2019年08月20日

『単独者』の雑感「NHKから国民を守る党立花党首へ提案」

※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


言っとくけど暴論です(更に雑感だからいいだろとかなりふざけた内容だから)、
そして俺は「NHKから国民を守る党」支持で、実際先日の参議院選挙で一票投じてます。
ですから暴論ですが割とマジな提案です。


■丸山穂高議員を人気youtuberにする方法があありますよっ

タイトルは「アルtuber穂高の部屋」
●毎日22時からに丸山議員に一杯飲ませて【報道ステーションを観ながら〜23かZEROまで】言いたい放題生中継(番組最後は必ず立花氏が「飲み過ぎ」と羽交い絞めで終了)、
勿論第一回ゲストはマツコ・デラックス(とっぱらいでギャラ100万渡すところまで生中継)
帰る時に立花氏と睨み合うほか、
 ↑
連日ゲストに名だたる酒豪や乱暴者を招き掟破りの対談番組
(※ワイドショー批判なども織り交ぜつつ締めくくりは「今日のニュース9」)
<提供、NHKをぶっ壊す立花考志がお送りします>

●朝一には「穂高のめざまし釈明会見」
基本昨晩の暴言を釈明謝罪する番組
(加えて朝日毎日東京新聞を読みながら悪態をつく)


「穂高の部屋」を見ながらビール片手に自宅でも報道ステーションを観るというね、
昭和のプロ野球中継的な人気コンテンツになる可能性もありますよ。
(朝番組”釈明会見”の仮想敵はモーニングショー)
●勿論日曜日は特番「丸山穂高のサンデーモーニング」
(言わずとも意味わかるよね)

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posted by kagewari at 13:47 | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月19日

これ実は「上念氏は最強のカードなのかも知れない」

悩ましい左翼政治思想(実体はこちらも『共同幻想』)ですが、
支持母体から考えるとあれれ?
労働組合運動ですよね?
市井の人達の所得を云々って話ですよね。
いや大事な事忘れてた、始まりは「マル経」じゃないですか!(笑

■始まりは『経済学』

なんだか、現代社会の左翼政治思想があまりにもアレ過ぎてすっかり本来の姿を忘れておりましたよ。言えばさ「特定の経済学派」なワケでしょ。
運動云々はともかくにもだ(てかさ労働運動とかの根拠はマル経よかケインズじゃねって話もある)
経済学としての論拠が崩れたら存在意義無いじゃんww
「まぬけな勘違いでした<終わり>」だもの

さて、始まりは「経済学」だったものがいかに宗教カルトのような『共同幻想』に育ったのか←ここを解き明かせばよろしいって事じゃないですか(ネタバレ崩壊するから)。

●すっかり右派論客みたいになっている経済評論家の上念司氏ですが
例の本(経済で読み解く日本史)、ツボだったのかも知れません。
(かくいう俺は読んでおりませんがwwままよで進めましょう)
これって「まぬけな経済学の間違いに始まる『共同幻想』、様々な失敗例」を紹介しているのも同然であり、左翼政治思想にとって致命的とも言える弱点をついたものだろうと。
(※なんでしょうね、チャンネルくららの上念氏後輩倉山氏が日本官僚制度最大の問題として「内閣法制局」を挙げているとこと共通するものを感じる。←皮肉にもこの指摘は昨今すっかり左翼側の人に成り果てた小沢氏と同じ。)

てなわけで、
「たんなる経済学だったものが何故に教カルトのような『共同幻想』に育つのか」
 ↑↑↑
ここを考えてみましょう。
※過去記事「国の富と自由(経済学がイデオロギーに化ける時)」も参照ください
http://kagewari.seesaa.net/article/468769759.html
(上記記事だと『革命』だと『共同幻想』構造はなーんも変わらないだろう的話)


■所詮経済学なのに「何故道徳論の結合しちゃうのか」←ここでしょうココ
(心理学には回答のようなものが無い件で話したとこの逆だよ逆)
マル経の資本論もそうだけれど、ケインズのデストルドー論にしても、
(著者の心情的な部分は付帯事項で本論ではありませんから無視してですね、)
言わんとしているのは、
「経済政策運営の間違いを指摘したり、合理的な解決策を論じたかった」のですよ。
(それが正しいのか間違いなのかは、その後の歴史や学派の論争などに任せるかたちで。)
 ↓
ザックリ言えば「それは違うんじゃね?」が言いたかっただけ

と、こ、ろ、が、だ、
■特にマル経において「資本家がどうこう、労働者が搾取されどうこう」などなどの分析が
なぜか、「悪い資本家、可哀想な被害者である労働者(本当はもっと豊かな暮らしができる権利があるのに)」に転じ
 ↑
ここの論理矛盾に気が付けって
マルクスが執筆時の感情としてどうだったとかはさておき、
経済学の論旨は「内需拡大もせず、資本家が総取りした所得を貯めこむと(←ケインズでいうところのデストルドー)、いつかは過剰在庫で経済が滅びる」←だいたいそんな話なのよ。
”いいとか悪いでは無く”→「ホラ、ここ間違ってるバカみたいだろ?」がテーマであってだね。

何故かマルクスはプロレタリアート革命みたいな方向いっちゃうんだが、
ケインズ以降の政治経済では「(いやいや人殺しなんぞせんでも)高額削特車に累進課税して、独占禁止法でルール違反の市場支配を禁止し、労働組合を保護して所得増し、政府の公共投資で所得分配すればいんじゃね?」←だいたいマルクスが指摘した経済学上の問題はケインズにより解決しちゃったんだよね。

だったらもういいじゃん、
●次のテーマは「持続的経済成長論」とかになる(或は「先進国経済のソフト化における公共投資効果の下落と所得分配論」みたいな)、


■思うんだけどさ、ここがひっかかったんだろね。
 ↓↓↓
「可哀想な被害者である労働者(本当はもっと豊かな暮らしができる権利があるのに)」
道徳論と、ガチ『被(こうむる)』受動系認知(反動係数エスカレーションのオマケ付き)
考えてみりゃ「混ぜるな危険のフルコース」じゃん。

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posted by kagewari at 06:24 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月17日

『単独者』の雑感「左翼系メディアは結果的に中韓をどん底に落とすかも」

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(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


「今回話が入り組んでて、ちょっとわかり難いから」

■K国はほとんど期待できないことですが
(それでも「反日種族主義」なる批判本がベストセラーになっているけどね)
これですね、相当中国においては日本の実像を知る世論が一部に形成されつつあって(なんといってもかの国は反韓なので)、日韓対立が更に日本に対する”いい意味の”警戒感にも繋がり、左翼系メディアが中共に配慮すればするほど(知日かな?)この階層は静かに拡大するだろう。

仮に中国が一定の民主化っていうのか、それっぽい動きを見せればきっと雪崩式になるのだろうけれど、その後の中華連邦に対して(今度は手のひらを反して)左翼メディアは唐突に共産党批判を始めるんだろうか?
(※香港民素活動家も「報道しない中国忖度」やってる日本の左翼メディアには相当怒っているって話ですぜ)
 ↑
■<<<中国に一定の民主化なんかあり得ないと思うでしょ>>>
「いやいや、香港のデモ」←これを強権で鎮圧できないことは=習近平体制のレームダックに他ならなず、権力闘争に負けて収容所に行くぐらいなら「ゴルバチョフ」となって共産党そのものの力を削いでしまう生き残り方も在るワケだ。
確かに確率は決して高くないと思うけれど、俺ね最近「案外あるかも」と思い始めてる。
(独裁者にとって「惨めな姿で死にたくない」って動機はバカにならんのだよ。)

(※中国人のビジネス感覚の強烈さはみなさんご存じだと思うけれど、必ずしも民間会社と言えない中国企業もだね、まさか流石に毛沢東時代に戻ろうとする動きにはNGだろうし。←だとしたらどうすればいいって事に転じざるを得ない。それって「軍隊としての人民解放軍では”無く”、総合商社としての”人民解放軍”の立ち位置ってのが強まることにもなる」でしょ。)


■そして問題のK国ですが、
青瓦台の”裏”の狙いをまとめてみると
・自国の経済を事実上瓦解させてもいいと思っている(当初からの主張である財閥の解体に成功)→そして世論を解決策は北との統一しか無い方向に追い込みたい
・とにかく”相手が悪い”論法で密かに日米との関係を切ろうとしている(相手に断交を言わせたい)
・(民間経済を壊すことで)社会主義革命を起こし北朝鮮との連邦化を目論んでいる
 ↑↓
だとすると困る事は何?
 ↓↑
・実は経済が崩壊してもいいと思っていることを国民に知られたくないのだが
《日本の左翼メディアが”安倍が悪い”と応援すればするほどK国の経済被害が知られてしまう》
・あくまでも自国は(反日では無く)リアクションで仕方が無くそうしているというスタンスを取りたいのだが
《日本の左翼メディアが”安倍が悪い”と、K国の怒りが凄いんだと紹介すればするほど「反日が悪目立ちしてしまう」←これを紹介されたK国世論がマッチポンプで更にもろ反日に》
・K国経済が強いとか、サムスンが凄いと報道されるとまずい(青瓦台の本音は”日本切りもできないケシカラン企業”と思わせることなんだが)
《日本の左翼メディアがサムスンなどK国企業が強い日本経済が大変な事にと褒めれば褒めるほど、K国では「サムスン凄い副会長を大統領へ」なんて世論が形成されてしまう》

(※ちなみに《オマケ》だけれど、肝心の北朝鮮はK国と統一したくありません。何故なら北朝鮮にとって頻繁に抗議デモを行うような国民は願い下げだし、K国親北派の北研究学説は本家のそれと全く違っており、本家はそれを嫌悪しているという説もある。K国が軍隊の解散と装備を朝鮮人民軍に無償提供するのは歓迎かもしれない、思想教育も受けていない軍人は邪魔な存在でしかない。本音は「武器はどうでもいいからドルでよこせ」ではないか?)

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posted by kagewari at 19:14 | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月15日

「道徳的論議に意味がない点をくわしく述べよ」

話しのキモは
「そもそも道徳ってのは『共同幻想』の仲間内だけで通用するローカル言語」であることで、
これに対し”普遍的”とは言えないが「哲学的に道徳的であろうとする個人の美意識」はまた”別の論議”であることがポイント。

前述両者が混同されるので話が複雑になることが多い。
(なんとも歯がゆい話なんだが”同じ道徳でも違う”ワケだ)


■ということで両者を整理してみよう
●前者「この場合の”道徳”とは『共同幻想』の論理に過ぎない」
『慣習的道徳』のようなものですよ。
冠婚葬祭の儀礼含む「そういうものでしょ(どうしてなのかは不明)」に属する道徳論で、
その意図は
「従えば『共同幻想』に承認され、否定するものは『共同幻想』から否定される」という概念。

すごくわかりやすいパラドックスとして
有名な”小学生言語”がありますね
 ↓これです
「どうして人を殺すのは悪いんですか?」

(※この問いかけを調子こいた小学生が好むのは、一般の『共同幻想』適応系人格の大人が「そういうものだ(どうしてなのか考えた事は無い)」という『共同幻想』ワードにおける”道徳”実態は『慣習道徳』に過ぎず、答えに窮してうろたえるに違いないと反抗的《仮想『単独者』的》洞察でその矛盾に気が付いているからです。)


●後者はいうまでも無く「哲学的道徳論」です
『道徳』の本質はこちらで(ネタ元は朱子学であるとか仏教哲学など様々でしょうか)
「あるべき道筋を(個人の立場から)考え続ける、学び続ける行為」です。
逆説的にこの本質的道徳は(考え続けるものだから)
「何が正しいとか一概には言えないが、俺はこれが正しいと(今)信じる。故に、この事象はこうあるべきだ。」←のように中身を語れる概念の事です。
 ↑
勿論、個々に考える事なので「100人いれば100通りの見解がある」

※ちなみに前者は「『共同幻想』の数だけ道徳にも個別の種類がある」


<<<さて、話をまとめるとだよ>>>
お題は「道徳的論議に意味がない点をくわしく述べよ」ですからね
何らかの事象に対して道徳的論議して意味あんのか?ってことです
仮に本質的道徳論の話だったら?
それか各人各様の哲学的道徳論が飛び交う事になるので、
テーマとなる事象の見立てから離れ、外野席の「各人各様の道徳論争の水掛け論で宴たけなわとなるだけです」。
仮にさ、検察が起訴状作成の時に法的立証はさておき、この犯罪が道徳的にいかに悪いのかの表現に終始して個人的に「俺の道徳はこうだ、私の道徳はこうだ」とさっぱり起訴状がまとまらなかったら本末転倒でしょ?

●犯行の道徳的評価は判事や陪審員が”第三者”として附則的に加味することはあったとしても(判決大枠に関わるのでは無く、付随する情状酌量部分など)、
公判のしょっぱな証拠評価やってる時に、
「ここはいいと思います、ここは悪いと思います」みたいな小学生みたいな話やる大人はいないのだよ(そんな暇じゃない「現代なら生徒会でもやらん論議だろ」)。

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posted by kagewari at 19:11 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月14日

DV(domestic violence)論

「欧米社会と通称カサンドラなんとか」みたいな話かもしんない。
この辺の研究とか言いだしっぺってのが米国系臨床ナントカであるのは間違いないと思うのよ。
でー
そういう論議する時に忘れちゃいかのが、
欧米の場合(伝統宗教と戒律の関係もあって)、性倒錯の一種として夫が妻に暴力を振るう風物詩みたいな世界が(日本ではそうそう無いシチュエーション)ドーンと存在している。

DVなんてのも、日本の場合だとなんというか関係不全な状況の中で、ありもしない濡れ衣としか言いようのない(言いがかりや冤罪的な)不平不満の捌け口として暴力に至るみたいな想定あると思うけれど、欧米の場合(異論ある方多数だと思うけどさここはぶっちゃけた個人的論議だから)、「夫婦の性行為における(前段部分の過程において)心理的葛藤の中でどうしても暴力的な振る舞いとなる夫」←この心理状況抜きに欧米のDVは語れないとこるあるんだよ。

「なんか意味違ってちゃってんだよな」つーかさ、

●カサンドラがどうしたとかさ、メシアなんとかがどうしたって論議にしてもだ
(DVの王道とも言える)欧米モデルで考える方がわかりやすい。
筋読みとしての被害者サイドがズルズル心理的に振り回されていく理由も”関連”するワケだよ。
「性行為許諾の権利」がさ(まるめて言えば「性行為の承認欲求的私的既得権」感覚)、
現象として「不良グループにおける抜けられない・逃げ出せない集団心理」と相似する部分もある(この場合は承認欲求的な利害が鎖で繋がれてしまうような)。

極論するとさ、
「素で竹を割ったようなさっぱりした人格の場合(わかりやすく言えば極度に依存性の無い人格)」
何らかのトラブルあれば、とっとと関係を解消するので、
悪化した関係が継続的に続いてナンボの状況は構造的に発生しない。
「ゴメン、勘違いだった<終わり>」

相手がストーカー化した場合どうすんのって話出てくるでしょう
●確かにDV系の加害者は容易にストーカー化します
理由は簡単、
欧米の典型例で言えばさ、性行為の前段階において(承認欲求不満から←自分の性行為は許されているのか?受け入れれ歓迎されているのだろうか?不安から)暴力に至るのだから、加害者が被害者を性対象として(お前しかいない的に)熱望している事は疑いようが無く、
且つ同時に「性行為プライバシーの秘密の共有」=(彼らにとって)「恥ずべき自分の暴力性がバレちゃっちる相手」となるので、容易に他の人が相手でもいいとならない。

あたかもさ、詐欺グループが過去に詐欺被害にあっている”お得意様”のリストを重宝するように、
DV加害者にとってDV被害者の伴侶のタレントは高く評価されているため、
唐突な別れ話が持ち上がれば、暴発したりストーカー化する。
(加害者も被害者に依存しているからです。)

てことはさ、つ〜か、しかしだ、
論理的には「誰々は僕にとってかけがえの無いタレントなんだ」と認識される以前であれば?
問題が露見したその瞬間「お前一発退場」となる場合、
暴発やストーカーリスクも下がる筈なんだよね。

(少しも相手に依存させなければ。←ここに女性心理の弱点が被っているんだけどさ。→「愛され願望」的な『被(こうむる)』スタンスはDV男を呼び寄せるからね。)

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posted by kagewari at 18:40 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月12日

『単独者』の雑感「ヤバいネタ『民族性』なる人格モデルを説明可能だろうか」

※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


■大きなテーマは『共同幻想』だけでは語れないだろうってことすかね、
生理的素養として遺伝子関係も介在するだろうって(左翼な方から一発で差別と批判が飛んできそうな)、どうにも避けられないポイントがあるからだ。

勿論このネタでテーマになるのは「某○国」だ、
誰しもが感じる「あり得なさ」「どうしてそうなる(非論理性)」、
トンデモなプライド意識は随分歴史学者が一種の伝統芸能であることを詳しく語ってもいるのだけれど、いやちょっと待ってくださいよ。歴史は繰り返す級にそれが民族性として定着しちること自体が問題の本質では無いか?
このブログにおける心理学的根拠となる「岸田秀の『唯幻論』心理学」において、日本の戦前戦後を『共同幻想』論を中核に社会心理学的に分析しているのは(岸田心理学において)有名な話だけれど(ちなみに彼の論説に登場する歴史的事実の理解には一部間違いもあると指摘している向きもあるんだが)、「それ全部を『共同幻想』論で語れるだろうか?」と思うのも事実である。

●さて、どこで事象の切り分けを行えばよいのだろうか?
(ニワトリか卵か的な展開的に)

岸田教授が「やっぱり『共同幻想』でしょ」の優位な根拠としているのが、
「戦前具国主義社会から一発で平和主義な民素主義社会にド転換した日本社会心理の変わり身」だったワケだけれど(ここ同時代の人よく言う”昭和の伝説”で、軍国教育からいけしゃーしゃーと軍部が悪い平和と民主主義が大事であると”全く同じ構成員”で演劇のシナリオ変更のような《あたかも戦前の社会心理など存在しなかったかのような白々しさで》急展開を体感した)、
歴史的にはWGP(GHQの日本が悪かったという世論工作)などの陰謀論的側面も大きくて、
「いやいやそれは米国の占領政策のえげつなさの話だから」って見解もある。

一概に『共同幻想』論だけでくくるのもどうしたものかって思うじゃないですか。
日本において起きた大転換は、明治維新もそうだったし、戦後だけに限らず60年代安保闘争も似たところがある。
むしろ注目すべきなのは「『共同幻想』自由自在な変わり身」にこそ日本民族の特徴があるかも知れない。←この辺右派論陣は「コアとなる天皇が普遍だから市井は自由自在に転換できるのだ」って意見もあるようなので、構造論的にはDNAってより”やっぱり社会構造なのか”と考えることもできる。

※一部セルフ反論的なとこも付記しておくと
戦前前後のドイツ社会を論じる場合にさ、戦後ドイツの環境政策や緊縮財政などは「ドイツ人の心の『共同幻想』とも言えるルターの罪悪感」が背景にあったりする。ナチスをその反動と見る事もできるかと思うけれど、非合理的な論理への飛躍や現在でも人種偏見多いんだが(ベトナム人差別など)的な側面から「やっぱりルターの罪悪感じゃん」みたいな見方もあってだね(ドイツ人社会心理に『共同幻想』を媒介にした転換など無い論)、うーんってところもある。


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posted by kagewari at 18:27 | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月11日

国の富と自由(経済学がイデオロギーに化ける時)

封建時代の『共同幻想』と権力構造(力の源泉)の話は再三やってきたのでご存じの方も多いと思うけれど、さらっとまとめておきますか。
・結婚の許認可、飲酒の許認可、酒池肉林の祭事のホスト、就労の許認可、婚姻の許認可(と斡旋)、子孫登録権限と許認可、権威による財産所有の許認可などなど(道徳事項の決定権)、
(※同時に上記許認可の腹返しとして関連項目の禁止法制を持つ「代表例が姦淫関連の禁止事項や紐付けされた道徳と慣習」)
 ↑
■言わずと知れたことだけれど『共同幻想』求心力のコアである「インセンティブ(利益供与や分配)」の力を効かせるため、まいろんな制度でその自由を縛っていたワケだね。

理想は高度経済成長が続くことなんですわ、
「計算された適度な不満」だけであれば「都合のいい競争力」として活用できるからです。
しかし、経済政策に失敗し
「生き死にに関わる窮乏状態」になってしまうと「権威者失格だろオマエら」が発動します。
●それが『革命』です。

つまり、『革命』とは権威の交代を図る(非民主主義時代における政権交代)権力構造全体に及ぶリストラの事で(フランス革命の後ナポレオン帝政なってちゃったみたいに)、
必ずしも、強権政治からの解放(自由化)では”ありません”。
それはあたかも(『家族共同幻想』でたとえるならば)「稼いでくる父親に首をすげ替える」というもので、「稼ぎのいい父親であれば、強権力はそのままでもいい」のです=分配力ですから。

逆説的に言えば、
『革命』的発想は、「原状の不満を解決し得る”更なる救世主的な権威の到来”」を求める行為になってちゃうため、「そらドグマだろ、新興宗教ですか?」になっちゃうワケです。
●これがイデオロギー
(脱構築では無く、二項対立の延長上にあると言えばいいのかしら←解釈間違っていたらゴメンね)
 ↑↑↑
時に左翼が半ば意図的に国土の焦土化を密かに進め、大混乱に乗じて権力奪取を目録シナリオをうっかり信じてしまうのも、まー原理的には正しいっちゃ〜正しい。


そこで(保守の論議は単純化すれば再生産なので横に置いておくとして)、
アンチ左翼イデオロギー=自由主義っつーことになるから
経済成長と自由主義が両立した場合、
行き詰まりを続けた世界は(革命では無く)構造そのものが変わる事になる。
(※EUも着想はきっとそれに近いものあったのかもだけれど、いかんせん彼らは中世ヨーロッパ文明なるものを総括したのかって言われると疑問なワケで、結局「ドイツ第四帝国化」という”落ち”に)

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タグ:『歩留り』
posted by kagewari at 23:51 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月09日

哲学の話じゃないよ(難しいからバカの俺にはワカランです)

そして、この話は俺自身あまり詰めて考えたものでは無いので、
「なんかグダグダじゃん」と思う人はスルーしてくれたまへ

■昨今一部哲学者で語られる「脆弱性関連のお話」
「世界には常に想定外の事象がある(下手すっと世界滅びる級)、故に現在を説明上手な知的階層は無力であってそんな知性は幻想だ」←これ系の話をチラホラ耳にしますが

サブカルの世界では『抑止力』とかネーミングされた(バタフライ効果ネタにも関連出てくるよね)、幻想が”これが本当なのだから”を強要する現象(社会的同調圧力とかさ)、
などなど、ユニークな事象を”無かったことにしようする”復元性(弾圧・隠ぺい)みたいなストーリー設定もあったりしますわね。

はてさて「現実はどっちだ」みたいな相克の中で、
「両者見えているものは何でしょうかいね?」を考えてみようと。
●某ナンチャッテ陰謀論FMのyoutube動画ってのがありまして
そこで面白いものが紹介されてました(一部では有名な話らしい)
どっかのインチキジョーク画像なんだけれど、
『name one thing in this photo』
https://knowyourmeme.com/photos/1486319-name-one-thing-in-this-photo

意図的に乱雑に家財がベッドの上に積み上げられた画像で、
「何があるか物品の固有名認識できる人?」って騙し絵的なネタ画像
 ↑
紹介意図は、脳が視神経情報から「あっこれを見た」を認識する場合、
処理速度的に「前例主義からまず先読みシミュレーション処理をする」という機能の話で、逆説的に前例サンプルと一致しないものは発見できないんだ(見えても脳内プログラム処理的に見えない)ってところがポインと。
また、その逆に「こうに違いない」とフラグ立てた状態だと(或は強迫的な緊張状態にあると)「それらしいものは”そう見えてしまう(脳内処理的には本当に見える)」。

※ここには片づけられない汚部屋関連だとか
※やたらと自分に対する悪表情をが次々と見えてしまう現象の謎解きでもある(脳でそう処理されているのだから嘘では無い=当人はその先読みシミュレーションを本当に見ているのだから)

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posted by kagewari at 17:13 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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