2016年01月30日

エスカレートの構造 発端となるトラウマ論

重層的な分析をあれやこれやと続けてきましたが、
認知のエスカレートを引き起こしかね無い自我リスクとして「深刻な事象が連続するような蓋然性の設定」というところまで話を進めてきました。
そして、それが起きる事例の分析として、ある種の「トラウマ論」としして前回以下説明まで進みました。
 ↓
当該人物に何らかの事情で「凄く強いストレスとなる不快であった場合」、大事どころかその再現は悪夢でしかないので”非常に強い不安要因”となります。
そこで「不安原則」を考えると→人は耐えられないほどの不安がある場合「対象が確定的な恐怖の方がよりマシ(具体的対処を考えられる)」となりますから、発端となった事象や事件を無理やりにでもストーリー仕立てで解釈してしまう事があります。
その代表例が「私が悪かったから(或いは誰かが極端に悪い人だったから)」のようなものです。
「その原因が何々が何々だったから」というような筋立てです。

■悪循環の解決策を考える場合の鍵は上記の発端箇所における「トラウマ論」です。
さて、唐突ですが原始『共同幻想』のお話をします。
何故って、前述の「その原因が何々が何々だったから」というような筋立て代表例が原始『共同幻想』に見られるからです。
「それは神がお怒りになったからだ」ですよ。
神話における奇跡ネタや大災厄ネタなどが元祖”深刻設定”です。
勿論実際に起きたのは災害や飢饉などの自然現象です。しかしトラウマ論的にその災厄ストレスがおおよそ耐えられない不安となった場合(原始時代には自然科学の概念も無ければ気象庁なんかありませんから)、「対象が確定的な恐怖の方がよりマシ(具体的対処を考えられる)」となり、神話などのストーリー仕立てで無理やり解釈してしまうんだと。←人類の自我固有の特徴のひとつ。
原始時代にはそんな迷信から生贄を捧げてしまうなどトンデモも多数発生しているのでありまして、原始時代のシャーマニズム信仰の「現実との乖離や認知のエスカレート」が現代カルト宗教も真っ青だってのも不思議ではありません。心理学的には論理的に証明な可能な話です。

この原始『共同幻想』の話が個人で言う場合の問題解決の答えを示唆してます。
「当時、自然科学の概念や気象庁があれば(同じスケールの災害があっても)そんなトンデモは起きていない」
トラウマ論そのものに考えるべきポイントがあるんです。
●重要なポイントは実際の災害の水準では”無い”ところです。
極論すると「具体的事実関係や被害実体のスケールには”関係が無い”」。
(ここ心理学の原則「この世にどうでもよくないことなど無い」に被っているところに注目。)

■あえて話を動物行動学に振ります。
自然界の動物と本能による活動に対して、ローレンツ辺りの動物行動学では人類を指して「狂ったサル」などと恣意的に表現する場合がありますが、
ここで問題です、
自然界の動物は前段説明の自然災害などに強い耐性があるでしょうか。
(本能的に避難できるとかそういう話じゃありません。)
ズバリ、自然界の動物にはそんなストレス耐性が「ありません」。自然界の動物がメンタル的なストレスに激しく脆弱である事は、動物園や自然動物保護の逸話でご存知のとおりです。
●「仮にノアの箱舟の伝承が本当であったら?その作戦は失敗したでしょう。何故なら移送時のストレスで保護された動物が全滅するからです。」
(絶滅危惧種動物保護のため麻酔で眠らせて保護地に移送なんて手法ありますが、このような保護活動ではバタバタと失敗例として保護した動物が死亡するのは有名な話。)
大災害があれば、避難時のパニックやその後の環境変化により多数の動植物が死滅していると考えられます。

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posted by kagewari at 19:09 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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