2019年03月28日

再び「現実とは何か」論

昔想像するって何かみたいな原稿書いたことあると思うんだけれど、
その続編というか、更に深いところまで考えてみようという趣旨です

前記事にちょっと被りますが、
脳内で(あれこれ考えるなりの時に)認識されている現実はLIVE映像で現在進行形で見ている視覚情報(映像)のようなものでは”ありません”。
下手すっと自画像すら「へのへのもへじ」程度なんです。

こういっちゃ何ですが
●自分の声を録音で聞いた時のスゲー違和感って有名な話ありますね
(俺が個人的に妙な習慣で髪をここ何十年か自分で切っているからなんだが)
自分の横顔だとか、ちょっと後ろから見た絵って「通常は想像すら及んでいない」のですよ。
見ても「誰それ」ってぐらいに。
(とまあここでも「醜形恐怖にみられる皮肉や矛盾」ってところに関係してくるんだが)

脳が精一杯リアリズム重視して再現しているイメージのひとつが『夢』ですが、
皆さん体験しているとおりで、随分と実際の現実と比べて欠落したイメージというかアバウトで感覚的な世界を疑いも無く(夢見ている時には)「すっかり現実気分で見ていたり」します。
言うならばそれが脳の能力的限界であって、人類ヒト科の認識できる現実世界ってその程度の代物であると同時に、正確性においても非常にアバウトです。
(※逆に言えばなんぼでもアバウトにデフォルメが効く←エスカレーションも可能)

●これも前記事で触れた事項だけれども、
「裁判における事実認定で証拠として認められるには”それがエピソード記憶であること”などを証明しなければなりません(でもなけりゃ人は事象の細かいディティールなど記憶できない)」
 ↑
自分の記憶も同じなんですよ。
どれぐらい詳細で正確なのかって「凄くアバウトで怪しい」ワケです。
(夢にも出てくる格納されたイメージは、おおおそ現実からかけ離れているぐらいあられもなかったりする。→故にここでも「醜形恐怖」に見られるような事実誤認がナンボっでも起きる、)

例の「オカルト系量子論」でお馴染みの
(っても「物理学で真面目に論議されている話」だが)
「人が観察したことにより宇宙は実存するのかも」などの話ですが、
 ↓↓↓
■脳が認識している水準の現実は”非常に限定的”且つ”不正確で””アバウト”です
極論すると(自分の横顔じゃないけれど)自分の事すら観察されていない現実は”この世に存在してないも同然”であり、
「第三者なら苦も無く見える横顔の様子を指摘されても」
(これわかりやすい心理学のスタンスだよね)
当人は「全否定」してしまうことはちっとも珍しくない事であり、
(指摘した人を平然と嘘つきと思うほどにね)

事が自分以外の登場人物を含む関係性の話に及べば、
その不正確可能性は無限大になります。→驚くほど現実から乖離しても脳の現実認知は”その程度では破綻しない”。
(一定水準の公平性というか現実認知を事実認定に近づける能力は努力や訓練を必要とするし、だからこそジャーナリストやドキュメンタリー監督などは”専門職”であって初めて務まる。)


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posted by kagewari at 19:36 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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