2016年02月04日

エスカレートの構造 発端となるトラウマ論(補足)

想像するにシリーズ前回記事以下のくだりがイマイチよくわからない人もいるでしょう。
 ↓
>ここまでを踏まえて、個人心理学としての自我の『深刻さ設定』回避を考えると、
鍵となるのはやはり「トラウマ論」なんですよ。
人類の耐性として、現代人であれば「ここも極論ですが、怖いもの無し」の筈なのです。
どっかこっかに必ず「いやいや、それはこうだからで、そうだから(深刻さ設定)じゃないんだよ」の答えはある。
しかし、誰にでも起こりえることですが、
「諸般の事情で、その時凄く切羽詰っていた」「関係他者から強烈な圧力があった」「トラウマ論の事象とは別個に個人的なコンプレックス事項があった」「トラウマ論の事象とは別の背景で当時興奮状態にあった」「快感原則的に欲求不満状態にありトラウマ論の事象が興奮代謝に関連付けられてしまった」などなど、、、。
(その時の諸般の事情を解決するとかの話じゃありません。その時に諸般の事情で無理やり筋立てした『深刻さ設定』みたいなものがあることを発見する事が解決の鍵なのです。)
●結論「その時には無理だった(深刻さ設定もやむを得なかった)」

>心理学の有用性ってのは、諸般の事象の発端となるところへ遡る分析が可能ってところに尽きます。
(よく似た学問の経済学が、経済の破綻事例などを遡って発端となった政策やらに辿り着くのと同じような話です。「バブル破綻がえらいことになってしまった原因の発端は”総量規制”だった」みたいな分析です。)
重要なポイントですが、「目先の現在トラブっている個別事例を解決しても何も意味は無い」←この状況を派生させている心理構造が別にあるのであって、そこの始まりに戻って「最初の『深刻さ設定』のネタバレ解体」に至らないと、単なるもぐら叩きに終わるからです。
認知症で「私の財布を盗んだのね事件」の時に、財布を見つければ解決だろうって話じゃ無いよって事です。

 ↑
ベタでわかりやすい補足事例は「醜形恐怖の悩みは整形手術などで全く解決しない」みたいな話。
(コンプレックス部分だけは解決しても問題の本質は解決しないのです。)
ちなみにですが実際に『美形恐怖』みたいな実例すらありますからね。
この場合は常に職場でセクハラを受けてしまうみたいなネタが(更に職場の他女子のやっかみで大変なイジメを受けるだとか)、複数回の転職中に100%の確率で展開し、、、みたいな話に及びます。
何を発端に、当事者が何に”認知速度的に着目するのか”など別にして、心理現象としてコンプレックスとなる背景の方が本丸なんです。←コンプレックスってのは自分で自分に貼るレッテルのように選択されている一面があり、「このネタが底打って使えなくなったら次のコンプレックスはこれ」のように乗り換えが可能なんです(それが”無意識的”に行われてしまう)。

■てなわけで、発端となるトラウマ論の心理的対応部分をより詳細に考えてみましょうか。
重要な鍵は「こうだったからこうなったのだ」という『深刻さ設定』のストーリーが結果として、トラウマ級だと反応が起きた事象を「それは本当に大変な事件だ」と裏書き追認してしまう部分です。
 ↑
と、書いてもまだピントこないでしょうか。
たとえばの話、
・しいたけが凄く苦手な人がいたとします。
身近な人はそれを知っていますが何かの集会で出た料理にしいたけが入っていた。苦手な人は「ウワっしいたけが」とその会食が大惨事になった。勿論”被害者”にとってそれはトラウマ級の出来事になるかもしれませんが、そこで起きた事は「料理にしいたけが入っていた」というなんてことのない(しいたけ好きな人には大歓迎な)出来事です。
そんな事件の後に、被害者が「トラウマ級の不安」から逃れるために「私のしいたけ嫌いが会にまったく知られていないことが原因だ、私はこの会で孤立しているのではないか」みたいに考えてしまった場合、「私を仲間はずれにしてイジメがある」てな展開もあり得るし、反対に「事あるごとに会に関わるイベントに顔を出して過剰な自己顕示を続けなくちゃいけないんだ」な展開もあり得るし、「自分の容姿が地味だからこんな事になったのではないか」と過剰に流行を気にしたり、、。
いろんな形で(100人いれば100通りの)「現実との乖離可能性」が派生するんです。
更に、
しいたげ嫌いどころか、その食品がアレルギーで致命的なショック症状を引き起こす個人的事情があったとしたら?話は本当に”深刻”になります。→前述と同じ心理があった場合→実ネタとして深刻になればなるほど『深刻さ設定』に起因する認知の斜め上可能性は高まる。
必ずしも比例するような数学的方程式はありませんが、トリガーとなる事実関係が当事者のツボにはまるとかすると(地雷を踏むとか)、ドーンと現実との乖離も活性化する。
「誰かが私の命を狙っているのだろうか」
この当該人物の人格傾向としてそういう『深刻さ設定』のアレがあるのであって、仮にこの人物のアレルギーが何かの拍子に治ってしまったとしても「本質的問題は解決しない」のです。←実ネタとしてのアレルギーだけが強い心配事として存在してもそこに『深刻さ設定』が無ければアレルギーの治癒によってスッキリ実ネタとしての心労も解決しますが、今回のテーマは『深刻さ設定』ですから。

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posted by kagewari at 22:23 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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