2015年07月03日

「反動形成あっての文明化」ですから誤解の無いように

ここんとこのエントリーで何かと「反動形成」が問題の鍵となっているかのような解説続いているため、あたかも「反動形成」それ自体が問題かと思われるかもしませんが(仏教の悟りだとその判断で正しいのかもだが)、「反動形成」無くして文明化も芸術もありませんので”悪玉論”みたいになっていたら間違いですから誤解の無いように。

「反動形成」とは一種の自我内で起きる”梃子の原理で過剰化する動機形成”のようなもので(自然界の生存競争や市場原理の仕組みの一部です)、
建設的事例で言えば、
・過去に大きな津波を経験したので、十分にそれに耐えうる堤防を建築した。
これも発想のルートは「反動形成」です。
・ある年の収穫が大豊作だったのを研究したら水不足が無かったので、通年でも豊作となるように農業用水路の工事を行った。
これも発想のルートは「反動形成」です。
共通するポイントは「期待値を目論んで想定より過大な設計なり設定が行われる」とこですね。
そのまんま「経済成長の原則」も同じで、
更に突っ込むとメンタル問題で重要な『反抗期』にとって重要な機能も「反動形成」です。
(注:上記の”建設的”の意図は合理性の意味であり、勿論の事個別具体論では「環境破壊」だとその合理性を批判する個人がいればその個人にとっては「悪玉論的意味の反動形成」と理解されます。あくまでも当事者がその合理性を認めているか否かの差異です。)

『単独者』は「反動形成」すらもう一度(反抗的に)解体した自然体を想定するものですが、
『反抗期』における「仮想『単独者』状態」であるとか、『単独者』志望の人が「まだまだ確信が持てずに試行錯誤している時期」なんて時に「天邪鬼(あまのじゃく)」とも呼ばれる状況になる時があります。
反抗のスタイルそのまんまなんですが、この状況は「反動形成」抜きに語れません。
(この辺の心理学的背景はアンナフロイドの防衛なんちゃらあたりに共通する分析かなと思います。←意味合い的に”自我防衛”は強迫心理リバウンドでも語彙として出てきちゃうので、ここも当事者の置かれている背景によりケースバイケース。)

そもそも『共同幻想』それ自体権威性演出の効いた過剰な概念になります。←『共同幻想』発案の発端は「厳しい環境や捕食獣の脅威から群れを守る安全保障の必然性」ですから(”より以上の防衛”的な反動無しに不安を沈静かする均衡は起こり得ない)。
わかりやすい例をひとつ
●「お洒落をしようとした」←もう一種の過剰な思考です。
”このお題”に対して各方面の答えはどうなるか?
『共同幻想』:TPOを周知しフォーマルウエァなど「美意識も様式(ドレスコード)として告知」
『天邪鬼』:フォーマルなど糞ったれで、公的な場でわざとだらしない(パンクな)格好をする
『単独者』:好きな服を着ているだけ
過剰な状態に対して『共同幻想』はお洒落な美意識まで共有化された常識としてこれを管理し権威サイドが主導します(善きことの概念化)。反抗期ともなれば「その過剰な状況に対抗可能な反動」が求められるので、えーとですねすっごくベタな事例で言えば「成人式のDQNのバカ騒ぎ」みたいな事も起こり得る。
(この場合DQNは美意識以外のコンプレックスも合体して「暴走族的共同幻想依存のまま反動化」するためあのような醜態になるのですが、、)

■一見『共同幻想』には過剰化論が織り込まれていないかと誤解されるかも知れませんが、そこは違うのです、えーそこは権威主義ヒエラルキー構造なんだから”当たり前”の話。
そもそも『共同幻想』とは、自然に適応するための「生物学としての本能」を捨てた人類が”反動込み”で獲得した「論理的似非本能」みたいな代物なので、その論旨は既にその全体が反動化されます。
更に生物学に及ぶと、
その他大勢の動植物も「繁殖期の生存競争」において「飲み会における無礼講真っ青な過剰行動」を織り込みます。これは生物学的に「繁殖に市場原理のような競争が織り込まれているから」であり=この時ばかりは過剰化してナンボなワケですね(ダーウィンじゃないけれど)。
生殖行動がむしろ失敗の連続であることから(勝者におけるヒエラルキー構造)、その場の成功者の姿より”更に鮮やかに”などなどの「反動バネ」が本能に織り込まれている。
人類に限り「やたらどこかしこに「反動形成」が登場する」理由は簡単で、人類は他に類の無い「年中無休の繁殖期」という異様な進化を遂げているからです(ここがフロイドのリビドー論の根拠でもあります)。人類ヒト科に限り「繁殖期にはもっと鮮やかにの度が過ぎて核兵器まで開発してしまった霊長類」とこのようなワケであります。
 ↑↓
更に生物学的考察を添えると、
とてもわかりやすい”ハーレム”を形成するゴリラは競い合うボディビルダーばりの筋肉は凄いものなのですが、一度ハーレムを形成すれば”間男”のようなインチキの危険も無いので生殖器事態は小さく繁殖期以外はとても平和な社会です(所謂”強度武装安全保障”の確立)。
これに対して人類に近いチンパンジーの場合絶対君主のゴリラ帝国のような社会では無く、雑多なチンピラが下克上狙いでボスの周りにも常にうろつく”間男もアリ”な乱雑な社会であるため(理由は簡単で固体としてオスにゴリラのような決定的戦闘力が無いため)、ボスの性交後に間男が余裕で性交かますので母体内の争いに勝てばいいとばかりに(ある意味の乱交社会)生殖器も発達し大きい。
古代の人類社会もDNA的に後者の社会が近いバックグラウンドだと考えられている。
(更に人類に近いボノボの場合生殖と関係無くコミュニケーションの一種で擬似性交が行われる)

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posted by kagewari at 01:00 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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