2018年06月28日

退屈だと死ぬ病

男は退屈より電気ショックを選ぶ:研究結果
https://wired.jp/2014/07/07/men-would-rather-give-themselves-electric-shocks/
<一部抜粋>
ひとりで何もせずにじっとしているくらいなら、自分に電気ショックを与えるほうを選ぶ傾向があることが、最新研究で明らかになった。

ハーヴァード大学とヴァージニア大学のチームが『Science』誌に掲載した研究では、200人あまりを対象に、11のさまざまな実験が行われたが、基本的にはすべての実験が、何もない部屋で、何もせずに6〜15分間過ごさせるという単純な方法で行われた。

その後被験者は、「希望する場合はさきほどの電気ショックを使ってもよい」と告げられてから15分間ひとりで何もない部屋に入れられた。すると、男性被験者の67%(18名中12名)が、ひとりで過ごす退屈さを避けるために、最低1回の電気ショックを自らに与えた。また女性被験者も、1/4(24名中6名)が自らに電気ショックを施した(平均は1.47回。なお、中には15分間に190回もの電気ショックを与えた男性被験者も1名いたが、この被験者のデータは平均から除外されている)。

■心理学がよく取り扱う「欲求不満(退屈)」を甘く見ちゃいかんってことと
●「快でも不快でも脳にとって『興奮』を伴えば全部快感代謝分類」→『快感原則』そのまんま

重要なポイントは欲求不満が累積すると(しかも15分ほどの水準で)、
不快でも構わないので(快感とそれほど違いの無い優先準で)『興奮』による快感代謝が優先されるって事で、
(※何故人は「疲れた疲れた」言いながら毎日毎日仕事をしたがるのかも簡単に説明できますね)
強く、恒久的な不快感を訴える事例においても、獲得されている代償満足的な二次的利得をしっかり説明しないといかんっちゅうことです。
 ↑↓
不安や不快感が恒常化している背景に「脳がそれでもいいやと望んでいる」つーことと、
■ゴリゴリ私利私欲で自我を動かす能動性が欠けるのならば、速攻パッシブで不安ネタを思いつこうとしたり不快感に及ぶ行為を(その可能性が軽微でも)訴えてみたり、本当に強い不快感に陥り(高い興奮レベルの獲得に成功した場合→それは脳にとって成功体験となり)、半ばそこに依存する形で(脳と脳内物質の関係で言えば半ば薬物中毒的側面も加味され)不安や不快感が著しく反復再現されかねない。

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posted by kagewari at 16:03 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月23日

「妄想とは何か」

●「脳の妄想機能は芸儒家なのか?」
いきなり何かって書き出しですが、、『妄想』を複数のの角度から論証してみたい。
(勿論そのひとつは先日連載した「空耳と電波」である←これは後述)

最初の角度は「オカルト現象」から
参考となる記事がある
大宅賞作家が記録した3・11後の「霊体験」
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20170809-OYT8T50014.html?from=yhd
<一部抜粋>
3年半にわたる取材を通してわかったこととは何か。「最初は気づかなかったのですが、霊体験とは『グリーフケア』(悲しみのケア)ではないかと思います。グリーフケアの『ケア』とは、『セルフケア』の『ケア』です。自分がいちばん納得する物語を創(つく)り、自らをケアする行為ではないでしょうか」と指摘。

「『霊体験』そのものは事実かどうか証明できませんが、体験した当事者にとっては『事実』です。彼らの体験を非科学的と否定せず、普通に受け止める社会になってほしい。人間は合理性だけで生きているのではない。非合理的な存在でもあることに気づいてほしいと思います」
重要なポイントは「不確定未確認な事象でもそれが当該人物には明解な事実となる」可能性です。
 ↑
引用の「霊体験」の是非を云々しているのではありません(そこは前述レポート執筆者がドキュメンタリー著作家としての見解に同意)、
●そもそも論として唯幻論的世界を生きるこの世の生物は、脳で再現される電気信号情報を”現実”として認知し、タイムラグのある「少しだけ過去を生きている」。
●言うならば「脳内で再現された仮想現実以外の方法で現実を知覚することはできない」。

●さらに”事実認定”とは(裁判所がある理由だが)主観による現実とは”別物”である。
(最近報道によく登場する第三者委員会もそれ)
報道関係で言うところの「裏取り」の話であり、この世に裁判における事実認定がある理由です。
仮に関係者全員の証言に齟齬が無くても尚、それだけでは事実の検証とならない。
被告原告いずれか一名の証言があれば、それをそのまんまカーボンコピーしてノーチェックで最高裁判決になるなんて世界はこの世に存在しない。
(今回引用のドキュメンタリー著作家の着眼点も同じ)
それらの証言から「そこにあった事実とは(ロジカル的検証を経て)どう語られればもっともそこにあったもの起きたものを表現できるか?」
描画や写術や詩的情緒要素などを第三者が客観的に検証し(裁判なら犯人の特定だけでなく被害感情や犯人の情状酌量なども踏まえ)、

「霊体験」が本当に外的事象の影響によるものかを云々することが中心では無く(個々人にとってそれは疑いようの無い現実であることを前提に)、
「そこに起きているものはなんだったのか?」を思考するものである。

■ある意味その作業は精神分析でも同じで、
精神分析は登場人物の心理的背景や傾向、更に動機形成の点から、
「そこに起きているものはなんだったのか?」を構造的に分析するものである。


■■■<話は個人レベルの”現実”論に戻るけれども>■■■
極論
「妄想とは何か」と「(個人にとっての)現実とは何か」に”区別は無く”同義語である。
だから生物は睡眠中に『夢』を”見る”ことができるのだし、
「脳内で再構築された脳内情報(当人はそれを現実と認知する)」という点で上記三者は同じだからだ。

話は60年代になりますが、
当時流行したサイケデリックなる音楽において、ドラッグをやると創造性が刺激されるのだとばかりにかの有名なビートルズでさえマリファナなどを手にした(日本では井上陽水先生なども)、
妄想と現実の狭間のナントカでって取り組みでもあったのだけれど、
現代の脳科学や心理学から考えていけば(脳は記憶をザックリとした情報に解体圧縮して適当に格納するので→故に肝心の試験の時に思い出せない)、脳内に分解圧縮格納された情報は既に情報量的にはおおよそ当時見たままを再現”できず”、
 ↓
●何故一般人は絵が下手なのか?の理由そのまんま
幻想的な妄想なのかって見えるそれは、
「これから料理を作ろうと買い揃えた食材を(手順と関係無く=論理性無しに)鍋に乱雑に投入し(カオス:混沌)その状態で「これは何の料理?」と自分に問うようなもの」なのであり、
(デジタルの世界で言えば、画像情報として再構成されたDATAを見るのでは無しに、この論理機能をスルーして、デジタル情報そのまんま01010101110011←これを見て”何?”とやっているようなもの。)
 ↑
やれ臨床ナントカが統合がどうしたとか言いだすアレのネタ元ですよ。

■何故予めフィクションだとわかっている「映画やドラマや音楽で人は感動できるのか?」
(付け加えると「自分がプレーしているワケでも無いのに何故スポーツ観戦で興奮できるのか?」)
そりゃ〜
当人の脳内再現領域に”それ”が論理的に再構築できるのであれば、
「それは疑う余地のない(個人の自我にとっては)現実だから」です。

なので(ネタに応じて)自我が再構築可能な範囲に個人差があり、
そこが「同じ映画でも感動する人しない人の差異が発生する理由」です。

あれれ?
だ  と  し  た  ら

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posted by kagewari at 17:47 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月16日

新幹線の痛ましい殺人事件を分析する

報道にしても警察の見立てにしても、
「ド素人か」と悪態をつきたくなる。
この話は(言っておくべきことはナントカ障害とか”全く関係が無い”ことと)、殺人事件に至る経緯と動機形成の推定が(心理学的には必ずしも難しい経緯では無いにも関わらず)無茶苦茶で、このブログで書いたところで社会に理解が及ぶものではないだろうけれど、
ここは書かずにおれない。

あらゆる生物には(人間の言葉の概念で言えば)一種の残虐性が備わっている(それを残虐なのだと定義する事も”ご都合主義”にも思えるんだが)。
全ての生物についての話です。
そりゃ生存競争を前提に存在しているのですから、
所謂巷の市井の人々も、残虐に切り刻まれたパック詰めの死肉をスーパーで何食わぬ顔で購入し、笑顔で「美味しい美味しい」食べているわけで、、

■とりわけ人類ヒト科においては(フロイド説が全て確定事項とは言わないが)、
快感代謝のプロセスとして、幼児期以来サディズム→マゾヒズム→性愛経済関係(或はアメとムチ)・主体的私利私欲経済→文明化された(ワビサビなども含む)高度な快感代謝などのプロセスを経る。
●ここに『退行化』という現象が関係しており、
「退行化」とは、プロ野球で説明するのが一番わかりやすい。
「スランプに陥ったので、昔のバッティングフォームに戻した」←この話
社会人の日常生活で言えば、
「就職に失敗したので、もう一度大学からやり直すことにした」←この話
誰にでもよくある話で言えば、
「どうにもホニャララがうまくいかなくなったので、初心に立ち戻ることにした」←この話
 ↑
上記説明は、時間軸的にも極々至近な(退行とも呼べない)「一歩進んで二歩下がる」程度の話です。

『退行化』というのは、そこに至る論理性は「一歩進んで二歩下がる」と同じだが、先祖返りする幅が半端無く大きいケースの話です。
●どういう経緯でそうなるのか?
前述の話がスーパーの話に喩えれば
「最近売上が落ちているから、野菜の値段を去年の安い時期に戻した」程度の話だが、
『退行化』とは、
「長年営んできたスーパーが倒産した、、リヤカーで移動販売していた時代に戻ってやり直すことにした」←これぐらいの話の事。
(※躁鬱の背景にもこの話は一部関係している)

快感代謝における”大きな失敗”など(或は権威ハードルが”凄く”高過ぎてとても選択できない行為)、が起きる時(過去にも何度も繰り返し説明してきた「冷蔵庫のプリンを勝手に食べられた心理」でお馴染みの)ある意味失った当座の利益に比例するのでは”無く”(直近の大きな失敗や選択の余地すら無い断念の思いを回収すべく報復感情を伴うような)、二次的利得において自我が均衡(満足による代謝)するためは、一次的欲求に対し「反動係数」がかかる。
経済学的に断念された欲求に対し「反動係数」なるレバレッジが(関数計算的に)かかる訳です。
(所謂欲求がエスカレーションする構造→「プリンの代わりにショートケーキ買ってきても許さない」みたいな)
 ↑
上記のプロセスを挟んで(表現を変えれば”欲求の過剰化”を伴う)『退行化』が起きる。

※厳密に言えば『退行化』と呼べない「一歩進んで二歩下がる」的な退行でも微妙な「反動係数」はかかっている、「失敗は成功のもと」みたいなイメージで「昔のフォームに戻すことにより今まで以上の成績」みたいな欲求が潜在化しているのは事実。

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タグ:反動形成
posted by kagewari at 08:35 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月09日

「空耳と電波」(補足編)

うってつけの報道がありました。
これです
通行人にしょうゆかける 中国人留学生を逮捕 「悪口言われたと思った」
http://www.iza.ne.jp/kiji/events/news/180605/evt18060520350031-n1.html
<一部引用>
同署によると、韋容疑者は調べに対し、「自宅で勉強していたら、外で話し声が聞こえ、悪口を言われていると思った」と話しているという。男性らが、犯行後、自宅に戻る韋容疑者を目撃しており、逮捕に至った。
●典型的な「空耳と電波」です

やれ2chあたりでは彼がなんとか失調症だろうだとか、知見も無く適当な事言ってますが、
そういうことは「どうだっていんです」。
「空耳と電波」現象がどのような人物達の関係性の中でどのような証言を背景に発生したのか。←ここが全てです。
(※何度も言うように「空耳と電波」現象は誰にでもあることだからです)

可能性を考える上で有意な何かを挙げるとしたらですよ、
日本語に決してネイティブほど堪能では無い留学生の耳に人の声が聞こえていた。
 ↑
これだけで十分条件なんです。

人間の聴覚性能はどちらか言えば「たいしたことが無い」ので(猫より数段劣る)、
極論、殊更関係の無い人達の発言は(先読みシミュレーションの正確性など全く期待できないので)「どうとでも聞こえる」のです。
(※前段2018年05月24日記事において、私が《既に営団地下鉄の台詞がなんだかわかった後でも尚》「発車サイン音」がどうしても「発車”酸””イオン”」に聞こえるぐらいなんですから。)
 ↑
●重要な点「え?今なんて?」だとか「(仮に瞬間湯沸かし器的に激昂し)もう一遍言ってみろ(何て言ったの?)」などのように、聞きなおすプロセスが入っていない以上(先読みシミュレーションのできない赤の他人の発言は)、にわかに「なんつった?」状態に留まるのが人類ヒト科デフォルトの聴感能力限界です。

と こ ろ が
逮捕された留学生は、躊躇なく「醤油攻撃に出た」ワケですね。
どういうことですかこれは?
(「え?」とか「あんだって?」や「もう一遍言ってみろ」でも無く)
彼には、明解にはっきりと(本来正確に聞こえる事があり得ない屋外の赤の他人の会話が)日本語を正確に聞き取る言語能力も無いのに、”こうだ”と”断定”できる恰好で聞こえたって事です。
 ↑
このように”断定”できる能力は「強迫心理」の介在無しに”不可能”です。
●言い換えれば、人間の聴感能力上も、人間の脳の能力的にも、人間の自我OSの機能的にも、
「強迫心理」の介在無しにそのような状況における事実認定の”断定”は不可能である。

彼が特殊なのでは あ り ま せ ん
状況によっては、人間はそのような本来正確に聞き取れない筈の音声が明解に自分の悪口を言っているように”本当に”聞こえることがあり得る(彼が証人)。←ここが重要なんです。
「その状況が何かは特定できないが、同じ状況が再現されるのであれば、誰でも彼と同じように”そう聞こえた”だろう」←ここが重要なんです。

■(2chの無責任な書きこみじゃないけれど)いかにもオンザレールな『共同幻想』な人がいいそうな解釈に→「ワケのわからない言葉が聞こえる病気なんだろ」みたいなアホみたいな話がありますが、
(※前回のテキスト記載してますが、心理学的にはなんちゃら病やらなんとか症やらあれこれ障害などの分類には”全く意味が無く”、全ての現象は誰の自我においても起こりえるものである。)
そもそも論として、知見の無い人は”妄想”やら”幻聴”やら”電波”やらが何ぞやを知らずに語ってますからいい加減なものです。

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タグ:強迫心理
posted by kagewari at 05:22 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月07日

事実認定における”断定”と「強迫心理」

(6/9 この原稿もかなり重要に思うので基本用語リンクに入れておきます)

どうにも(心理学がどうとかともかく)メンタル問題に関して「社会的に理解が及ばない」ところあるので、まずそこから始めますが、
90年代ぐらいでしょうか、米国で特定の抗鬱剤が大流行していたころ「全米でうん百万人が精神的な疾病や問題を抱えている」なんて(出所のよくわからない統計で)報じられていたりしたものです。
(ウォール街の住人は薬なしにやっていけないとかまことしやかに語られたものです)

また「所謂閉鎖病棟に事実上強制入院禁固罪状態」な”患者”とされている人や(現在欧州では同入院措置そのものが禁止だし日本にも十何年も前からWHOがしつこく改善勧告出してる)、精神科通院歴のある人の犯罪発生率は所謂一般人と変わらないなど(この話も統計の出所はよくわからないのだが)、至極当たり前の話が”あたかも特別な事”のように語られていたりする。←冗談ではない話。
(※この話は過去に何度も書いてきたけれど俺が刑法39条に反対の理由として「動機形成の点から、意図して犯罪行為をワザワザ選択する上で『自意識』が関与しない事などありえない」的に説明している。←ある意味理論的に『自意識』に抑圧傾向のある精神的問題を抱えている個人は、主体的行為全般を企画・選択する事自体難しいのだから違法行為実行の可能性はむしろ低い推論が成り立つ。→故に「必ず犯罪の責任は問える」という結論。)

某NH○の放送で「意味不明に禁固うん十年級の事実上の強制入院患者のドキュメンタリー」があったが、その行動規範は実にどこにでもいる(どちらか言えば『共同幻想』な)人そのもので、彼を主人公として複数の同様事例から解放された患者の話が続くんだが「ショーシャンクの空に」かと思ったわ。

■重要なことですが、様々な局面で派生する精神的問題はその機能として通常の自我論の中において説明可能である以上(その可能性は誰にでもある)、何か特定の自我に疾病や疾患のように発生するのでは”無い”。

このブログで繰り返し指摘している「強迫心理」と「抑圧される『自意識』」の問題ってのは、(誰にでもある心理的状況に起因する不快状況などが)それが自我構造論的に”恒常化”したり、高い頻度で繰り返される可能性を論じているもので、
「ぶっちゃけ”ナントカ病”のような病気は”無い”」
(※確かに遺伝的問題が別途ある場合もあるだろうけど、逆に言えば”それは精神病では無い”ワケだから。)
誰にでもあるごく普通の腹痛ありますよね?仮にその時々ある腹痛が四六時中恒常化したらどうなります?事象自体は誰にでもある胃腸の具合が悪い程度だとしても、これ毎日何度も反復してたら日常生活に支障きたすでしょ?←メンタル問題ってのはそういう話しです。
 ↑
この話をする場合慎重になる背景の一つに、オンザレールな『共同幻想』業界において鬱症状などを「怠け病やらやる気の問題」など、あっちの世界の誤解や偏見に繋がる(彼らの専売特許の”いじめ機能”そのままに)ネタにされては困るからで、
●アホらしい誤解の心配が無いのであれば
「特定の自我に疾病や疾患のように発生するのでは”無い”」って部分は優先的に論じられる事項。

ここの話の背景として、
何故いろいろめんどくさい無理解があるのかと言えば、
■結局のところ「強迫心理とは何か」って事がそう簡単には理解できないってところに行きつく。
 ↑↓
困った事に、それは”論理的”に「容易に理解されない事が証明」されているのも同然なんです。
=心理学が「誰にでも理解できるものではない学問である理由」にも通じている。
(※この辺経済学における状況にも似た部分があると思う。)

■「強迫心理」ってのは”そんな人”みたいな人格があるのでは”無く”(無意識人格なんて言葉としてもう矛盾してますから)、”概念”なんだけれど、
経済学で言えば「やたらと財政再建に拘り口を開けば緊縮財政論になる人」とか想像してもらえるとわかりやすいかも知れない。
「こうなったらこうなる、そしてこの話は凄く大事な(『自意識』の主体性を上回る)上位概念である」←みたいな”固定的に筋立てられた考えや予断・想定”の事。

言語論ってほどの話じゃないが、そこ文法表現上に顕著なのが”断定調”です
●さてここで問題です「ニワトリが先か、卵が先か?」
『自意識』が(上位概念に)行動抑制(抑圧)されているから、その概念は自動的に”断定調”になる(『自意識』には「そうかな〜、どなんだろう」などと考える余地が”無い”のだから)。
或は?
それだけ”断定”されているのだから、もはや『自意識』には(そんな上位概念に)介入の余地が無いのだ。←と考える事もできる。
(どちらもあっているので、どちらがどうって事は無いんだけどさ、)

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posted by kagewari at 01:45 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月01日

基本用語のまとめ(10)「取り巻きとスカウティング」

継続的読者の人はあえて説明を必要としていないのだろうけれど、
新規閲覧者の方にとっては「何のことですか」ともなり兼ねない頻繁に使用されるいくつかの用語を別カテゴリーでまとめておこうと考えたものです。
(重要項目なので予告なく編集される場合があります)

<語彙的には>
特殊な言葉では無いので”読んだまま”なんだけれど、
『自意識』を抑圧する「強迫心理」の概念が存在する場合、
管理者権限みたいなものをその概念に奪われるも同然なので、主体性と関係の無いところで(ある意味自覚的にはなんとなく)「強迫的思考」と帳尻の合う関係性が予見されている人材に好感を持ったり、仲良くすべき対象だと”勘違い”してしまう現象。

あくまで結果論としてだが、
無意識にスカウティングされた人物や集団は、あたかも「強迫的思考」のロジックを論証するための都合のいい関係者となるため、意図した訳では無いが”その取り巻き”としての役割を演じる事になる。

語源って話でも無いが、
昭和のオンザレールな『共同幻想』全盛時代の
「友達はよく(考えて)選びなさいよ」の格言における潜在的な意図でもある。
(上記の言葉はまた意味を取り違えて乱用されたため現代では死語になりつつあるけれど。)


<詳しい解説は以下>
■この話がやっかいなのは
人間の事実認定なんてものは(まさか毎年1万人以上と握手する政治家でも無いかぎり)周辺の極少数の人間の認知に大きく左右されるため、ある意味ご都合主義でスカウティングしている関係者の意見が「強迫的思考」を裏打ちし、当人『自意識』に対しても「確かにそうなんだ」と説得力を発揮してしまうことで、事実上「強迫心理」の力に加担する存在となる。

時にメンタル問題があった場合の初動として重視される
「可能な限りひとりぐらしを選択すること(家族との同居は逆効果になることが多い)」
「できれば、これまでの友人知人との関係を絶つ事(『自意識』の本音としては実のところさっぱり好感も無く個人的利益にも無関係な対人関係をズルズル継続しても意味が無い)」
 ↑
上記が挙げられる
(端的に言えば、『思春期反抗期』における「一人旅の選択」の効用やその意味をなぞらえる格好になっているのもポイント。)

この初動の重要性は、
「強迫心理」の取り巻き(擁護・援護・支援者)を結果論であっても形成してしまっている関係性はどこから見ても100害あって一利無しであるだけでなく、
スカウティングされた先方にはこれといって意図するものは無く(普通に素で親切心であったりする)、彼らにしてもまさか当該人物の強迫心理のケツ持ちをさせられている事など知る由もないのだから、話を困った方向によれさせないためでもある。
(注1:家人との関係は説明するまでも無く「強迫心理ドラマの元ネタ登場人物達だから」なので説明するまでも無いでしょう。)
(注2:似た初動の注意事項には「話がややこしくなるだけなのでリハビリ期間中は恋愛禁止」というのもあります。)

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posted by kagewari at 17:16 | 『基本用語』の解説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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