て、群体共有自我に置き換えますので嘘でも無い)
(※北朝鮮の主体思想《チュチェ思想》はこの構造を利用した”洗脳思想”)
 ↑
群れの相手を間違ったら大変なことになりますよね(笑
(※そこで現代『共同幻想』崩壊過程においては、確信犯的『共同幻想』”再選択”者だけが保守系思想の担い手としてコアなメンバーだけで存続するだろうと推定しており←大人の自分が「何者か」選んでこそ《その概念が文化伝統『共同幻想』から選ばれた時》「特殊部隊化」することで存続する)

(※中には、昨今欧米であった「ISテロリストになっちゃう欧米人」みたいな間違いも起きるけど)

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posted by kagewari at 13:00 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月24日

自己分析のリスクと可能性(過去記事とほぼ同じ趣旨です)


なんせブログの構造上過去記事がどんどん埋もれるので、
【重要事項】はある程度敵的に挙げておくべきかなと、今回は「自己分析」に関してです。

■大きな前提として抑えるべきとこは
アングラ情報ではあるんだけれど(確度は決して低くないと思う)
日本の精神科医の一部が自主的にフロイト心理学勉強会をやってるって話で、
(それこそ臨床系や精神科系にはご法度なとこあるんだけどさ)
この時、「自己分析」は危険なので必ずサポート役を配しているってネタね。

●この件に対しての当事務所の見解だけれど
そもそも「自己分析」における危険性(自我崩壊など)、
その理由をだ心理学的に考えれば話が早い。
 ↓
これはフロイトの一番弟子のユングがあんなことになっちゃった(トンデモ・オカルト系であろうことかオカルトフェチのナチスに利用されEU圏でのフロイト心理学後退の大元凶となってしまう)、
その原因ですよ。

『共同幻想』適応系人格には「心理学が理解できない」
理由は簡単、理解する=自身が帰属する『共同幻想』ネタバレ崩壊に至るので、『共同幻想』適応人格は自我の一部(『共同幻想』適応により『自意識』の代替としての共有自我)、ここが唐突に根拠を失うため、(メンタルに問題意識を持つ自我ケースと同様に)「自我防衛的抵抗」であるとか「反動保守化」であるとか、(ユングのように)オカルト的偏向解釈やら(ここは新興宗教入信リスクにもなる)、
予定外にテンパってしまうからです。

加えて、大人しく臨床系や精神科医などに進学から免許取得のオンザレールなコースに適応している大多数の自我は『共同幻想』適応系となるので、
=臨床系や精神科系の医師がフロイト心理学勉強会で「自己分析」やるのは危険であると。
(てかさ理解できないんじゃないかと思うんだ、俺、素朴にさ、)
 ↓
(※ちょっと意味わからない人に補足するとだ→「緊縮財政派の財務省の官僚にリフレ派経済学の講義をするようなもの」だからさ。或は「近代にタイムスリップして古典経済学派にフロイト・ケインズ経済学の講義をするようなもの」とかね、はたまた「ガチのマル系左翼思想な人に資本主義・市場経済の優位性を講義するようなもの」などなど、←【強烈な反発】や反動を招くことは誰でもわかるよね)


■さてこれに対して(そもそも被験者”俺”が自己分析派であることも手伝って)
「自己のメンタルに問題意識を持つ自我における自己分析のリスク」ってさ
 ↑
ある意味論理矛盾あるよね(笑
リスクもクソも、(間違ってさえなけりゃ)善意の第三者である精神分析系の知見者が分析レポートを答申するのと何の違いがあんの?って事でしょ。

確かに、確かに「自己分析において間違う可能性」はあんだよ。
しかし【ここから重要】

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posted by kagewari at 19:33 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月23日

リクエスト関連(今度こそまいさんから)


まいさん
>解説して頂きありがとうございました。概ね理解できたと思います。少し目が醒めたような感覚です。ただ、戦後後遺症や最近の事件だと変な輩に突然車の窓ガラスを叩き割られた等、事後だと例えば防弾ガラスにするなど対処できると思いますが、自意識が選択する間もなく突発的に起きてしまった事は防ぎようがなく恐怖の記憶は残ると思います。(不運だった、タイミングが悪かった。)そういう場合の被害感情やトラウマは分けて考えるべきなのでしょうか?


■ここは心理学サイトで、救急救命などは専門外ですから、
傍証などからの見解となりますが、

戦時外傷性障害(PTSDの発見)事例に
想定していない(交戦中では無い)被弾を原因とするものが無い事
心理学的にも、トラウマ系症例が『自意識』が事象に対峙した時どういう状況判断と自由選択における能動的決断ができたのかに起因します(反対のスタンス「状況判断の誤謬や自意識抑圧による『被(こうむる)』認知」や認識下でリスクが最大化する)。

※車の窓ガラスどうこうは”ビックリ”する事がメインなので(ビックリがメインだとエピソード記憶にならない「事象全体をパッケージで常に再生可能な記憶として脳が格納すること」)、死に関わる重大事案の突発事例で考えてみます


■戦場の症例にはありませんが、突発的被弾にフラッシュバックを伴うトラウマ的症例リスクが発生する可能性は否定できませんが、
ここで重要なのは以下
1)即時気絶昏倒する場合、記憶に残らない場合もあるので例外
2)逆に適合事例は「即時気絶昏倒しない場合」となる=その時『自意識』はどう活動したのか?やはりこの時の自意識の関与が鍵となる事が推定される
(事象発生後、救急搬送されるまでの間の意識活動の内容が大きく関与する可能性←発生要因はPTSDと同じ解釈になるだろう)
3)出血性ショックの救命に関して

■この3)出血性ショックの救命に関してが最も参考になるかと思います
出血性ショックは、所謂よく聞く死因の「出血多量」の死因です。
症状の詳しい推移は詳しくわかっていない部分もあるのですが、
(ミクロ要因としては細胞レベルでの酸素不足)
血圧の変動や、防衛大などの論文における”凝固異常”や”アシドーシス(血中の酸性バランス)”などが考え得るところですが、
同時に救急救命の対応マニュアルなどにおいて「止血帯措置を行い”意識を保つよう”声かけを続ける」とうものがあります(低体温も問題となるので、他には温めるや血を身体に回すため下肢を上げて仰向けに寝かせるなど)。

症例名からして”ショック”とあるように、
衝撃発生直後の『自意識』の現状認識と判断が大きく関係する事が想定されます。
(不安やパニック発作で血圧や循環系は大きく変動するからです)
(同症例は、男女問わず生殖器などを殴打圧迫された時にも発症例あるようです)


●突発性とは言いきれませんが、
出血性ショック事例を考える上で参考となる事例があります
wikiで「舩坂弘」と検索してください
「アンデッド・リジェネレイター・不死身の日本兵」などと恐れられた帝国陸軍兵士です。
彼は通常なら「出血性ショックで5、6回は死んでる筈の男」ですが、
生き残るだけでなく、致命傷を負いながら躊躇なく戦闘行為を継続します。
(子供時代から傷の治りが早い体質だと証言している)
特徴は「明解な『自意識』の状況判断と決断です」

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posted by kagewari at 14:49 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

米国人だけなのかな「やたら点を付けたがるの」


「うーんこれは 10 of 10」←よく聞きますよね
映画からドラマから音楽から、なんにつけても
彼ら曰く「レーティングやりたがる」なんだろうねこの国民性わ

 お前がなんで点とかつけてんだよ

なんつーか日本人としては思ってしまうのですよ
言うに及ばず”偏差値認知”ってのは『共同幻想』権威性認知鉄板のアレです
「オマエらの世界はそんなコッテコテの階層構造になっとんのかいって」
(流石近代までガチガチの階級社会だった欧米ならではなんかしらね)

ワビサビに点が付けられない概念だしね、
(そもそもワビシイ・サビシイが《風雅では無いな、、》不条理な実存感というかそこに静謐な美意識や価値を見出し褒め言葉になっているのが日本文化ですから)

●欧米の反響動画なぞ観ていると
常にこの「10 of 10」とか得意げに言っているところでイラっとするのです(笑
逆に言えば、彼らの暮らしてきた「近代以降の宗教改革的『共同幻想』社会」ってのは、欧州における極端な世俗化を踏まえても「しつこくその残滓に悩まされている」気がするのです。

キテレツなファッションするだけでもゴス(goth)とか呼ばれて、
「社会適応できないはぐれ者扱い」になっておりまして
フリークスとまで言わないが、まあそれに近いんでしょう。
日本好きなヘンテコ外国人のかなりの数が、そんな偏見を忌み嫌い日本に傾倒しているとこあるのは半ば周知の事実で、

昨今の彼らの特徴として(BABYMETAL他日本のロックバンドの評論でよく出る論議なんだけど)
「何故ここで英語の歌詞になるん、日本語で歌えよ」←ってのがあるのさ
これかなり彼ら定番の批判的着眼点になりつつある。
「英語の歌詞や、英語のナレーションにすら怒る」
 ↑
ここに日本好き(蔑称weaboo)の斜め上擁護が飛び出すと
「日本人はすっごく日常的に英語とちゃんぽんで会話するから、それで普通なんだよ」
(いやいや、そんなこと無いからww、小池知事もそれほどでは無いぞ)
などという、違う方向に論議が向かったりしている始末。

実際観光客として意気込んで来ているweabooな人などは、
日本語で話かけているのに、親切な日本人から英語で返事されて悲しくなっていたりだね、
どうすりゃいいの?
みたいな世界もあったりする。

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posted by kagewari at 06:10 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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