2019年07月17日

リクエスト関連(これもおさらい的なアレかな)


再びykkさんから(別の人のリクエスト論旨への理論武装的な質問らしい)
友人や知人が悲しんで事故や事件現場に花を持って手を合わせに来たり、困った時に心配して助け合うのは何故ですか?コミュ力ある人が「親友や恋人、家族に分かってもらえたら良い」「一人でも良いやと思ってママ友グループから抜けたらそれに賛同して寄ってきてくれる人がいた。その方が質が高い、自立した信頼関係で結ばれた友達が出来、充実してる」「趣味(ツーリング、キャンプ等)を一人で始めて楽しんでたら同じ趣味の友達ができて楽しい」というのは、(歩留り同士?)自立した関係の仲間が出来、遊んで充実してるということでは?

■まず葬式ってものや(弔い合戦もそうですが)誰のためにあるのか?
「残された遺族の気持ちを整理するため」です。
(死んだ奴にはなーんもわかりませんので)

死を悼むってのは、遺族の喪失感を鎮めるための儀式で、
『共同幻想』がどうとか、ナントカ障害がなんであるとか、『歩留り』『単独者』云々に関係ありません。喪失感のある個人がそれをどうにかしようと思い立ち、そう思いつけば選択肢のひとつとなる。

ykkさんが何か勘違いしているとするならば、
オンザレールな『共同幻想』適応人格は”様式的”だったり”儀礼的”に目に目てわかりやすいフレームでそれを実行しようとしますが(というか抜け駆け禁止なのでそれ以外の選択肢は無い)、
あたかもそれが公式的というか正式なものを意味するのでは無いって事です。
(それが公式や正式なのは同一『共同幻想』社会のインナールールに過ぎないので)

前にも話しましたが、
宇多田ヒカルさんの母親藤けいこさんは(精神を病んで不幸に亡くなりますが)、
最初の結婚、同じ歌手前川清との結婚が一発で壊れた理由は「あれほど嫌だと言っていたのに、(事務所の事情で)盛大な結婚式をやったから」でした(この話は以前どこかでしてます)。
藤けいこさんの死後、ブログで宇多田ヒカルさんが述懐されてますが、生前藤けいこさんは「たとえ親族の葬式であっても決して参列せず、人の死を悼む行為は個人的に(お墓参りをするなど)行うことが彼女の流儀でした」(その流れから遺書により密葬が故人の希望であったと説明←その気持ち『単独者』の俺にはよーくわかるのです)

この辺まで話せばだいたいわかるかなと思います。

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posted by kagewari at 18:16 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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