2015年06月22日

戦争における発砲率とかいう話

この辺の論議には研究者の間で諸説あるようで、
おおよそまとめてみるとWW2ぐらいまでの戦争における兵士の発砲率は2割前後(かそれ以下)であり、更にそれは「発砲しただけ」であって、敵兵を明快に殺す意図を持って発砲した数字では無い。
(少なくとも欧州にとっての戦争の惨劇と言えば”WW1から”なので、それ以前の戦闘も同様かそれ以上に少ないかったことが推測される。←近代国家同士の戦争行為が前提だけれど。)
■ガンマニアじゃない方はあまりご存知無いかもですが、そもそも軍隊が使用する小火器は「殺傷用では”無い”」のです。ジュネーブ協定により小火器の弾丸は当たっても貫通銃創になりやすい「フルメタルジャケット弾」である事がルールとして定められており、着弾と同時に弾頭が潰れて強い殺傷力を持つ「ホローポイント弾の使用は禁止」されています。
(ちなみに米国の警察官なんかは当たり前のようにホローポイント系が標準。昨今拳銃はオートマが主力なのでジャムが怖くてカッパージャケット選ぶ警官もいるかもですが、これも殺傷力を高めるアルミジャケットなんてのもあります。)
前述のとおりジュネーブ協定の「フルメタルジャケット弾」使用のルールは着弾しても貫通銃創となり一発で致命傷とならないようにするためです。
戦争というのも欧米ではスポーツと似た想定が行われており、敵兵が銃創により(即死するのでは無く)ダウンすれば救助する兵士と衛生兵が必要になり「一度に複数名の戦力を削ぐ事が可能」となるため即死させるより戦果は大きい。
指揮官サイドは戦力の3分の1程度が戦闘不能になれば白旗を揚げ捕虜となり(捕虜もジュネーブ協定で丁重に扱われる事が確約されている)戦闘の勝敗は決しますから、小銃弾により兵士は負傷するだけで命を落とさない方が戦術的にも正しい事になっているんです。
正規軍は殲滅戦や玉砕戦(厳密に言えば玉砕戦はジュネーブ協定違反かもしれない)のような戦い方をしません。士官学校でも教えないでしょう。←あくまで建前論ですが。
海戦においても、敵艦撃沈後に海に投げ出された兵員を可能な限り救助するのが勝った側の義務である紳士協定があります。

時にWW2の日本軍が世界に恐れられていたのは、明治維新時に欧米列強の戦争の強さを一神教にあると考えた当時のエスタブリッシュメントが(江戸時代以前はあり得なかった)天皇制を軍神や現人神的な『帝国幻想』プロパガンダをデッチ上げた効果が集団心理の中で想定を越える浸透力を持ってしまったため(多分これは倒幕により下級武士達があたかもフランス革命後に貴族の模倣を始めた大衆と似て「強い権威に帰属する特権階級」世界の上部構造に自分の帰属もシフトされる幻想を見たからだろうと想像できる)、負傷しても後方に下がらず命を賭して最後まで戦い、指揮官も戦力の半分が戦闘不能になっても全く白旗揚げる意思すら無く、最終局面において「玉砕戦」を仕掛けるという鬼神ぶりが欧米にとって「それは反則だろう」と恐れられたワケです。
ドイツの電撃戦かという勢いで中国に侵攻した関東軍の戦法も(一部にはまだこの当時は戦国時代の用兵が教練に残っていたという説もある)「一斉射撃の後着剣!突撃!」これだけで当時の中国兵はバタバタと逃げたという話もあります。

ここも当時の中国兵が極端に弱かったとかそういう意味では無く、話を冒頭の兵士の発砲率に戻しますが、一人の兵士が敵兵を殺傷する確率は「限りなく当時の国内の殺人事件などの発生率に近いものだった」という説まであるのです。
(意外に思われるかもしれないが、WW2から訓練により半数以上の兵士が敵兵に発砲できるようになったベトナム戦争においても、小銃弾が人体に当たる確率は2万発に1発だったというDATAもある。米軍における発砲率上昇の進歩は、映画『フルメタルジャケット』参照。)
当時の日本兵は中国大陸だけでなくアジア諸国や欧米に対しても恐ろしい存在だったのは当たり前。
銃を構えても半数も撃たず、撃ったとしてもどこを狙うでも無しが常識だった時代の話しです。この時に帝国陸軍は(ここも激烈な明治維新の戦いが元になったのかもしれないが)当たるか信用ならない銃弾は一斉射撃で一発撃った後に全員着剣し抜刀した指揮官を先頭に銃剣突撃するのです。そんな非常識な戦闘を見た事が無い敵兵には「鬼神の軍団」に見えたかも知れません(後述しますがバーサーカーと理解されていた可能性もある)。
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ここも更にバックグラウンドがあります。
日本の戦国時代にマジに殺し合い始めたのは織田信長が始まりで、それまで戦場にガチの殺し合いが行われる事は無かったとされており、陣形の威張りあいの後ビビッた方が和睦だとか方位され兵糧が尽きたところで和睦、そのような形で戦闘は終わっていた。
所謂『常設の職業軍人部隊』を持ったのも当時キチ○とまで呼ばれた信長が始まり。
北欧神話にあるバーサーカー(狂戦士)神話なんてのはそもそもが「普段は農民や漁民で戦になると兵士になる」って当時の北欧バイキングが「ゲルマンの傭兵部隊を見た時の感想」という説もあるぐらので、そこから見れば信長軍団は当時の日本においてバーサーカーだったし、明治維新の苛烈な戦い(幕府軍に対する殲滅戦みたいなものでしょ)、これを経過してまだ間が無かった帝国陸軍の用兵は大陸の中国軍にとってバーサーカー以外の何ものでもなかったのかも知れない。

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posted by kagewari at 20:24 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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