2017年10月11日

哲学的なアレをやろうとは思わないのだが(心理学関連だけ)

確かに岸田心理学には時代背景もあって、実存主義哲学抜きに語れないところがあるのだが(故にこのブログにおいても『単独者』などの概念が頻繁に登場しているワケで)、哲学は専門じゃないのであまりその辺触れていないのだが、心理学に関連する部分だけちょっと書いておこうと思う。
(※そもそもフロイト心理学における精神分析手法が哲学で言う構造主義関係だと”そっちサイド”から論評される場合もある。)

割とどうでもいい話なので、心理学テキスト期待されている方はスルーでどうぞ、

■自我論としての実存と心理学の原則である「結果論には関係が無い」関連
論旨における重要なポイントでありながら、ややもすると難解なイメージのある上記点を(哲学的側面にも触れながら)ちょっと書いてみようと思う。

時に承認欲求などで問題が深刻化するケースにあてはまる事なんだけれど、
「社会において何か成し遂げるみたいな幻想」に振り回されるのが大半かなと、
(勿論それは『共同幻想』特有の社会適応強迫でもあるワケだが)
端的に言えば、社会的地位などの殊更の意味があるように”思ってしまう”概念ですね。
人類にとって、直近の生存に関わる生産が過剰生産に及ぶ文明化された現代においては、大雑把に言えば派生する仕事は趣味性に関わる事項になるので(これ経済学では経済のソフト化だとか成長分野が第三次産業へシフトしていく発展段階などの話)、極論それ自体に大きな意味は無いワケです。

どういう意味か?
(実は以降の話は、哲学上の本質から離れており、かなりベタな俗っぽい説明になってますが、これは話をわかりやすくするための便宜上のものであることをご理解ください。)
●「新型クラウンのここがこうかわった」これが種としての人類ヒト科の実存に何か大きな影響あるのかって言えば、せいぜいが趣味の範囲であって大きな意味は無く、
ミクロ経済で言えば、同業他社との競争の中で云々の話であり、仮に同車両がシェアを伸ばせばそれは(自動車そのものが何時でも過剰生産可能な経済ファンダメンタルにおいて)競争に負けた他社の生産設備が(これも社会の有意な社会資本であるにも関わらず)閉鎖されたり生産中止になっちゃったりする話なワケです。
●「土下座上等の飛び込み営業で、新規顧客の開拓に成功した」
説明するまでも無く、一歩間違えば押売り詐欺です。
しかも類する話を耳にする時、話の中心は”やれ売上”などの営業成績であり「肝心の取り扱っている財貨などの中身が、如何に人類ヒト科の実存に関わる重要事項であるのか」などは語られない。
 ↑
この辺の「それを言っちゃ〜」な部分は、なんだかんだ広く広範に薄っすら認知されているため、以下に転じる発想に至ります。
それが、こちら
 ↓
●「誰にとってもその有意性に疑問が無く、確実に感謝される(有意性が認められる)社会的実存としても疑う人のいない、医師になれば鉄板で社会は認めざるを得ないだろう」
確かに、中世や近代において感染症などの恐怖に怯えた時代においてその存在は救世主そのものであったのですが(経済の変遷と同様に)、現代社会において最大のテーマが「アンチエイジング」となったこの時に(割と有名な話ですが「病気が治る」という表現は実は国語的に間違っていて、長い人生において想定外な事故的な感染症などの不愉快な死は解決できるみたいな事であり、100%誰でも死ぬ件はどうにもならないのだから、治すという行為も延命に帰結しているだけで、、、)、
「これ、どうなんだろうと」
しかも、現代社会に並行する大きなテーマは「延命措置の拒否選択」だったりするというね、、

※勿論前述の医療が救世主だった時代の背景には、大航海時代を経て膨張する人類の人口が経済発展の中で遭遇する必然的な要素も大きく、文明論や経済学との関係抜きに語れない話。

■ここで語るべきなのが
『専業主婦論』です。
「立派な(無免許)保育士だろう」みたいなご意見もあると思いますが、、(これ現代では差別表現になりますのでPC(ポリティカルコレクト)注意表現です)、サルトル・ボーボワール夫妻のなんとやらではありませんが、DINKSの存在ですとかね、様々な論議あるワケですよ。
後に女性差別であるとか、一般職・総合職・男女雇用機会均等法に及ぶ社会的アレも関わり、なんだかすっかり「専業主婦」が悪役みたいな時代もありましたが、
めんどくさい論議は省きます、
基本的日常は「日々の掃除・洗濯・食事の用意」というこの属性スタンスは(近代においても跡継ぎの出産云々論ありますが当時跡継ぎ出産は妾も可であった大奥的側面も横に考えておくべきで)、前段の社会的活躍をやれ云々しようという論者の方々には、暗韻として「メイド職と同じじゃね」みたいな偏見にも至っていたワケで(逆差別だろうと)、

※女性解放運動されていた方の本旨は(勿論逆差別などではなく)「その選択が強制・強要される社会制度や慣習」にあったのであり、専業主婦への逆差別などでは決してありませんが、所謂この運動が社会に浸透するなか、暗韻として(十分に情報共有できない『共同幻想』末端階層などで)そういった偏見を拡大させたのも事実(ここに怒る保守もまた末端なので論議が噛みあわず反動と呼ばれたんですが…)。

※皮肉な事に、文明化による社会運動(『共同幻想』リストラ)が発生する前、”公の社会的地位”は本物の女性差別を含む法制度により低いものでしたが、『専業主婦』に対する前述のような末端からの偏見などは”無く”(むしろその逆)、女性社会内部的には上位職・名誉職でした。

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posted by kagewari at 05:50 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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