2019年08月22日

根本的におかしい『教育論』

本来「使用前・使用後」で何か変わっていなけりゃ意味無いですよね。
(普段使うワケでも無いクイズの回答名人みたいな知識じゃ果たして知識なのかも怪しい)
きっとね、識字率を一気に引き上げるような第三世界からのテイクオフ時なんかが”教育効用率最大”の状態なのでしょう。
或は、社会教育のようなシャーマニズム迷信の残る地域に公衆衛生の普及を図るシーンなど。

先進国になってからの教育と言えば、
理数系や語学系の人には迷いは無いと思うんだけれど(技術的にできる範囲が広がる実感伴いますから)、問題は人文系ですよ文系。
テストが終われば全て忘却するような歴史や法律などの理解ってものが”これ果たして教育なのだろうか”はなはだ疑問です。
ましてや、その教育が政治的プロパガンダ含んでいたら百害あって一利無し。

一般教養で哲学や心理学選択できるのは大学からですが(専攻科の場合は更に詳しくやるのでしょうけれど)、この辺の学問は激しくそれぞれの学派で解釈や中身違っておりましてww
心理学や経済学に至っては、敵対する学派同士で「インチキ言うな詐欺師共め」のような水掛け論になっている始末で、現在進行形の学問になります。
(見方変えれば、人文系なんてのはその後独学で是非を詰めて自分なりに判断していく学問)


■暴論極論になりますが、
義務教育機関の文系学問ってのは「国語だけでもよい」(IT時代的には漢字のテストも不要かも)
その他の文系学問は”サブカル分野”として、試験なども免除の対象で「それなりの論文書ければ(感想文程度でも・wikiのコピペでも)全部OK」でいんじゃないのか。
この方法で(義務教育間を殊更理系重視って意味では無いが)
”ゆとり教育”みたいな手法では無く、カリキュラムそのものを削るってか(自宅で学校配信の動画見て感想文でもよいなど)履修単位そのものにゆとりを持たせてしまえばいいのじゃないのか。
(体育やら技術家庭なんぞは全部選択性でも問題無いでしょ←よっぽど地域の民間スポーツクラブの方がレベルが高い。)

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posted by kagewari at 20:22 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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