2014年11月08日

配線が多過ぎ

モバイラーの性なのかこの時代だから仕方がないのか「やたらとPC回りの配線が多い」。
特にUSBケーブルがあれがこれ用、こっちはアレの充電用などと多数分岐しているものだから我ながら「この配線どの配線?」ちょっとやそっとじゃわからない事になっている。
元来システムのバックアップやらは外付けHDDに取っておかいなと意味が無かったりするので(デスクトップで複数HDDを内蔵できれば話は別なんだけれど)、余計に配線が増えているって側面もあるのだがLANが無線でまだよかった正直思う。
これもひとつの内的ネットワークだと考えると人間の脳内の「関連付け」なんていったいどんな事になっているやら想像もできない。
PCにおいてもタスクバーの「ハードウエアを安全に取り出す」実行してもどこやらのプログラムが使用中で切断できませんなんてワーニングに頻繁に遭遇しますが、そらね人間の脳にしても自意識が「この関連付けは関係が無いから」などと考えても容易な事でスパッと割り切れるものじゃなかったりするワケで(ここはある意味何が起動してグダグダ話がややこやしくなるのか配線が乱雑でよくわからんって事もあるだろうと)、
誰もが心理学の知識ある筈も無く、心理学の知識があったとしても「これどうなってんの」と気合入れて配線を確認しないとわからないもんです。

実際の話最初の関連付けなんてのはその都度場当たり的なんですから、いちいち覚えているっつーか自意識マターでも無いので自覚が無くて普通なんであって、妙に自覚されている方がおかしいのかも知れない。
「ひらめき」やら「思い付き」なんてのもですね、これ単に自分の脳内の関連付けを自覚していないからそういう認識になるだけの話であって、脳の中の人は適当な事をしている覚えは無いのではなかろうかと思います(存外に「今頃きがついたのか」とか呆れているのかも知れない)。

単純な事象の認識にしたって、何のジャンルの項目としてそれを見るのかで認識される内容は全然違ってきますから極論「正しい認識」なんて概念は”無い”のであり、
心理学的には「かくかくしかじかで偏向の何が観測されるから、そのエキセントリックな現象はアレでしょう」みたいな問題点の観測にしか意味が無いとも言える。
(言うならばこの問題点の認知も本人にその意識が無いのであれば、問題点と認識されないのだから仮に心理学的に偏向が証明されるのだとしても、認識されなければそのままでいいってのが筋論。)

主体的にそれをどう見るのかって部分は自由に関わる事だからその人の個性なんであって、そこにやれ何が正しい的な答えがある方がおかしい。
そりゃね、電気製品なら「ちゃんとアンペア見てね」みたいな正しさってのはありますが、外付けハードディスクのドライブレターがFだろうがHだろうが好きに選べばいいのは事実だからね。
言うならば人間は自分でHドライブにしまった情報を探そうとDを探しまくってまったく見つからないんですよなんて事を頻繁に繰り返しているのだろうから、現代社会が『単独者化』により今以上に個性化・多様化が進んでいく中で電脳媒体の助け無しにインデックスってのかな、自分の脳内情報の整理ができるのかって聞かれると、さてどうなんだろうと思うところありますね。

昔は「必ずポケットにはメモ帳」って保管をしていたのだから現代の電脳化が何か危険だとか問題だとかそういう認識はありません。
原始時代だって道案内の看板ぐらいあっただろうし、地図を書く奇特な人の登場でそりゃね随分と多数の人が行動半径を拡大させただろうから脳内情報の整理をひたすら自力で構築しようと努力するとかってのは方向性として違うでしょうよ。
便利なツールがあるのならそれを使えばいんです。
現代社会におけるリスクって点で言えば、紙媒体と違ってバッテリーが切れたら使い物にならないだとかシステム壊れたら大変だみたいな機器の性能上の弱点がまだまだ残っているよってだけの話です。
(※将来的にはリードオンリーでDATAだけは何らかの方法でサルベージできるみたいな仕組みがデフォルトになるだろうから保全性の点で紙のメモ帳とそれほど違いも無くなるでしょ。メモ帳だって紛失したら一発で終わりなんだから。)

しかし考えてみると、
『共同幻想』崩壊を経て時代が『単独者化』へ進むのだとしたら、
「配線が多過ぎ」みたいな形で場当たり的多様化がより脳内で拡大していくのかも知れない。
確かに将来の電脳媒体ってのは「これはここでいいの?この情報は何関連?ここに格納するのは違うくない?」などと口うるさい機能を実装するのかもしれんね。
検索キーワードの補助なんとかじゃないけどさ、
ブログ記事なんかのテーマだとかジャンルだとかの詳細設定なんか半ば自動化してれないかねって思う事がある(実際各検索サイトは自立的に仕分けしとるんでしょうに)、それは自動化というよりバックグラウンドで勝手に起動する「無意識化」って話になるんかな。
AIなんて代物は「ど忘れするぐらいじゃないと本物とは言えない」っ事なんかも知れない。
(それじゃ全然便利なものじゃないだろうって話になるかもだがww、なんとなくだけれど最強のAIはパッと見でわかる高性能さが売りに”ならない”ものとして登場するような気もする。)


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posted by kagewari at 13:26 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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