2017年09月23日

『結果論』(基本用語のまとめでは無いのですがそれ系で)

心理学の原則論として時折取り上げている「結果論には関係が無い」ってのがあります。
(少々文法的に怪しい部分もありますがww)
その意味はかなり深いので別項で説明しておこうと、このような趣旨です。

●用語集リンクにもオマケ的に追加しておこうと思います。

話の始まりは「パスカルの賭け+人生は賭けである+賭け事の結果になんだかんだ言うものじゃない」あたりになります。

心理学というより生物学的な始まりは、人類ヒト科特有の過剰なまでの動機形成は(年中繁殖可能とすることにより繁殖期における過剰な動機形成を常態化し進化した)、
勿論その進化の意図は生存するためですが、文明化を得て先進国化に至る現代社会では全くその意味を喪失し、趣味や実益と言ってしまうとアレですが当初目的にあった方向にその動機形成を発揮する必要性は無くなりました。

経済学によれば、高度経済成長期を経て過剰な資産状況となった時点で(需要不足となり)、公的な所得分配による”金を回す”ことが求められ、所謂GDPで言う生産に従事する事が国家の生存に関わる状況では”ありません”。むしろ生産能力は需要に対し過剰であって、労働では無く消費こそが求められる時代です。

社会学的に言うと、前述までの背景事情は、勿論の事組織的安全保障・生存手段としての『共同幻想』の必要性と深く関係しているため、極論『共同幻想』の幻想性から言えば、それ以前から「本筋結果論に関係無い法則は成立している」んですが、、
ま、そこは話の筋として外堀埋めておくほうがわかりやすいだろうと。

■そして心理学です、
とりわけ実存主義哲学にも関係性のあるフロイト心理学の場合、
経済学同様に「この欲求をどうすんだよ」という循環する代謝の仕組みを注視しており、「その欲求に基づく動機形成により、その先何をしたのか」の部分には全く関心がありません。
実存主義的に言えば『シューシュポスの神話(神に命じられて意味の無い岩転がしを一生続ける男の話)』で何ら問題無いのであり、人類ヒト科が各人「どんなによかれと思ったとしても所詮それは主観であって(『共同幻想』を幻想だと論じている時点で道徳も倫理も”幻想”なのですから)、仏教哲学ではありませんが、何をやったとしても所詮煩悩の振る舞いを超えない」っつー判断です。

米国大統領になろうが、ホームレスであろうが、殺人犯だろうが、聖職者だろうが、その結末には何の意味も無い(所詮普遍性をどこにも担保できない幻想ですから)。
重要なポイントは「お前はその欲求をどーやってんだよ」って話なワケで、

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posted by kagewari at 22:48 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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