2015年04月28日

諸般の事情で国際関係ちょっと書いておきます

(事情ってのは俺のミスで某記事コメント欄が承認制になってたってのが理由なんだが)
えーとですね、某番組のパロディで箇条書きにまとめると現状は以下でしょう。
●破綻待ったなしの中国バブル経済は安全保障問題である
●安部政権は(小泉の時がそうだったように)自民党主流派では無い(保守派だけどね)
●民主党右派は安部政権と比較して驚くほど愚か者だ(自民非主流派の安部政権のが何倍もマシ)
●オバマ政権は当初から手腕に疑問があり「そのとおりだった」
●沖縄基地返還はホワイトハウスだとか国務省管轄では無く「米国内でも海兵隊の領地」
●TPPは実質日米FTA(タテマエ多国間協定によるインチキな対日交渉圧力はほとんど雲散霧消してる)←破談になっても困るのは(タテマエの大風呂敷広げた)米国なので「なにげにまとまるだろう」←勿論日本としては破談の方が好ましいが窓口が民主右派政権時代より危機感は大幅に後退した(日本の発言力は増している上に米国はイランやキューバのように成功を焦り妥協を続けている)
●米軍と自衛隊のガイドラインは「日米安保の軍事同盟」があるのだから政局と無関係に(法律より先に)米軍との間で常に深化しており、後追いの法整備は事後処理みたいなものなのであまり意味が無い(ぶっちゃけ現在の自衛隊には米軍抜きでの作戦遂行能力に疑問があるので「自主防衛派」はもっと地道な自衛隊改革考えないと→問題の根本は集団的自衛権とかでは無い)
●米国は年を追うごとに「一国では戦争できない国」になってきている
●EUはドイツだけが得する談合的で不透明な組織であると欧州各国にバレ始めている
●小ネタだが大阪維新の橋下氏は(当初立候補にネガティブだったのは真実で)ひっこみつかないだけで「都構想が頓挫」すればあっさり政界引退するだろう(国政版維新の党は実質”非松下成型塾系”民主右派みたいなもの)
●自衛隊(というか日本軍)は本気で国際的に過剰なぐらい恐れられている(半ば伝説的に)←よって安全保障上の抑止効率は高い(そこそこの戦力でも周辺国はビビるらしい)


更にビギナー向け込みで日本の政局がらみを箇条書きすると
●党内勢力というのは幹事長握った党首の選挙で勝ちが続く事で権力基盤が形成される(党首が嫌いな場合は支持政党でも地元候補など落選の投票行動をする事で有権者は意思表明ができる)
●日本の野党は「反対してもポイントはこの辺まで」の線引きがまだできていないため不毛な対立のための対立が止まない(まだまだ左派やら右派やら野党も与党に負けず劣らず幅が広すぎ←元を正せば自公連立与党も55時代中選挙区の残滓引きずっていて幅が広すぎ「ぶっちゃけ旧田中派支援の無い公明党の存在意義は不明」)
●共産党の存在は野党にとって政権奪取の妨害でしかない=結果的に自民の味方(沖縄は例外)
●地味だけれど「みんなの党消滅」は野党の今後にとって非常に大きな一手だった(地検が小沢国策捜査の借りを変化球で返したつもりとは思いたくないが)
●日本の「左翼インテリ」というカテゴリーというか”クラス(階級)”は欧米諸国の宗教系右派のような存在だと理解すればわかりやすい(右派と左派でむちゃ言う事は違うけど)←グリーンピースやシーシェパードと大きな違いは無いと捉えるほうがわかりやすいかも
●安部政権経済政策の弱点は「円安による輸出産業に期待しているところ」(インタゲ政策の本質を言っても有権者には難し過ぎると判断して”うそぶいている”だけかもしれないが)
●原発再稼動は確かに政策イシューだが「そもそも既存の原発のプールに使用済み燃料山積み」なので、現状のままなら再稼動しても中途半端に稼動停止のままでも「差異は大きくあれども根本的なリスクがあるのは同じ」(再稼動反対派は稼動条件に使用済み燃料棒の取り扱いを条件にしてみては?)
●流通産業や農業に「全自動化」の波が到来して「無労働社会のさきがけ」となるかもしれない(TPP関連)
●ちなみに米国は近年地下水枯渇と干ばつで農産品輸出どころじゃなくなる可能性もある
●少子化問題が存在するのではなく「無制限の高寿命時代が到来」している

結論、現状「日本に暮らしている事はそれだけで相当ハイレベルの幸運」です。

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posted by kagewari at 05:26 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月27日

権威性認知とやらを申し少し解説します

単に個人体験や趣味知識などの価値分類認知は「経験値」
「権威性認知」ってのは、当人実は何の事やらよくわからないのだが、社会のTPOだとか違反すると何か殊更悪い事だと刷り込まれている常識論などのように(その内容をよく考えたことは無いにも関わらず)、「周囲がこうだから」など極端なぐらいアバウトで漠然とした「やれ普通はどうこう」程度の投げかけにより「スタンダード階級」みたいな無意識の概念を刺激し、これに違反すると(共同幻想的に)孤立するかのような不安感を煽る「アバウトな投げかけでも大きな強迫性を発現する心理」を”無自覚に”与える認知のことです。
(対象となる権威を量的にどういう水準のなど冷静に理解・或いは確信犯的に選択していれば、権威性認知特有の道徳性により自意識を強迫・強圧的に従わせるかのような力感を発揮しても問題とはならない。)

■ひとつの典型例として(ちなみに代表例では無いと思うけれど)、
「見栄で高級車に乗りたいと思う」なんてのが権威性認知の典型で、
(高級車に乗った経験も車文化に対する個人的趣味性のある知識もさして無い)
「少なくとも”みんなと同じような”自家用車が欲しい」これもガチ権威性認知です。
(”みんなと同じような”がもう抽象概念で、歩く偏差値の達人でもいない限り定義ができないだけでなく、そういった不安感を感じる自我(依存性)の場合、既に”クラス(階級)”に対するコンプレックスのようなものがあるのだから、数学的根拠のある偏差値で中庸を計る事もできない。)

わかりやすく言えば「権威」なのだから、
「ただひたすらひれ伏してははーと観念してしまうような概念」だわね。
(個人的に「なんで?それが何?どういうことだっての?」などのリテラシーが停止している。)

■でーそんな権威性認知なんてものは官僚思想的な判例(範例)主義や権威主義同様に現代社会において邪魔なだけかっていうとそれも暴論だから。
 「総務省だって立派な官庁です」
 「統計学だって立派な学問です」
合理的平均値だとか偏差なんてものはマーケティングにおいても重要でしょう。
ようはですね、
概念としてその認知そのもの仕組みや構造が問題では無いのです。
メンタル問題などがある場合、「強迫心理構造」のような自我均衡の問題があるのだから(何らかの事情で極度に権威性認知に反応する傾向があるなど)、常に「”追い立てられるようなナントカ状態の”自我」←みたいなモジュールがあることになり(しかもきっかけはどこにでもある権威性認知の小ネタであればよい)、権威性認知に対するアレルギー反応みたいに、”小ネタ”であっても無意識に”結果論として心理的な凄い問題”として浮上したりする”流れ”に問題があるって話です。
(その原因は「構造論」だけど具体的に表面化してるメンタル問題の発現は”流れ”で起きてるワケね。)
うんでー、
この「なんだが凄い事になっている」現象の元ネタは、「せいぜい参考とすべき統計DATA(小ネタ)」ですから、それが最後に凄い心象風景になってちゃっている事自体が問題なワケで、、
「こうすれば普通ですか!」みたいに各論であれやこれやする話は(全く意味も効力も無く)本末転倒なナンセンスなワケです。
興奮構造のネタである「権威性認知」に何らかの具体的対応をしようとか、そういう発想には何にも意味が無いって事。
(絵としてそのナンセンスさってのは「こうすれば普通ですか!」と尋常じゃない顔で絶叫しているその様子がまず「普通じゃないでしょ」って話です。)

端的にこの辺の現象がわかりやすく現れるのが「宗教などにおける原理主義派と世俗主義の対立」です。
(これも代表例とは言えないかもだが、)

■もうひとつ「日本の左翼思想特有の誤謬」に触れてみると、
「憲法9条」の認知がもうね凄い事になっているんですよ。
もうこの段階で、認識が現実と乖離しているんだよね。
(一種の反動形成による宗教原理主義と同じ構図だから。左翼の憲法9条論は原発の安全神話と違いがほとんど無い。しかも9条思想には道徳的結合があるだから”ガチ権威主義的原理主義”に他なりません。)「この教義に違反するものは地獄に落ちる」かのような。
ご存知のとおり、平和なんてものは「そんな日常の積み重ね」ですから、普遍的価値として(あたかも銅像のように)目の前にドーンと鎮座するような”モノ”ではありません。←その状態を指す言葉ですね。
車両設計において「ぶつけるかもしれないのでバンパーやシートベルトやエアバッグを」それだけでなく保険に入る事も考えるのが合理的です。←「安全原則ナントカの教えを実践すればいいのであり、バンパーやシートベルトの装備はこれを汚す邪道であり、ましては保険加入など”あたかも事故を前提にした反安全の異端教義だ”」なんてーのが左翼の9条論によく見られる心象風景です。
 ↑
ここも勘違いしてほしくないのですが、「権威性認知自体が問題なのではありません」それが凄い事になってしまったり”過度に”道徳的結合するのが問題なワケで、憲法9条をやたら持ち上げて「絶対改憲すべし」と考えるのも同じ穴のムジナです。←勿論冷静な論議ならアリアリ(やたら興奮してたら怪しいねって話)。
※日本の法体系は慣習法的要素がけっこう大きくて、名文法的にあれこれ記載し・その都度改正みたいなノリになってないのです。解釈改憲で十分に通常の軍隊顔負けの戦力を既に保持しているので、慌てて9条の是非で右往左往する状況は”ありません”(それよかF3戦闘機の開発にドーンと予算を割きなさいと)。←確かに憲法における重要で有名な条文なので、それを重要事項として論議するのは間違いでは無い。

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posted by kagewari at 00:49 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月23日

『共同幻想』と『単独者』だとかメンタル問題などを「料理や食で考える」

『共同幻想』における権威性認知と道徳や倫理の概念発明ってのがこの説明が一番わかりやすかなと思いついた。
(えーキッカケは北島三郎のドキュメンタリーww。亡き母が大歌手となった三郎に「自分の死後も帰ってきた時にたのしみにしているおはぎが食べられるようにと姪さんだったかにレシピを教えていた」なんて話で思いついたのです。)

昭和の猛烈サラリーマン時代と言えば森真一「おふくろさん」じゃないけれども、イタリア的マザコンとも取れるようなウエットな世界が大メジャーでした(千昌夫氏の歌にも同類項ありますね)。
ある意味エディプスコンプレックスと『共同幻想』権威性認知を知る上で、なんというか『共同幻想』神話性が世俗的におっこちてきたので(タブー視がレベルダウンして)宗教関係ネタから話を進めるよか楽にこの辺説明できる時代でもあります。

■しかし話は『原始共産制』とも言うべき原始時代からはじめます。
『共同幻想』が限りなく普遍的且つ法理にも誓い絶対性のあった時代です。
たとえば「どの山菜が食べられて、どの山菜にはどんな毒があるのか」。
或いは「どの動物を食べる時にはどんな調理が必要なのか」(←ここ関係で宗教戒律になっている項目あるのは皆さんご存知のとおりです)。
この先祖伝来の知恵は集落存続のための「絶対知」とでも言うべき法理です。
その価値は最上位のものであり、当時科学も文字文化すら怪しい時代「この植物にはアルカロイドがあるから云々」など誰にもわからん訳です。
どうしてなのかの説明は無しに、「先祖から伝わる部族の絶対知(最強価値)」として「これを守らなければならない」←ほぼダイレクトに集落にこれを周知させるため「掟を守らなければ(神の怒りで)みな死に集落は滅びる」ぐらいの話になります(実際に疫病などが流行れば絶滅もあり得るんですから)。この情報の伝達は高齢者などの賢人から集落に伝えらる事になります。
場合によれば、その知恵をシャーマンだとか神官だけが管理する場合もあるでしょう(識字可能なのは特権階級だけだったりするため)。
何故なのかの説明抜きに絶対だと定義される価値論ですから→それは「権威性認知」に他なりません。
■この部族・氏族社会が、文明の発達と教育により識字率の高い市民階級などの登場の果てに封建時代を経て近代へ至ります。
この過程で、一部の価値は王権や教会権威などの所轄になったり、学問として(これもある意味最高学府の権威とかに関係する)形を変えていきます。←道徳・倫理の発明。
社会構造的には、集権的な権威の下に中間管理職的に「家族のクラス(階級)」が帰属・依存する関係で「食文化」なぞは一般大衆化します(それでも最高級の料理などに権威性が結合するのは継続←こっちは現代社会の保守思想における文化伝統ってジャンルになっていく)。
●『家幻想社会』においては嫁姑のなんとかじゃありませんが、
「おふくろの味」という合理的判断を超える(どうしてなのかの説明の無い)特別なランクが発生し、(なになにだから美味しいだとかどこやらの品評会で何位だとかそういう論議を無視し)「その再現に無条件の価値がある」みたいな神話・幻想が成立します。
(勿論古くその元ネタを尋ねると「原始時代に食べられる野草は何みたいな知識」だったわけで。)
元ネタが元ネタだけに「それに違反すると死に等しい」みたいな、近代以前の権威性認知の道徳・倫理的解釈もくっついてきます。
勿論この論議は嫁姑だけの話じゃありません。
母親が娘に「我が家の味だの秘伝だの」といった格好でそれが伝授されたりもする。
 ↑
さーわかりますよね?
話の重要な肝は「それに違反すると死に等しい悪行だ」みたいな概念が裏書にあるところです。
表に認識される価値論的概念と、それを”強迫”する無意識的な”脅迫”めいた概念。
このモジュールが言うならば『共同幻想』の神話性発現機能というか、ひとつの「均衡論」です。
(自我において均衡する=何らかの概念が安定成立する、或いは固定化する乃至構造化する。)

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posted by kagewari at 21:00 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月17日

念押ししときますが「孤立や孤高とかの概念は『共同幻想』社会限定の内部事情」だから

この辺ってニーチェ時代から続く誤解なのだと思いますが、
『単独者』の概念ってなかなか事情のわからない『共同幻想』サイドからの風評として(そりゃ当初『共同幻想』適応のが多数派なのだから)孤独だとか孤立だとか我が道を行くB型人間みたいな捉え方がどうしたって多くなるので、単独者当事者すら時折誤解する事もあと思うんですが、まったく違いますから。多分この話って定期的に念押し必要だと思うので、折に触れてしつこく書いておこうと思う。

たとえばだね、アフリカのサバンナで習性として群れを成さないネコ科捕食獣を孤高だとか孤独だとは言いませんわね。或いは街中でご存知の野良ネコ達もさ、
また皆さんご旅行されたときでも外食でもいいけどさ、「寂しいのでどうしても相部屋にして欲しいだとか相席マストで」なんてトンチンカンな人はどこにもいないのです。タクシーでひとり帰るのは寂しいので「誰か相乗りする人いませんかー」と銀座で絶叫する人も見たことありません(経済事情で終電終わった後に三鷹の相乗りタクシーの運ちゃんが誰か乗る人って声かけするのはあるかもだけれど)。
※勿論その基礎的変遷に「貧乏時代の家族相部屋」から近代以降の「子供部屋など家族社会における個室化(プライバシー権の発現)」って部分があるわけで、

ネカフェでマシンが寂しそうだと片っ端から隣りのマシンと共有フォルダやら共有設定しまくる人もいないし、土地付き戸建てはコミュニティー崩壊させるからこの区の住居は全部長屋にするとか叫ぶ政治家もいません。
実に単純な話で、重厚長大製造業などにおける大企業が巨大なイントラネットやら大型汎用コンピューターを使って、デスクの上は端末機能だけって時代は存在したけれど、パーソナルコンピューターの普及でなんらかのネットワークに接続するが、単独でも機能するって分化の方向にあるわけです。
サービス業なんかも細やかなニーズに対応するためなんとか部門を子会社化するとかさ、
更に言えば、最も高級な接客は「個別対応」なワケでしょ(個人授業とかもあるよね)。
人権(個人固有の権益でもいいけど)考える場合、プライバシー保護なんて最上位の話になるワケですよ。その裁量権・自由決定権・自己完結性(=単独行動可能性)これらが個人に帰結するってのが『単独者』であって、権威性社会などでその行動が規制なり干渉される(事にその判断を依存する)ってのが『共同幻想』自我だから。

つまり、『共同幻想』自我はその構造上(大型汎用コンピューターで考えれば実にわかりやすいけど)端末単独で起動するOSが無いのだから、接続切られちゃうと何もできなくなってしまうので、この状態を孤立とか孤独とか言う訳ですが(電車の1車両を切断すると客車だけでは走れない)、PCを起動なり管理する場合アドミンどうこうだとかさ、パスワードの管理やら自己完結性のが重要になります(自家用車のキーをやたら複製して近所に配る人などいない)。この単独性の事を『単独者』と呼ぶ訳。
古代文明時代から近代まで公衆衛生の知識なんかも(権力者サイドの知識人以外は)「告知される情報なり法に依存」する訳で、誰にも管理される事が無い自由な情報カオスのネット情報を各人がそのリテラシーなりで自由に取得する現代社会と自我の構造が根本的に違うんです。
うんでー、近代から現代社会への変遷の中で構造論としては「社会学的に『共同幻想論』から『単独者論』への変遷期」であって(勿論全員が『単独者』になるべきとかの意味では無く)、『共同幻想』適応人格の選択にしても『単独者』人格の選択にしても(或いは『歩留まり選択』でも)、単独者時代の在り方がその合理性として半ば自然発生するんだよって話です。
(※同じ『共同幻想』適応選択でも、近代と現代では違うって話。←現代は単独者時代の『共同幻想』選択自我になるんだと、)

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posted by kagewari at 01:20 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月10日

「信じる人と考える人」

『起承転結』3でも良かったかな?と思うのだが、まーブログだからそこは適当に。
”結”や報告性・説明性(或いは物語性)が話のサビ的に重要視される「共同幻想」的な話を『起承転結』シリーズでやってきましたけれど、その典型である”ドグマ”だとか”神話性”なんてものを考える上で、「そもそも『共同幻想』ってものそれ自体が大風呂敷の物語なのである」と言い切ってもさしてハズレでは無いと思うのね(心理学的に言えば「故にそれは幻想である」)。
うーんとね構造としては必ずしも『共同幻想』が大風呂敷になることは決定されているのではないのだがー、その周知性と構造としての権威性から「半ば自動的に構成員の数に比例して話が大きくなる」=逆に言うと「救世主や奇跡やカタストロフみたいな大風呂敷広げた話をぶち上げると母数の大きな『共同幻想』に発展する可能性が高まる」ともいえるわけだよ。
その正統性根拠となる権威性(市場性でもいいけど)そこ単体で見てもだね、ヒエラルキー構造でかくなれば上はさすっごく偉いって幻想が通用しないと社会学的に破綻しちゃうわけだよ。
一見すると日本の官僚や首相は米国大統領のような神話的カリスマみたいなイメージくっついてこないから「そうとは言えないだろ」ってご意見あるかもだけれど、日本の場合世間様として所属する母体となる社会(霞ヶ関や政界と見れば)それ自体に”お上(かみ)”としての神話性があるワケ、
すごく極端な事言えば、でかくなる=誇大妄想なのでありその誇大なイメージは演出されたものだし結果として「文明化の後に迷信としてメッキが剥がれるような代物」なんですよ。
実際人の上に人をなんとかじゃありませんが「同じ人間そんなに違ってどうする」って生物学的判断交えるとその”偉いことになってます”を真に受ける事はもうたいがいに芝居がかった幻想なのは誰にでもわかることになってます。ネタバレに困る事も無くね、
事実日本においても近代・封建時代なんかの”お殿様”のなんだか偉いんだろうなって幻想・神話性と昭和以降の”社長のの人間宣言”みたいなスケールダウンは殊更論証の必要性も無い。
(ことほど左様にこれはスケールダウンしていく)
何度も説明していることだけれど一番わかりやすい事例は「昭和には”大歌手”という存在があるが、文明化が進むに従って所謂芸能人の神話性はガタ落ちする」のです。

この構造を俯瞰で全体像から見た場合「共同幻想だね(妄想と言ってもいいかもだね)」となるワケさ。←かといって王長島や美空ひばり先生の偉大さに何か殊更ケチをつけようって事では無いのだわ。
相互補完関係というか、同時に「デカイ舞台設定にその人が答えた」って部分もあって(現代社会には昭和の天覧試合のような”ひのき舞台”が無いのだからさ)舞台装置がスターを作る的世界は構造として瓦解したのであって仮に何かの拍子で現代にもそんなものがあればどこやらから真性スターの誕生もあるかも知れないのであり(現代社会では構造的にその発生構造が無いってところがポイント)、ある意味「社会的反動形成がビシバシだった時代」といのを社会は古代文明から近代までどーんと繰り広げてきたワケだよ。
(なんてーのドーム球場もデカイけどさ、古墳のスケールに負けるねみたいな。)

すべからく「共同幻想」は支持者や信者の母数とその神話性やトンデモスケールが保管関係にあるのです。故に「共同幻想」は”信じるもの”と考えてもいい(所詮”ドグマ”なんだからね)。
『起承転結』の物語にエンタメ的感情移入して集団心理興奮状態を体感するって世界観でもある。
■ここでひとつの鍵となる部分だけれど、時折心理学テキストで触れてきた『歩留まり論』や、「確信犯的『共同幻想』保守思想」ってのはどういう事になるのだろかって、
所謂「現代社会の『共同幻想』保守論とはなんぞや」って話です。
それはズバリ”選択”だとね。(信心や集団心理トランス状態では無く個人の意思だから)
事、それを『共同幻想』を前提とする場合「ナントカ”愛”」という事になる。
ここはHPの心理学テキストなんかで説明してきていることだけれど、”愛する”ってのはあっても”愛される”ってのは無しだから(まんま『被(こうむる)』になるから)。「主体的に(あるいは個人が勝手に)”愛する”」事によって成立すんだけど、「郷土愛」だとか「愛社精神」だとか「伝統芸能への愛」や「家族愛」などなど「ここに権威性を僕は認め選択した」という関心強度というのかな、これをエイヤで選択する(賭ける)って行為によって現代社会以降もそれは成立し得ます。
いずれにしろそれは「単にナチュボーンで疑いが無い」的な”なんとなく妄信”のような古代・近代などの関係性ではありません。
現代社会においてそれは『共同幻想』適応選択保守であっても「自分で(自己責任を担保に)選択して(賭けて)合理性を肥大化させることなく発現させる」必要があるのであって、主体的な考え無しには成立せんのです。

実はこの辺の在り方は『単独者』と全く同じで、
ここが時代の変遷で「あたかも全員が『単独者』を選ぶのが正しいみたいな風に勘違いされると困る」って話のコアだよね(そもそも前文では正しいとかの権威性を持たない『単独者』が正しいとか言っちゃったらもうパラドックスなんだからあり得ないんだしさ)。
『単独者』と同じ構造で「歩留まり選択」や「『共同幻想』保守思想」は成立する事になるワケさ。
(※じゃあ前の世代のように”ナチュボーンのなんちゃって妄信”な階層は現代における社会的ネタバレを前にどうなるの?って答えは説明するまでも無く”ネタバレ興醒め”による不安ストレスを当該自我は抱える事になるって構造です。)

つまり現代社会なるものは「信じる」のでは無く「考える」時代への変遷であり、
人間は考える葦であるの話じゃないけどさ、
そういう事なんだわ(我思う故にとかも同じだし)。
『起承転結』の物語を信じる時代が終わり、
これからこのストーリーはどうすんのかって、アドリブで次を考えるって(←この論理構造で考えると”結果に意味が無い説”わかりやすいのじゃないかな?)「現実”的(っぽい)”イメージ世界を信じるのでは無く、現実に対峙し”どうすんのか考える”というルートへ変遷しているワケさ。
(※至極わかりやすい話で、近代以前はそんな大風呂敷で社会を糾合し特定の方向や目的に誘導しなければ人類は特別に恵まれた南国の楽園でもない限り”食えなかった”のであり、先進国化によりともあれ生存の心配が無くなっている背景の変化はとてもつもなくデカイ差異なのです。)
ひとつの典型が『単独者』になるねって話なんだわね(典型例で全部がそうなるとかじゃないよと)。

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posted by kagewari at 19:42 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月03日

中国は危険水域だと思う(ひょっとしたらもう越してしまったのか)

一番心配なのは中国共産党というか為政者がどこまで「平易な大学クラスの経済学をわかっているのか」というなんとも基本的なところで、、、(西側諸国に留学させているご子息のみなさんはそりゃわかっているのだろうが、、)、人材上の問題は国際法の理解も怪しい解放軍幹部のトンチンカン発言だけじゃ無いのではなかろうかと本気で心配になってきました。

てかさAIIBだとかISILだとか横文字過ぎだろ、、
アジアインフラ投資銀行なら中国主導の「ア(ジアインフラ)銀(行)」とかの略にしてくれよ。
中国もね日本取り込もうとか思っていたのなら民主党の時に勃発した尖閣騒ぎがさ、完全に矛盾するワケ。ネット保守論壇が言うとおりに民主党は別に釣り人小沢がいなくっても(民主保守系でさえも)親韓・親中(従中)なのだし仮に中国国内世論問題のなんとやらにしても、仙石氏のなんとか不起訴事件の中国への配慮だとか、既に当時の石原知事は中国でも右翼として有名人だったのだから野田の国有化の意図を汲むことぐらい容易だったでしょうに(若干中国世論には土地所有権の概念が無いものだから説明難しかったのはわかるが)。ここを釣り人小沢の扱いに不信感を抱いたのか知らんけれど、どっから考えても安部政権台頭のチャンスを与えたのは中国だからね(笑
まさかさ「バカだから」じゃ論評にもならんでしょうが。
(行きがかり上、釣り人小沢に頭上がらないところある習政権としてはイエスマン野田の方がよっぽど御しやすかったのだから、遠隔操作で解散やめといてとかさ、、、アプローチもできたんだぜ?)
推察するに、習政権はそれほど権力基盤が磐石じゃない。ここに尽きるよね、
尖閣から反日デモの時には明らかにクーデター計画の噂があったし(後に当事者粛清されたけどけっこう時間かかったよね)、それどころじゃネーよってのが本音なんでしょう。
思うに、AIIB動かしていた部隊と気持ちよく反日煽っている部署は全然別な上にさっぱり連携取れていないって事なのだろうし(反日ラッダイト運動の時の公安関係には敵もいたのだから)、どうしたって「今さら何言ってんの?」だとか、「あの、何が言いたいの」な形になっちまうワケだ。
福田元首相なんかの扱い見れば歴然で、とにかく本来はAIIB参加請うと頭下げちゃいたいのが本音なんだろうけれど建前上「すいません安倍ちゃんに頭下げてもらえませんか」となってしまっている。
できるワケネーだろ(笑
このまま行くとAIIBは壮大なマネロンやら粉飾決済専用銀行と化してしまう可能性を含んでいて、、
「アジア土地バブル・中国シャドーバンキング協会」みたいな話にさ、、、
これどうすんのさ。推進本部は香港やらの人材入ってないの?
なんだか怪しい仕手筋が大風呂敷広げたら金利につられて貧乏国が行列成したって事になってますが(独逸は例外かもしれんがね)、構想は結構ですよ「シルクロード開発」だか知らんけど、中東からヨーロッパへって大陸思考だからね。言うならば反日本部は海軍とミサイル砲兵隊にあって、AIIBは陸軍系の所管って事ですか?またパキスタンあたりにでも代理戦争でもさせようと?トルコはもう仲間だから大丈夫とか?
この辺に欧州NATOはなんか見解もってんスかね〜
世界的な旧体制の瓦解と未来がカオスだ状態がね、危険水域越してます。
(大陸方面は日本無関係ですけど)
「オバマに感謝だ」でまとめちゃうのもアレだしね。
(なんだかこのままいくと、IMFにビってる某国をAIIBが”元でお支えします”みたいな展開にも思いをはせちゃいますが。)
うーん中国的には「海は失敗したから今度は大陸へ」と二正面作戦の愚行を始めたようにしか思えません。国内政権基盤もまだまだだから静かな内戦を加えたら三正面作戦じゃん。更に言えば戦線を拡大し過ぎている。いつかどこかの大帝国の姿を見るようです。

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posted by kagewari at 16:05 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月01日

コガ ショーック!

左翼(ナンチャッテ)知識人大崩壊を時折書いてきたんだが、ついに「あーダメだこりゃ」がきましたね。
この件は説明するまでも無いのでノーコメントですが、
(ここ末尾に関係しているので件名だけって意味じゃネーですから。)
昨今の状況で笑えない部分に現在優勢な右翼ネット世論にも視野狭窄があるとこ忘れちゃいけません。そりゃ詳しい人はわかった上の話だと思いますが、沖縄の話です。
沖縄同様の開発庁がある北海道出身で現在都民の立場的だからわかる部分もあるので、ちょっと書いておこうと思いますけど、
確かに保守系ネット世論指摘のように沖縄に活動家のプロが移転して最後の砦化している背景はあるのでしょうけれど、ここは驚くところでは無くむしろ自然現象です。
そりゃ右翼でも左翼でも「少しでも活動に有利な立ち位置求める」のは戦略上自然だし織り込み済みの話です。ある意味大阪の橋下市長維新ってのも東京都に対する反動ベースなのであり同様現象です。
大阪維新が勝った時にやれプロ活動家が大挙移住してきたからなんとやらとか言いませんよね。
しかし実際は国会議員の動向見ても、少しでも勝率上げようと大量に維新へ所属変えを模索する議員の動きがあったのも事実です。
大阪の場合もその発端は「財政破綻」だったりしましたが、そこ見ずに現象論だけ見ていくと勘違いしてしまう場合があるっちゅうことです。

(俺は何も沖縄関係詳しいワケじゃないので以下記載はネット情報などなど諸々の特定ソースの無い話もあるので信憑性半分で読んでいただきたいのだが。)
沖縄には沖縄で内部事情もあって、薩摩と琉球があった当時から沖縄本島と諸島との対立があったという話があり、一見沖縄本島は反本土だけれど沖縄の諸島部は反琉球王朝で(その反対となり)保守系だって話があるのです。←先日も某自衛隊基地の住民投票でなんとやらとかありましたよね。
しかし、沖縄本島に左翼のプロが「ここなら勝てると踏んだ状況」が予めあったのは事実なんであって、左翼のプロが集まったから沖縄本島世論がどうにかなっていると考えるのは間違いだって事です。
沖縄に似て軍事的戦力が集中している北海道からわかる事ですが、冷戦時代の対露戦を想定して日本最大の機甲師団を保有する北海道は日常としては「自衛隊大歓迎」です。
しかし(そもそも対露戦なら制空権確保の空港を千歳から移設た上で札幌方面は小樽あたりの水際防衛とし・陸上戦力は道東重視にシフトするべきじゃないのか?とか思うのですが、、)、えーしかしですね、どっぷり開発予算の補助金や自衛隊による地元経済でいいのかってあるワケですよ現実問題。事実ソ連崩壊した時に「第七師団大幅削減か」って動揺があっただろうし(もう国防とか関係無い視点だよね)、結果としてこの(沖縄と違って北海道だと内地となるんだが)内地依存体質でのままでいいのかって部分が、革新系を呼び込む素地にもなるんです。

沖縄の話としても。何度も言いますが「米国の軍事プレゼンス上も特段必要の無いスケールでそこに存在している状況」なのであって、とりわけ「米軍軍部内でもここは海兵隊の領地だからペンタゴンがちゃちゃ入れるな」みたいななんとやらもあるのです。更にその軍事プレゼンスも休戦中の朝鮮戦争国連軍戦力的な意味合いもあるのでここ日米安保の抑止力とか違う内部事情です(運用上はもうインフラと”リゾート機能”さえ充実すればグアムの方が効率いいとかなっちゃっているんだし)。
ですからね、、、保守系論壇が期待するように中国艦船用の対艦ミサイル部隊がズラ〜っととかそういう事になってないのであり(スクランブルも勿論航空自衛隊が確か九州から飛んでるんだから)、第七艦隊がいるワケでも無いんだしさ、、。日米安保の運用シナリオ上も沖縄防衛の主たる戦力は自衛隊であり米軍じゃありません。
これですね、北海道に置き換えて言えば「昨今ロシアも北方領土方面で軍事演習しているみたいだから千歳の第七師団の戦車戦力は重要な抑止力だ」みたいな事になるんだけど、、ロシアとしても全然そういう話にはなっていないだろうってね(笑
(勿論無駄だとかそういう意味じゃないよ、前述括弧記載にあるようにマジもんでやる気なら違う配置になるんじゃないのって話。)
保守系世論の人はちゃんと軍事的実情を見てる?って話です。
沖縄の件で言えば、抑止力としても意味の無い基地の配置と集中があるのであって、更に地位協定にあるとおりで「あたかも海兵隊の占領地」的な問題が別途あるのは事実だから(基地返せとか以前に)。
そのまま放置していたらさ、プロ左翼のみなさんが「ここに僕たちの活躍の場がある」と普通思うでしょうに(てか彼らだって自分達の政治思想に疑い持っていないのだから組織防衛とか以前にごく普通の彼らなりの義侠心からもそう思うでしょうが)。ここをプロ左翼が問題だとか考えるのは間違いで、プロ左翼が「ここに僕たちの活動の場がある」と考える素地がある米軍基地をめぐる時事関係こそが問題なんだからさ(60年代の成田の時だってそうだったじゃないの)。
話の始まりに無理筋がある事を忘れちゃいけない。

この点、現在の官邸の動きも少しどうかしていると思う。
非常に危ういですよ。知事のメンツ守るためポーズだけでも工事を一時ストップするぐらいの余裕があるべきだったと思う。特にUSJの誘致とか官邸も沖縄の事考えて真面目に取り組んできたのにそういう一面が全く吹き飛んでしまうので勿体無い事この上無い。←ここ原発再稼動問題にも似たような側面があるよね。官邸は決して再稼動イケイケドンドンじゃないし、この点は電気労連のある民主党の方が信用できない。
沖縄基地に関しては米国も国務省は「大丈夫なの程度」で、ペンタゴンは「グアム移転予算でもいいよ」で、米軍としては「詳しくは海兵隊と話つけて」なんだろうなって話で、、、。
むやみに日本国内で対立煽るような方向なるとさ、どっかの堰で開けたり閉じたりどっちなのの対立があるような無理筋にもなりまっせと。
沖縄の知事が訪中する噂があるとかそういうこっちゃなくてさ、この国内対立を最も歓迎しているのが中国になっちゃってるじゃんと。この構図こそが保守的視点から絶対に避けなければならなない部分でしょうに。

菅官房長官、翁長知事と初会談へ=4日に沖縄訪問、「辺野古」協議
http://jp.wsj.com/articles/JJ12429135599871763676420304466051396412452

大変重要な会談になると思うので注目です。

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posted by kagewari at 18:24 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照

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