2015年02月20日

計量できないフリーエコノミーのGNP

先進国の潜在的国力を測るバロメーターのひとつがフリーエコノミーの水準にあるのであって、たとえばの話ビジネスモデル化可能な”その一部”だけを切り取ってみてもその活動を「赤字の広告代理店業」みたいに考えれば莫大な生産力を誇ることになり、事の発端となる90年代のフリーのブラウザ開発やその後のgoogleの存在にしても「偶然ビジネスモデルと接点のある業態だった」ぐらいのもので、現在web上で検索可能なフリーの情報やアクセスをベースにして語られる市場調査的な統計資料は莫大なものであり、おおよそ20世紀の紙媒体の情報量を10年スケールで凌駕しているだと思う。
何の話だったか忘れたけれど、フリーエコノミーの端緒は何もIT時代の到来前から存在していたのであり、紙媒体時代の企業や大学などの研究資料や設計図など、当時陽の目を浴びなかった情報をひたすら掘り起こしてクラウド的に集約しようかって動きを見せているところもあるらしい(現代なら実用可能なものもあるかもとして「宝の山」ロストテクノロジー扱いされている)。
何分にも昭和の時代は脚光浴びることの無かった研究や設計図は「フリーエコノミーのインフラ不足」により破棄し忘れ去られていくだけだったからだ。

逆に言えば、ことこの部分現代社会においてそれはサルベージ機能じゃないけれど、何かあればそれはwebのどこかに記録されており、そのキーワードを検索する行為に利用可能が残されるという膨大な蓄積が山積みとなっている。
この場合、昭和の事例ってのはまたぞろその判断を権威性認知などにより(有用性の判断などなど)『共同幻想(貨幣経済も含む)』の枠内で行えば紙媒体時代のロストテクノロジーって話を蒸し返すだけなので、「それは個人の自由をベースにした貨幣価値判断と無関係な判断」による作業でなければならず、フリーエコノミーが盛んであればあるほど余計にGDPやGNPみたいなものでそれを計量する事ができない。
フランス革命時代から夢見られた集合知のようなものとは実はかけ離れたところにフリーエコノミーは存在しており(多様性が大きくなればなるほどそりゃカオス状になるから)、あくまでその価値の実存や実効性は「それを観測・観察(検索)する人の意思」により発現するだけなので、逆に言えば発明や情報が固有に普遍的価値を(権威性有用性みたいな形で)証明する必要が無い。
計量できない普遍的価値があるのは実存性で説明する必要が無いだけで、常に「観察者により発現する」ものだからだ。

ことほど左様に、この計量できない知的資産とも言うべき現象は『共同幻想』普及のバロメーターとなる社会適応率と反比例する関係にあるため、「メジャーカルチャーVSサブカル論(極端な話ダメ人間的なニートや貧困層みたいな”サブ階層”が盛んなほうがサブカルは繁栄する)」みたいな構図にあり、
社会学的に言えば、『共同幻想』崩壊による「社会適応を条件としないネットワークの模索」というような状況の到来を招いているワケだ。
時にSNSのように閉鎖的コミュニティーがどこかしこに存在する事があるように、『共同幻想』を完膚なきまでに破壊され尽くすとういうような事は無く(言うならば「社会的歩留まり」)、それは住み分け論的に「『単独者化』が制限されない」というような方向に収斂するのかしらと思うのだが、
場合によっちゃ地球外生命体が存在した場合、この現象は「統合されて無いだけでひとつの知的生命」と分類する可能性もあるのであってさ(フリーエコノミーに関しては実存論とは別個だから)、
ひょっとすれば「実存主義」と「フリーエコノミー論」ってのはどこかしかで対立・相克関係にあるのかも知れないのだが(ここはそもそも「実損主義」が不条理により証明されるってな逆バラドックスを仕込んでいるからなのだけれど)、少なくとも以下のようなだ、
 ↓
ハッカー集団アノニマスがISILメンバーのメールアドレスやTwitter・Facebookなどを大公開!
http://gogotsu.com/archives/4169
この集団は下手すっとどこやらの正規軍におけるサイバー部隊さながらの戦闘力を有しているようなもので、仮にそれが軍隊として国家運営なら予算ナンボよって話ですわ。

開閉経済でカウントされないが、間違いなくフリーエコノミーは存在しており、
昨今先進国の消費行動などの情報源として、フリーエコノミー系情報の利用は不可欠な存在になっており(いったい現代社会の流通にどれだけの関係性があるのか不明だが莫大な影響力を持っている)、
経済政策を語る場合に、フリーエコノミー的活動が全く眼中に無いなんてのはあり得ないワケです。
(広く言えば「需要サイドのバックグラウンド」みたいな分類かもだけど)
更に、このセクターの活性化というのは旧来の経済学とは相矛盾する部分があるため、いかにも単純な発想の「経済成長政策」ではカバーできない。
(ここは失業対策みたいな単一政策だと、ノマドやスローワーカーみたいな概念をカバーできないのと同じ。極論ニートもフリーワーカーみたいな概念で計量できない生産活動を行っているというとこがポイント。)
先進国の経済学はここいら辺の取り込みにチャンレジしていかないと”現実”との乖離が促進するばかりになってしまう。勿論ここで語られる”現実”というのは「実体経済そのもの」である。


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posted by kagewari at 19:20 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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