2016年04月21日

マスメディア権力の世界的凋落

タックスヘイブンのなんとかでちょっと活躍しているようにも見えますが(ウィキリークスばりの検証作業で)、そんなタックスヘイブンの話は誰しもが知っていたことなのだからジャーナリズムが活躍どころかネット時代特有の漏洩無しに無力だった証明みたいなものでして、
ひょうたんから駒で、事実上タックスヘイブン側が信用落とす形で世界的に法的規制が進めば世のため人のため大いに結構な話ですが、世界的にマスメディアが権力としての存在感を失いつつあるのは事実です。

その典型が日本の「叩けば叩くほど政権支持率が上がってしまう」現象であり、
似たような状況にある米国大統領戦でしょう。
(欧州も一般的保守層をネトウヨ扱いするジャーナリズムにネット世論が我慢の限界超えているようです。)
左翼言論特有の『共同幻想』依存が(職業がジャーナリストなのに)甚だしく現実との乖離を派生させ、どうしちゃったの状態を引き起こしている件は各方面で書いてきましたが、
彼らの記事の内容どうこうじゃないです、日本のネット世論で随分昔によく使われた「マスゴミ」的認知が皮肉な事に『共同幻想』化しちゃっているというね、、(この場合権威者からの流行発信捏造幻想的なものでは無く、口コミ情報共有による構造なのでマジものの『共同幻想』です)。

インテリ階層が学閥的と申しましょうか、何気に左翼政治思想に傾倒しがちって流れは日本だけでなく世界的なものです。
2chあたりでそんな姿勢が批判され始めたのはいつ頃からのことだったでしょうね、あまりにも昔からの話なので記憶も定かじゃありませんが、当時のマスメディアはネット世論をぶっちゃけ小馬鹿にしており(それこそヘイトですわ)、
情報弱者にも拡散性のあるSNS台頭で所謂ネット世論的なもののマジもの『共同幻想』化であったり、その反対にネット世論をヘイトしていた左翼言論はそのSNSの”仲間が集まる気持ちよくなる機能”で現実との乖離がさらに捗るというなんとも皮肉な展開になってまいりました。

■ようやく終わってくれました「F氏の報道ステーション」
感慨深いものがあります。
この番組の構造は朝日新聞をバックグラウンドに、エンタメ的にプロレス実況中継で有名なフリーアナウンサーのプロダクションが番組制作するというなんとも歪な「左翼エンタメ報道番組」という奇怪な代物でしたが(同じリベラルでもはるかにオリジナルの「ニュースステーション」のがマシでした)、中身はワイドショーに過ぎないこの番組が庶民を語ったり、左翼知識人の演出で世論を語ったり、まー見るに耐えないアレが乱発し「今日はどんだけ酷いのかチェック」でチラ見しても非常に耐え難い難行苦行なのか、
アフロの愉快な仲間や、ホラッチョネタや、あろうことか元祖ナントカの水道メーター屋が「ほっておけない」とばかりに登場した日には椅子から転げ落ちそうになりましたが(思わず音声OFFにしてしまいました)、それも懐かしい思い出となるのでしょう。

(放置していた左翼リベラル論壇に矜持は無いのだろうかと、、しみじみ思ったものですが。この間某公共放送の9時のニュースに「勘違いした高校球児」が登場するなど酷い時代があったものです。)


■何気に、某公共放送は早めに舵を切り、
そこが発端なのか知りませんが、ネット世論ネタ無しに報道番組なんてものが成立しない時代になってきています(番組構成上ほぼその線ですわね最近)。
かといって、職業としてジャーナリストが不要になるワケではありません。むしろ大変に重要な存在ですし、政治におけるリベラル派の存在もそうです。
現状に多くは望まないけれど(免許制なんですから)社会的・法的責任として「ちゃんとしてくれ」と、、、(現実と乖離しないでくれの意)。
日本の政治においても「反動的保守リベラルが明治維新サイド」「幕府開国派が保守リベラル」みたいな形で自由改革論点は文明化を社会に波及させていく”仕組みのひとつ”なのであり、
本来リベラルが=左翼って意味ではありません(見ようによっては安倍政権もリベラル派です)。

リベラルって基本は自由主義的意味の改革派みたいなことなので、
たとえばですね、
世が保守主義一色だと「蒸気機関が発明された時に、強い保守性から「蒸気様信仰」などの『共同幻想』に及び、電気や石油など技術革新が政治思想的に否定された」←みたいな事にもなるワケで「新しい技術である電気や石油の利用を進めるべく規制改革を」とかのスタンスがリベラルの本旨です。
知見として、所謂一般常識が蒸気の時代に電気などの先見性をジャーナリズム的にキャッチアップしてなんとかかんとかって仕組みが無いと世の中は動かないのですわ。

うーんと、古代文明なんかでも「太陽神のアレが強すぎて本当の趣旨だった天文学の研究が偏る」だとか、社会が保守系一色だとあちこちに無理が出るんです。
そもそも『共同幻想論』的に当該社会が保守系一色って構造からして”あり得ない”話なので、リベラル派の存在は構造論的に「予め織り込まれている」つー事です。

米国歴史などを背景になんとなくそういう事になっちゃったのか、
■「なんとなくリベラル系の言論を左翼が(独壇場と言わんばかりに)占拠してしまった」って方が正解でしょう。
そこを逆算すると→なんとなく(『共同幻想』社会適応的に)左翼になってちゃっている人のかなりの数に「本人確信犯的に左翼思想を選択しているのでは”無い”、左翼的論調はその時に流行に近く中身もよく考えられている話でも無い」という階層が存在するのだろうって事も想像できる→これが学生紛争から後に保守系サラリーマンとなる団塊世代の事。

(※米国政治におけるリベラルの解釈が「社会運動的な方向への改革」が何気に目立つため、「米国特有の公的権力は何事にも介入するな保守系の自由主義と対立」するから、なんだかリベラル=左翼の思想のように思われますが、米国保守系思想の特異性でそうなってちゃっているだけで、語彙というか本来そういう意味では無い。)

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posted by kagewari at 21:35 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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