2019年07月25日

京都アニメーション放火殺人事件の背景を考える(1)


いつものように報道が収まってきたところで「京都アニメーション放火殺人事件」についてです
ネットにはあれこれ書かれているが信憑性も無いので事件の経過としてほぼ確定している情報から推定してみようと思う。
(この事件は官邸から徹底捜査の指示も出ているので、後に様々な情報が出てくると思う。)

ます誤解があってはいけないので冒頭で説明しておくけれど
(ここには個人的に『刑法39条』に反対であることと被るんだが←この点は本論末尾へ繋げます)
■犯罪ってのは(営業と詐欺の境界が参考になると思うけれど)実業との違いに曖昧なところがあるわけです。
「やけっぱちになって有り金全部で馬券を買う」←これを日常業務的行為とは言わないが、実効する上でのモチベーション代謝や動機形成ってのは(この場合違法では無く無謀の範囲だが)、下手な仕事より大きな能動性を必要すると考えてもちっともおかしくない。

■もうひとつ
「死ぬ気になればなんでもできる」って言葉がありますが。
この言葉を分析してみるとわかることだけれど、
「命かけるほどのモチベーション持つ状態は、どれほどトンデモ行為が動機形成されることがあり得る」って言いかえることができます。

そして心理分析として、
人類ヒト科が日常生活営む上で、命かけるほどのモチベーション持つ状態なんてのは通常は発生しません。忙しいし疲れていますから(日常業務でルーチンの快感代謝が完遂している)。

■更にもうひとつ
時にトンデモ事件がある時、容疑者の通院歴などからやれなんとか症だのどうたら障害だとか、精神病が関係しているなどの話が先行することありますが。
(心理学的にそんな事言いだしたら”極論”ですが「刑務所入ってる犯罪者は全員精神病」って事になっちまうんです。←合理的判断ができていないんですから。それは違うだろと、)
犯罪心理を考える上では関係無いのです。

そもそもが通院するだとか診断受ける個人は(同様の悩み抱える社会的状況考えると)「ほんの一部である」、
※逆説的になんらかの症例は構造的な欲求不満を(脳なりの再現可能性選択から)症例として解消・実行しちゃっているのです(その典型例が鬱病やゴミ屋敷問題など)。
 ↑
なんとも皮肉な話ですが、それで(不快感代謝によって)”自我が釣り合っちゃている”のです。
(故にメンタル問題とは、不本意な状態が恒常化・固定化してしまい、冗談じゃないと《自意識にとって不利益でしかない》当事者が問題意識を持つことで認知されるんです。→この不快感がまた更に不快感代謝の燃料となり悪循環化する。”矛盾した均衡が固定化する”)

●オマケで言えば、米国などで主流の臨床ナントカでは「サイコパスの定義」として、普通に生活している人物も多く「主に医師や政治家や実業家などハイクラスに多い」なんて話にも繋がります。


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posted by kagewari at 08:00 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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