2019年02月15日

「承認欲求」が一番めんどくさい

メンタル問題に関わらず、所謂『行動幻想』社会適応系自我においてももっともめんどくさいのが「承認欲求」かも知れない。
■端的に言えば自らのアイデンティテイーを何らかの権威による承認に求めること
(受動系『被(こうむる)』式に”認められる”)
なんだけれども、

そもそもこの話が依存系欲求なので、それを主体的に解決する方法は”無い”ワケだ、
”無い”って事もないが、それは「承認欲求そのもののをネタバレ崩壊させる」事なワケで、メンタル問題であればいざ知らず(この場合は自らの意思で強迫心理の崩壊を意図するのだから)、『共同幻想』境適応系自我においては逃げようが無い。

確かに、そのストレスを契機として
現代社会は『共同幻想』崩壊過程なワケだから、彼ら自身が『共同幻想』適応人格もどうよって考えることもあり得ると思うけれど、既に社会適応しちゃっている場合、獲得した地位なり順位なりってキャリアもあるだろうから(それを唐突にバカみたいな事だと転換するとか)容易な事では無い。



「承認欲求なんかバカらしい」なんてのは『共同幻想』の間でも(各人”それこそ”の暗黙の了解的『共同幻想』において)60年代から”共有”されており
植木等のスーダラ節です(演奏は勿論クレージーキャッツ、作詞は青島幸男)

(それこそ立派に立身出世みたいなネタに対するナンセンス認知は裏『共同幻想』だったワケだ)


●逆にメンタル問題の場合は
その設定が(何にどう認められればいいのか)「強迫心理」なワケで、パチもんってか現実世界に実存する権威を対象と”していない”のだから(あくまで暗韻として想定されている権威は脳内設定だけの世界)、ネタバレ崩壊も何も予め獲得されたキャリア自体存在しないので”そこからの離脱”及び、「強迫心理」そのものの解体は望むところなので(難易度はともかく)論議すべきポイントは無い。


※補足【重要なことだけれど】
「強迫心理」が関係する自我問題ってのは、当事者が自身のメンタルに問題意識を持つ「メンタル問題」に限らない。所謂心理的に起きている現象は【同じ】な訳で、
多数決共有化による自我設定を普遍性と錯覚してしてしまう分(故に問題意識に至らないのだけれど)、『共同幻想』適応系自我における場合の方が「問題意識そのものを認識できない」とも言えるので(だとしたらそれは問題では無いってレトリックも成り立つんだが)、心理的負担が過剰に感じる場合は(下手に自分で理由を考えると防衛反応で自動的に何でもない事にもされ兼ねないので)「ひとまず何かおかしい」と理解する方がベターだと思う。
ある意味『共同幻想』適応系自我における過剰な心理的負担って、問題意識レベルでは”無く”外部現実に関わる事件や問題に発展するまで放置される場合が多いとも言える。
(なんせ『共同幻想』適応系はデフォルトの自我モデルが「強迫系」なので判断が難しい)

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posted by kagewari at 18:38 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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