2016年06月04日

反戦メッセージや平和主義的ニューマニズムなどが常に”アレ”に聞こえる理由

所謂”いい人キャラ”そのものを揶揄しようってのじゃありません。
少なからず天邪鬼な人が意識してしまう”アレ”な感じとは何かって話です。
社会生活やら市民生活など語る上で”いい人目線の合理主義”は話を簡単に進める便利な着想なので、中道路線的に大いに頑張っていただきたりところかと思いますが、
所謂「プロ活動家化」してしまっていたり、映画やドラマなどにおいていかにも定番のそれとして意識される「反戦メッセージや平和主義的ニューマニズムなど」はその媒体趣旨として(少なからず芸術など枠外の発想も視野に入れてナンボのとこありますので)あまりにも”アレ”なんだろうと、こう考えるワケであります。

「何を言ってんのかわからない」方も多数と思いますが、
ええい、そこはままよとそんな声にもスルーして強引に話を進めてみましょう。

時にお花畑とも評されるご都合主義なラブ&ピースなヒューマニズム思想は「あたかもそれがナチュボーンに普遍的に存在しているかのような設定」となっているケースも多いと思います。
 ↑
この文章が既に論理矛盾をはらんでいることおわかりでしょう。
それが普遍的素養として自然に備わっているのであれば、腹が減ったら何か食べたくなるほどに当たり前の事なのでラブ&ピースであるとかヒューマニズム思想のようなコピーや誇張表現は本来必要ありません。
表現としてそんなコピーや誇張表現が必要なのは「普遍的では”無い”」からでありまして、、、。
(えー何も人類が悪魔のごときなんとかだって話をしようってんじゃありません。)
●道を歩いていて、いきなりところかまわず暴れだすなんて現象には「どこにも生物としての合理性が無い」のであります。=ナチュボーンでそういう動機形成が行われる事は論理的に”ありえない”。
つまり、
そうでは無い状態(平和だとか)を恣意的に名称・呼称を付けて喧伝する必要性からが本来無いのです。

わかり難かったでしょうか。
生物として合理的且つ普遍的な状況が「平和」なのかも知れませんが、それが普遍的なら言語としてそれは「自然」と認識される類の概念に予め含まれるだろうって話です。

まだわかり難いですか?
「戦争と平和」のように、その反対語的にそれが台頭しているだけで、
平和の方は本来普遍的で自然現象なので本来は固有名詞も必要が無く、個別具体的に発生しているのはナンセンスな事態(戦争)の方だってことです。
 ↓
更に、「いきなりところかまわず暴れだすなんて現象」こそが固有にユニークなのであって、それぞれ個別にユニークとして発生する現象(戦争や紛争や犯罪や災害)を網羅的に「そうでは無い状態」と定義することからして(平和のように)、定義としてあまりにもアバウトというか、概念としても曖昧過ぎだってことになります。
●ザックリ言えば「平和の定義」が無理筋すぎる。
目の前のビルを見て「現状倒壊する恐れや不安な点の無い建物」といちいち呼びませんよね。
見たままですから(倒れる気配も無いのだし)、
「現状倒壊する恐れや不安な点の無い建物」のような表現が妥当なのは「専門家などが『耐震診断』を行っている時の表現」です。
「安全な街」という標語も、警察の防犯キャンペーンなどの場合に妥当ですが、普段何気に街を歩いていて「あの安全な街のどこだかへ」などと表現する事はありません。


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posted by kagewari at 23:15 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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