2019年07月13日

『家族共同幻想』(”家幻想”)を考える(2)


ある意味における末端組織『家族共同幻想』(”家幻想”)ってのは、
幼児に対し乳幼児期から”社会的権威の存在”を示し、
シームレスに『家族共同幻想』から『学校共同幻想(或は保育園・幼稚園)』を繋ぎ、オンザレールに違和感無く『共同幻想』のインストールを進める機能や義務を負っているワケですよ。

「こうするんだよ、わかったわね」
(言い換えれば”わからせる”だよね)

なぜ通常は自動的にそうなるかって?
●だから結婚式は宗教的権威などを前にして誓うんだよ
「ハイル(万歳)なんとか、神(権威)に誓います」ってね
日本の場合は『共同幻想』同盟及び関係する構成員全てを呼び、その承認の元に恭順を誓う(ぶっちゃけた話になるけどその承認を得てSEXが許される→それ以外の性行動は不純ナントカや不倫などのアンチ道徳的意味の造語で呼ばれている)。

故に、現代『歩留り』層は結婚という概念の危険性を(動物的直観と申しましょうか)
なんとなく知り
「非婚・晩婚・夫婦別姓・事実婚」を探り出した。
 ↑
この『歩留り』層の潜入工作(まーオンザレールから見れば「破壊工作」だわな)、
動きというか狙いは、
『共同幻想』末端組織としての家族の概念を、
個人の思想信条の方に(社会的権威から)切り離そうってことで、


■<<<では、切り離せないとどうなるのか>>>
(いやいや昭和であれば切り離されちゃ困る話だったんだけどww)
ガチ『家族共同幻想』が(本体権威と共犯関係にある)末端組織の場合は?
機能的には使い物になりつつある「高度経済成長『共同幻想』モデル」を誰も頼んでいないのに(脱構築も行われてないしね)無理を押して子供なり構成員に強要する末端組織になりつつあって、

やっかいな事にさ、
たとえばだ(子供であるとか配偶者など)構成員から
「時代的にもうおかしいんじゃない?(或は自分自身もそう思っていたり)」などの疑問があってもオンザレールな『共同幻想』適応人格は「認知リミッター内臓(社会的権威なぜなのか?は知るべき事項では無い)」しているので、
「決してそれを説明することができない」のだよ。
 ↑
100パー疑問を持った家人と関係悪化しますよね(意思の疎通ができないんだから)←当該人物も好きでそうしているワケでも無く(自我構造上の能力的に)不可能なものだから(そこをまた悪性格的に決めつけられる始末で)、余計話が拗れるワケだよ。

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posted by kagewari at 22:15 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月12日

『家族共同幻想』(”家幻想”)を考える(1)

考えてみれば『共同幻想』論として心理学に及ぶ話の根幹。
(社会学的には国家論とか会社などの組織論の話なんだけど)

フロイト心理学におけるエディプス・コンプレックス論であり、
岸田心理学における『共同幻想』論の”展開場面”である。
■『家族共同幻想』(”家幻想”)
主として現代のメンタル問題に関係するのは
「産業革命以降・高度経済成長『共同幻想』モデル」となるんだが、

フロイト先生の活躍時代は「近代宗教革命『共同幻想』モデル」だったのでしょう。故に当時のフロイト先生の話に登場する症例は「おおよそ上流階級世帯だとか貴族階級などの話」であって(そら一概には言えないけどさ”プチブル階級”が主体と言って間違いじゃなだろう←少なくともこの時代の当事国は複数の植民地を所有する側だったのだから)、
同様症例を古くひも解けば王家や特権階級に見られる話となる。
メンタル問題の背景として
「生活するに困らない豊かな環境」が前提となるからだ。
 ↓
故に高度経済成長による先進国にテイクオフした国においては、
メンタル問題が全階級(国民全体)に及ぶ話となる。

■ざっくりこの辺の経済的背景を踏まえることが理解の近道で、
反面「生き死にが身近すぎるド貧乏」なる生き様がどれだでエキサイティングで「人生エンタメ論的に快感代謝が滞るなんて隙間すら存在しない」ことを示唆している。
(命賭ける殺し合いの格闘技真っ最中の野郎どもに欲求不満が発生するだろうか?ってさ、同時に少しでも受動系を見せるカモはそもそも長生きできない社会ってことにもなるから。←症例発現する前にもう命が無いワケで、、→棲み分け論的に受動系サイドも命懸けで新天地を求めて逃げる《アクティブ行動》を選択するので→環境が受動形を継続させない《そして民族遠征の神話もうまれる》。)

●話を簡略にする意味で
本論ではひとまず「メンタル問題とはプチブル病である」と定義します、
逆説的に言えば「退屈しのぎ(それが趣味や主義や使命や放蕩でも形式・様式でもサブカルでもなんでもいいのだけれど”それぞれ自分なりの面白いこと”)を文化や習俗として自力で思いつけなければ、速攻『退屈したら死ぬ病』が発動する」ってことです。
 ↑
経済学で言えば「伝統的農業・工業からの離脱(『共同幻想』の崩壊)、とりわけ第三次産業(サービス業)の拡大は、自ら需要を読んで何か面白いことの提供無しに発展の継続は望めない」←故に先進国経済の維持においては”プライバシーや個人の自由(創意工夫)”は必須となる。
 ↑
そもそも伝統経済からの離脱は(エジソンやらアインシュタインじゃないけれど)知恵の実食べた人類ヒト科が内包していた”性(サーが)”であって、いいも悪いも無い。
先進国テイクオフ以降は(わかりやすくいえば奴隷解放なんだから)
「好きに考えて行け」って社会のシフトチェンジが行われるのは人類の運命みたいなもの。

(若い人で”プチブル”ご存じないかもなので→”プチブル”って「小ブルジョア」って意味。ブルジョア《資本家特権階級》気取りの小市民みたいな?フランス革命以降に貴族の真似事のようにレストランで料理食べたり、ペットを飼ってみたりと一気にブルジョア趣味が大衆化するんだが、そんな様から始まった言葉かな。)

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posted by kagewari at 21:22 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月10日

リクエスト関連過去記事おさらい的な


>投稿は前回ykkさんから「コミュ障叩きしてた方の話ですが」
>台風で窓ガラスが割れた時に友達が駆けつけて修理してくれた。夜中車が動かなくなった時に車の修理の仕事をしている友達が駆けつけて修理してくれた。愛猫が行方不明になった時には仲間も血眼なって一緒に探してくれた。オンザレール、歩留り関係なく、殆どの人にはここまで親身になってくれる仲間ができるのは共依存や取り巻きとしてではなく、自立した信頼関係が築けてるからでは?事故や事件で亡くなった人の友人が悲しんで手を合わせるのも自立した信頼関係が築けてるからでは?そんな仲間と遊び、助け合い、彼らは充実してるのでは?


<これは対勘違い批判者系一群への理論武装的な質問でしょうかね。>

えーネタバレすると、
中身的には簡単なレトリックで、
お題つけると
「弱者気取りとお節介(も親切のうち=アバタもえくぼ)」
みたいなものかしら。

●現在まだ草稿状態で未完成なのですが、今後「家族『共同幻想』論」を書く予定なので、自らの生存と環境と心理の関係みたいな部分は、そちらの原稿が補足となるのでアップされたらそちらも読んでみてください。

さて、話は本題ですが
「弱者気取りとお節介(も親切のうち=アバタもえくぼ)」
質問に列挙されている各項目、個別に(各個撃破で)論じれば

ます、質問のまとめから
・窓ガラスが割れた
・車が動かなくなった
・猫が行方不明になった
 ↑
に対してykkさんは以下のように投げかけています
 ↓
「殆どの人にはここまで親身になってくれる仲間ができるのは共依存や取り巻きとしてではなく、自立した信頼関係が築けてるからでは?」
「事故や事件で亡くなった人の友人が悲しんで手を合わせるのも自立した信頼関係が築けてるからでは?」
「そんな仲間と遊び、助け合い、彼らは充実してるのでは?」

●●●前提事項(お題)の背景前提が間違ってますね●●●
(ここが強迫的思考のレトリック《仕掛け》っつーか罠なんですが)
いい歳こいた大人が人に頼らなければならない場面が”ひとつもありません”
てか少なくとも「確信犯的『共同幻想』再選択、『歩留り』、『単独者』のいずれも、友人知人の助けを必要とすると考えすらしない場面」です。
・窓ガラスが割れた→不動産屋に聞いてガラス屋よべ
・車が動かなくなった→呼ぶのはJAFだろ
・猫が行方不明になった→ネコ飼い経験者以外探せないし、むしろネコが信頼置いていない人物の声掛けは余計にネコを遠くに追いやる(逆効果ですらある)

加えて、
1)オンザレールな『共同幻想』社会適応は(脳に巨大な共有フォルダ置くため)認知リミッターがかかっているだけでなく『共同幻想』導入領域分『自意識』抑圧してますので、厳密に言うところの「自分が無い(共有される自分がいるだけ=風呂とトイレの中だけに存在する抑圧された自分は誰にも見せたことは無い)」、相互信頼も何も相互に共依存的だってだけです。

2)上記の認知リミッターにあるように、オンザレールな『共同幻想』社会適応では「リミッターかかって全力出す事ができず(共有情報の確認や引き出し以外は)助けも何も人として頼りにならない」
(会社組織やボランティアの現場でも実際頼りになっているのは「確信犯的『共同幻想』再選択、『歩留り』の一部、『単独者』」のいずれかと想定される。←パレートの法則)

3)彼らが体感している”充実”やら”幸福感”などは、社会不適応な場合(心理的には死を意味する)その裏返しが(不安からの解放と承認欲求の充実)、体感上「幸福だね、だよね、そうだよね」と共有確認されているもので、「確信犯的『共同幻想』再選択、『歩留り』、『単独者』」から見た時の幸福感と「おおよそ中身が違っている(何それ?みたいな)」。
極論するとオンザレールな『共同幻想』選択とは、本質的な”幸福感”の体感が許されて”いない”
ぶっちゃけ「知らない」
(道徳強制系の幸福モデルの共有が《だよね、そうだよね》強要されている)

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posted by kagewari at 12:57 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月09日

オンザレールな『共同幻想』高齢者世帯が”突入する新時代”(団塊編)


■そして次の世代(団塊)はどうなるだろうか?
我も我もと『歩留り』選択転向が続出すると思われ(関連本も多数出版)。
高齢者認定直前60代から加速度ついて増えるのじゃなかろうか。
(案外彼らはかなりの対応できると読んでます。若い頃に左翼から保守へ転向という離れ業経験者でもあり、転向ってのも最初じゃありませんから。)

断言します
そんな時代の「女性紙(女性○身とか)」には、
「60代からの恋愛が本物」であるとか、
「60代のSEXが気もちいい特集(最大のアンチエイジング)」
「人生120年、60代再婚のノウハウ」
「高齢離婚は失敗では無く再出発」
「高齢再婚のスィートホーム」
「無理筋な医者の言葉にやんわりお断りする会話術”ガンと付き合う”」
こーんな見出しが飛び交いますよ、きっと。

団塊世代ってかなりの層が『歩留り』選択を、「あー60年代のウッドストック、ヒッピームーブメントでフリーSEX的なものかな」と思うのじゃなかろうか(笑

強烈なドタバタ喜劇も展開し、
ひとつの社会現象となるでしょう。
名作ドラマや名作映画も登場するだろうと予言しておきます。
(昭和の『共同幻想』となる”家幻想”やら”家族愛幻想”どどこへやらと、)

「え、私のひ孫なの?あなた誰ですか」みたいな、、、

さらに美魔女だけで無く、グレイヘアダンディみたいな言葉も登場しww
「60代って30代と見た目変わらないよね」を合言葉に
トンデモの展開を繰り広げるだろうと。
(エベレスト登頂高齢者記録500人とか)
■存在感は強烈な需要層でもあるので、
「(子供って誰ですか?)死ぬ前に使いきれ」も合言葉に、
おしゃれな部屋着デザインのパワードスーツから、自動入浴車椅子から様々な新商品が開発され、
医師会大反対の『ホームメディカルAI端末119(緊急投薬合成機能付き)』なんてのも出てくるかも←接続用チップは体内に埋め込み済み。

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posted by kagewari at 15:16 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月07日

オンザレールな『共同幻想』高齢者世帯が”被った”悲劇

年間医療費の件で言えば、
資産のかなりの部分(単年度統計から類推すれば高齢世帯は可処分所得の3割超えてるんじゃ?)を病院で消費し、
(経営上都合よく病気認定され医療産業の好ましいお得意様になるために、生まれ、働き、蓄財しててきたのだろうか←あれれ高度経済性当時代の夢マイホームってどこいった?)

生活環境の心理的評価で言えば(てか考えるまでもなく)
何チャラホームや、介護施設など
「人生の最後に待ちに待った収容所送り」
(しかも不思議な事に一部利用者はそれを喜んでしまう、、、この辺ひょっとすると痴呆原因を後押ししている心理上のリスクとなってるかもしんない。)

■いったいぜんたい何がおきたのか?
流石にこれは悲劇としかいいようが無いんだが、
高齢世帯になって
「唐突に『共同幻想』の夢は崩れたんですよ〜」と言われてもだね、、、
長年鍛え上げた『自意識』抑圧の(自分は抑えろ的な)強迫性常識論も鉄板だと。
 ↑
この期に及んでどう抗えっていうんだよ?
高齢者の本音ではないでしょうか。
 ↓
「へ、今から『歩留り』転向とかで『共同幻想』批評入れてとかってお前、70過ぎてから自分の人生にに「バカか俺」とかにわかに言えないだろうって、この気持ちわかる?」

大変なことになってちゃったんですよ。
今後の世帯と比べて、不当なぐらいに莫大な年金を受給できる現状も
「なんていうか、賠償金の前払い的な」ことなのかなと、
(その金をまた、医療機関や介護なんとやらのハゲタカにこっそり抜かれるんだけど、、)

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posted by kagewari at 22:07 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月05日

(みうらじゅん氏)”ゆるキャラ文化”が無ければ『人間椅子』の今も無かったかも


みうらじゅん、筋肉少女帯の大槻ケンジ君繋がりあっての『人間椅子』であるように思えるし、加えてアホアホアニメの「監獄学園」主題歌を”オーケン”が造ったからこその(突如海外からのアクセス増でドーンと影響力を獲得した)『人間椅子』でもあったでしょう。
更にその背景に『BABYMETAL』の存在があり、楽曲提供として日本のアングラパンク界がそこに存在した(現在欧米の『BAND MAID』活躍も『BABYMETAL』の開拓無しに考え難い)、


「日本には面白いバンドがある」


■ここに結実する過程に、無数のサブカルが関係していて、
中心人物のひとりであるみうらじゅん氏が(元からサブカル世界では有力者として知られていたけれど)、発信力を大きく拡大させたのは「ゆるキャラ」なる概念の発明に尽きる。
(一時期大きく表現者として活動した”フナッシー”も勿論みうらじゅん氏あってこそ)

ここで言う”影響力”ってのは「それ以前とそれ以降で自我の考え方を変化させる概念」なりの力量って話になると思うんだけれど(中世とかで大袈裟に言えば啓蒙みたいな)、

見出される「オリジナリティー(立場変えればアイデェンティティーか)」
これは決して偏差値評価に乗っかることは無い。
●言語そのままだけれども、
オリジナル=個性なんだから、同列に評価可能な母数は無い(オンリーワンだから)

故に、この辺の「ナントカ論」を語る時に、
やれ技術的にどうこうだとか、コード進行があれこれだから、これだけ努力していただの、下済み時代がどうしたこうしたなどは無粋というか「全く無関係」なんだよね。
結局「これ面白いじゃん」とアホみたいに続けてきた。←ここに尽きる、
更に、
その存在は関連し連鎖する”偶然”の中で起きるのであって、
(実力うんうんの論議は最初から馴染まないのだよ)

逆に言えば、影響力の発現があるから「現象が観測できる」だけの話で、
仮に『人間椅子』が現在もマイナーなまま活動続けていても(彼らもなんとも思わないだろうし)、ファンも何とも思わない(それで何かが変わるワケでも無いから)。


<<<<ある意味、その影響力なる事象の背景は、>>>>
「何か面白いものを探していた欧米文化の渇望状況」に他ならない。
「日本には面白いバンドがある」←これはその答えのひとつだった。
そして、「面白いと思うから続けていた人達もいた」ってことでさ、
繋がった事で、影響力の観測ができるワケだが、
それ自体に意味なんかなんにも無いのですよ。

●勿論インセンティブっての、そこはミュージシャン達だからライブの機会が増えれば「インセンティブ論的に(面白くなってきたぜと)」俄然やる気にもなって、ガンガン行く状況を(以前からのファンも)見る機会が増えることになり、個別にも悪い話じゃない。
(そこは”後日談”って感じになるけどね。彼らにはそれ以前からオリジナリティーがあったのだから、)


心理学的に人類ヒト科の特徴でもあり最大の弱点でもある
「退屈したら死ぬ病」
そこを面白く代謝できる文化芸術ってのは”宝”なんですよ。
(だからこそ各国政府も貢献者に勲章渡したりするんだろうけども)
ここは保守派が「伝統芸術保持のため補助金含めて存続に奔走する様」同じ事です。

文学作品なんてのは、時に人の人生を変える力さえ持つ

フロイト心理学は学問だけれど、様々な人文系から経済学にまで影響を与え、
(ここもフロイト心理学スゲーってより、人類ヒト科に「心理ってなんだこれ」なる囂々とした知的欲求があったってことでしょうよ。)
「退屈したら死ぬ病とは何か」みたいなお題を提起した

最近の若い人ご存じないかもだけれど、
産業革命から高度経済成長時の『共同幻想』社会では、有害図書的にさ(笑、文化芸術の一部を禁止したり(特に共産圏ではそれを権力が管理・監視・指導した)、権力によって公開のハンドルを握った訳です。
日本のAVが今だに公式的にモザイクのボカシかかってんのは”その残滓”です。
飲酒の許可から性行為の手配から、原始宗教の戒律他、権威・権力側の既得権(インセンティブ裁量権)が、社会をハンドリングしていた。
 ↑
そのお題目に(ドラッグ規制なんを例示して)「快感代謝をダイレクトに需要側がゲットできるようになれば(権力が差配する)インセンティブが効かなくなる(アメとムチで社会を操作できなくなる)」→労働者が働かなくなる。←こんな話を真面目にやってたからねww
 ↑
◎この辺の保守派の論拠は、なんつーか現代社会では「個別の快感代謝を一定程度完結する方が”賢者モード”続くからいいことじゃん」みたいな方向に(論破され)、社会的にも後者理解に転じつつある。

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posted by kagewari at 18:12 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月04日

リクエスト関連(夢系の話ですね)

ykkさんからのリクエスト
>【子供時代にいじめられて辛かった夢を見たり(辛かった感情も当時のまま)、実家にいる夢を見ます。夢の最中には無理なので起床した後にバカか俺と言うのですが、それでもずっと子供時代に実家にいた夢を見ます。また楽しんでるキラキラ系女性を見ると、私も若い時にあんな風に遊びたかったな、自分のやりたかったことはこれだったんだなとの思いに刈られます。バカか俺と言ってもなかなか治らない。どうしたらこの感情から抜け出せるのでしょうか?あとよく人と喋らなかったら気が滅入ると言う人がいますが、これは麻薬を打っていなくて気分が沈む時の状況と似てるのでしょうか?】


■夢に関しては完全に解明されているワケではありませんが、
基本「昼の名残」とされてます
というか脳科学的にはデフォルトネットワークだったか、所謂記憶などのフォルダ整理係が品おろしや倉庫で在庫管理やっているみたいな(コンビニの深夜業務というか)、
OSで言えば休止モードなのででメモリ常駐していた作業を圧縮などして一度ハードドライブの領域に仮置きするなどの作業をしてます。

■夢ってのは、その時にファイルの動画タイトル見ちゃったり、記憶ファイルを移動している時にもファイルを格納領域にドラッグ&ドロップしている時にもカチっと選択状態になっているなど、この辺のデフォルトネットワーク作業中に垣間見るもの。

■そして「昼の名残」で重要な部分は「代謝されなかった欲求(脳は興奮獲得を希望していた)」、これが(利益獲得できなかったことの不満ストレスから)「こんな興奮エンタメがあるのに(どうして取りに行かないのか)」とフラッシュ再生して脳を刺激する(CMみたいいな?)DATAを作業中に垣間見ている。
(※CMの効果がデカいと本当に目が醒めてしまうため、脳が”完結事項・追体験目的で現在進行形のネタではないから”←これはアーカイブファイルであるとフラグを付ける作業が、ストーリーのように夢に見えるとも考えられますが←流石にここの判断はまだまだ推測の域を出ません。)

<ざっと上記の「夢とは何か」の一部推定含む論拠を踏まえればリクエストの回答わかる筈です>
1)繰り返し説明してきてますが
「脳 は 不快 で も 『興奮』伴えば 快感 で 利得(権益)」なんです
(●ヒトは退屈すると”拷問”ですらエンタメとして欲求します)
脳は「興奮伴う、快感代謝」で(やった感)動物としては尋常ならざる欲求を持つ人類のモチベーションを管理してます。
(極論、拷問にも似た”マラソン40キロ走る”と残りカスすら無いので夢も見ず爆睡する)

2)『自意識』的に悪夢見ちゃったなって感じる項目は
常日頃から「脳が(あの不快な『興奮』をも一度と)狙っている、定番のエンタメジャンル」である証明で、
リクエスト関連だと、
・実家における人間関係悪化した不快興奮であるとか
・いじめ被害による不快興奮を
・架空に美化された女性に象徴される”承認欲求”不安
 ↑
是非もう一度楽しみたいと狙っているワケです(ええ現在も)
現実世界に「無理筋投影してでも(また同じ事が繰り返している!戦後は終わって等いない!)」当時をしのばせる『興奮』をもう一度ゲットしたいんです。←脳は過去の興奮獲得成功体験から再現性の高い確率の事象を”そろそろどうだい”と刺激しますから
(→動物で言えば”あの猟場ではよく小動物をゲットできるんだ”のような、人間の体験的には「あのパチ屋の最前列は出るんだよ」みたいな成功体験の再現をそそのかす刺激。)

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posted by kagewari at 14:35 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月03日

「『歩留り』選択者」の台頭と新世界

「何かが間違っている」
時代の変遷の中で、『共同幻想』社会は崩れ(逆に不安心理のカオスへ)
根拠不明な風説も流布される中、
所謂「そうだよね【ping】を飛ばしても、暗中模索でしかない」
どうしたらいいのか?

■『共同幻想』適応人格ってのは『自意識』抑圧しているだけで消滅するワケじゃないからね
皆『自意識』を隠し持っている(通常は風呂とトイレの中だけでしか発現しない)、
ごくごくプライベート(非公式)な(まあ=個人)意識、

本当の本気で「その革命は風呂やトイレから始まった」と言っていいのかも。

『共同幻想』社会においては「抜け駆けはご法度」なので(バレたら追放)、
表面的には周囲に合わせる演技が必要になるのだけれど、
巧みな立ち回りによって、『自意識』の一部を覚醒し権威性強迫(予定調和圧力)による抑圧を自由意識で解除している”個人”を『歩留り』選択と呼ぶのだが、

表面的に『共同幻想』社会適応を偽装している関係上(だいたい同じ仲間はわかるものなので)、阿吽の呼吸で同士と無言の関係性を形成し、緩い概念の階層ともなっている。
このなんと申しましょうか、
どこか後ろめたい気持ちであるとか、
どこぞの諜報員のような生活から、
「一定の不幸感(不快感)をやむを得ないと受け入れ割り切っている」のが特徴。

「ほんとはそんな事気にしなくてもいいんだけどね、意味ないし」
 ↑
だいたいこんな感じの台詞を自分の子供にも語りかける人


●かといって
「所詮イカレポンチの『単独者』」のことも悪い意味で馬鹿だと思っておりww
(どうしてそれができるのか羨ましい気持ちもあるんだろうけど、)
『歩留り』特有の不幸感は大人として生きる社会的コストぐらいに考えている。
「仕方がないでしょ」も口癖

彼らはメディアの煽る流行戦などに懐疑的で(表面的には知っており対応しているフリだけする)、通常表には出さないが心の憶測でバカだと理解している(勿論表面的には「あら素敵ネ〜」といけしゃーしゃーと言える)。
何気にスマホや携帯やPC回りの装備を持っており(昭和であれば周囲に内緒で購入しているお気に入りの雑誌や作家がいる)、
表面上の「あらそうよね」の言葉と裏腹の戦術を持っている(戦略家では無い)。

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posted by kagewari at 16:44 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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