2018年04月27日

『実存時刻』(そもそも何故に死が怖い人がいるのか?その1)

●果たして「今」として自覚される時間とは何時(いつ)ですか?
前後10分でしょうか、それとも前後30分?はたまた前後1時間なのでしょうか。
(なんだかモーガンフリーマンの某チャンネルドキュメンタリーみたいな前フリとなってますが)

そう、聞くまでも無く「ひとそれぞれ」「現在進行中の状況次第」でそれは変化します。
のんびり1時間かけて朝食とる人なら、食事の今は前後合わせて1時間でしょう
せっかちに食パン咥えて飛び出す人の食事の今は前後合わせて5分でしょう
遠出のドライブで峠を攻めている人は、その運転時間トータルで今でしょう。
慌ててバス停に走る人の今は、せいぜいが前後数分である筈です。

何を言っとんのかと申しますと、
上記で語っている”今”という言葉の後ろに”自分”をつけると?
「今の自分」って言葉になりますね。
その意味というか反語は?今じゃない自分を表す言葉です。
「未来の自分?過去の自分?」
だとするなら、
「未来の自分や過去の自分って言葉から連想するものは?」
「今の自分では無い」です。
「お恥ずかしい、あのころはまだ若くてかくかくしかじか」
「自分の将来?さてどうなってんのかね、年寄り批判している今と正反対に”今時分”の若いものは、なんて愚痴っているのかしら」

”今時分”って何?

時の感覚はかくかくしかじかで”実は連続性がありません”。
”何期””何時代”などのようにその時進行していた上位概念的テーマで「独立した物語」のように語られる事も多い。
あたかも役者がその都度別の役柄を演じているその時の演目のようです。

と こ ろ が
”当事者”って言葉があるように、
”今に夢中”のあなたは、前後の”今では無い自分”の事などほとんど忘れています。
自覚が無いと言い換えてもいいでしょう。
それはどんな比率で起きますか?
”今現在に集中していれば集中しているほどに”の筈です。
「毛ガニを食うのに夢中な時、あなたはホテルに置き忘れてきたメモ帳の事など気にならないレベルどころか、この世にメモ帳なんてものがあるのかすら怪しいぐらい存在を忘れます」

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posted by kagewari at 03:43 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月19日

『週刊西田一問一答』が妙に面白い

所謂自民党の中でも強面の右派議員として知られる西田昌司議員ですが、
(元税理士。京都府議時代から故西部邁氏らとともに言論活動をしており現在清話会所属の参議院議員。特に民主党政権時代の厳しい国家質問で脚光を浴びた。)、
京都出身ということもあり、なんと共産党の小池晃議員との対談をyoutubeに挙げちゃっている変わった人である(野党として地方政治において共産党を社会的弱者の味方として高く評価しており、そこには野中さん的な世界もあるのかなと)。

自身の動画コーナーである週刊西田では右翼論壇的色彩は以外にも薄く、
所謂普通の地方のいい人代表的なナイスミドルだったりしてですね








憎めないキャラですよね。
彼はどちらか言えば、右翼言論人と交流持ちつつも思想的右派にはなっていないというか、

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posted by kagewari at 01:45 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月14日

あらゆる生物に自我の萌芽はあり得るのではないか?という仮説

「王の遺伝子論」とでも命名しましょうか。
いったいなんの話か?
えーyoutubeで小動物の動画を観てですね、ハッと気が付いたのです。
飼い主に恵まれたペット達には「明らかに自我の萌芽」が観察されます。

これはですね、長年”ネコ飼い”や”犬飼い”やった人間しかなかなかわからない事なのですが、経験ある”ネコ飼い”になると、所謂一般的というか素人さん向けの子猫の写真みたいなものに「あーそれは違うんだよ」ってのがあるのです。
一体どこがどう見えると違いに気が付くのか説明するのは凄く難しいのですが、
経験ある”ネコ飼い”には、その個体に自我が宿り固有の表情を見せるようになっているのか否かがわかるのです(それもかなりはっきりとわかる)。

固対個の関係成立無しにコミュニケーションもクソもありませんから、
相手方における個の発現の有無はドエラく重要な事なのです。

「えっこんな小動物にも」に引き続き、
説明するまでもありませんが、大型猛獣クラスのネコ科個体にも自我の存在が観測される動画も多数あります(大型捕食獣は巣立ちが遅く知性も高いため更に自我発現可能性は高くなる)。

■某伝宗教系文化の国家では到底受け入れられない”仮説”だと思いますが(欧米とか)
少なくとも哺乳類・鳥類・魚類などの広範な生物において「誰にでも自我発現の可能性はある」と考えます。
自我を持ち、我思うという実存を成し得るのは人間だけでは無い(この点は断言できる)。
どこが”仮説”なのかというと、

「この自我ってものは、そもそも(人間は違う意味であっちの方まで進化してしまったが)どの生物にも遺伝子レベルで存在する王となる素養」なのではないかと。
群れを率いる王であったり、広大な縄張りを統べる王であったり、圧倒的な繁殖力を見せる王(や女王)、長寿を誇る高山の賢人など、
様々な生存環境の中で、勝者として君臨する個体には群体として依存的に追随する個体とは別個の何かが求められます(自主的判断ってものです)。

●勿論その素養は広範な生物に付与されているだろうと。
どの個体が王となるのかなんて誰にも予測できないのですから。
「その立場になったものにはスイッチが入る」みたいな。

さーてここから心理学です。
重要なポイントですが、
「メンタル問題」これは事実上『単独者』予備軍であったり、『共同幻想』社会から『単独者』社会への変遷過程において(特定事情で幻想が憑かず強迫心理として個別化するなどで)派生するものですが、
学問的に最初に観測される事例は?
「皇帝病」などとして知られる、特権階級において観測される心象風景です。
(※具体的に学問マターになるのは第一次世界大戦時のPTSDですが)
それが中世などに「貴族病」的に拡大し、
近代以降、前述の戦時後遺症として始まったPTSD、
現代社会に至る先進国固有に派生する「メンタル問題」。
 ↑
これは即ち、豊かさが庶民にまで拡散する流れそのものです。
豊かさと、メンタル問題の相関関係ってものは実に簡単なもので、
●「生存に不安が無い=自我が拡大する=高度なOSだからこそのロジカル問題派生可能性もた高まる」←こういう流れです。

勿論そこには、封建制や独裁やら宗教権威国家などなど現代で言えばカルトまがいの時代には一般大衆は総じて(依存というより)強権による隷属によって階層全体が抑圧される事で、自我の拡大も抑圧され、個というものが『共同幻想』と『自意識』不可分の関係に半ば強制的にビルドされてしまいます。
先進国だからこそ「人権」という概念があり(それこそ血みどろのフランス革命における宗教との戦いなどを経て)、自我の拡大の自由が憲法で保障される社会が到来したからこそ、メンタル問題もあり得るのです。

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タグ:自我
posted by kagewari at 21:03 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月06日

論壇な人々と変節の心理

世界各国がどうなのか知らないので半分憶測の域を出ないのだが、
少なくとも日本の社会には論壇なる世界がある。
「なとか論壇の方」みたいな。
(たいして中身を知りもせず、一般用語として俺も流れで使っている言葉です。)

さて、辞書的な意味だけれど、
「そもそも論を立てる壇(場所)から転じて言論界的な用法になっているもの」とのこと。
果たしてこの用法が適当なのか否かよくわからないのだが、
ナントカ塾みたいなノリで、主たるメンバーが主催する言論サロン的な場が開かれていたり、そこで言論が戦わされていたり、勉強会的なものとなっていたりなど、
(何の意味があるのかさっぱりわからないのだが)
小社会が形成されていたりするような”しろモノ”らしいんだな、

あれれ?なんてーか某左翼のセクトみたいな事か?
てか、それじゃバリバリ『共同幻想』じゃネーの?

どうにもですね、
ガチ『単独者』の僕は、意見の方向性が合致するから宴もたけなわとばかりに酒場などで盛り上がるというような趣味は理解ができないのであり、
(興味があれば論文なりブログ記事など時折読めば済むことでしょ)
誰かと話すから考えが深まったり、会話の中で新しいアイデアが浮かぶのは事実だけれど、それって考え方も違っていて、なんというかお約束の知識が必要みたいな仲間意識も発生させない平場の論議だからこそ楽しいものだと思うのですよ。
たとえば「聞いてちょうだい、こんな面白い事があるんだ」というノリで、

著名な主催者の場に集まって、なんというか、、、それは違うのではなかろうかと、
(どう見ても行為として権威付けみたいなアレだよね)

そもそもですよ、
世の中に”頭いい”なんて言葉ありますが、所詮人類ヒト科の脳のすることです。
「たいした違いがある筈も無い」のです。
時にインテリゲンチャな人は「そんな事も知らないのか」であるとか「かの有名な誰それの論文で」なんてーな展開ありますが、
ネット社会の現代、所謂知識ってものはいつでもググれば出てくるのであり、
論文の重要性と筆者が著名か否かは関係が無いのだし(笑
 ↓
(※実際岸田教授が心理学会で世界的権威とか「なっていない」と思うが、俺は個人的に心理学会の世界的偉人だと考えて疑わない”個人的意見”をもっていて《論証できると考えている》、吉本隆明氏の『共同幻想』をモチーフに展開した「唯幻論」は《そんな賞があるのなら》ノーベル心理学賞ものだと思っている。←実際岸田教授が世界的権威かどうかなど関係無しに。そら判断の基準はなんといってもその中身でしょうよ、)

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posted by kagewari at 16:56 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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