2014年08月27日

気になる(13)

今回は画像的に慎重さも求められるものとなっております、
あくまでも看板的に「気になる」という趣旨であり(皆さんの漢字読み違えも前提としており)それ以上の意味は全くありません。
十分理解してご覧ください。
返す返すも間違いがあるといけませんので、
本題の画像は「続きを読む」以降に表示されております。

やっぱり「何か気になる」という方のみ続きをご覧ください。










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posted by kagewari at 02:07 | 「気になる」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月21日

『個性化の時代』の中途半端な理解について

記憶が定かじゃないのですがNHK教育だったでしょうかね。
現代社会を彷徨う若者レポート的に「フリーランス」なぞが特集されておりました。
かく言う私も”ほとんど”フリーランス稼業なのですが、勿論番組では「楽なことなど何も無い」みたいな趣旨不明瞭な内容となっており、フリーランスというキーワードが目立ってきているがNHK的にもどう取り扱っていいのかわからないってな雰囲気がありありとわかりました。

さて、この現象は『共同幻想』社会にとってもうほとんど理解の限界を超えた世相が多々発生しており、どう理解したものか中途半端なまま「投げっぱなしの番組」みたいな結果と至っているものに思います。ネットブロガーなんかの意見を反映していけば随分違ったものになると思いますが、大マスコミあたりの仕事に関わる=『共同幻想』にある程度適応する自我じゃないと難しいって話ですから「そりゃ心理学的に彼らには限界がある」って話です。
(※『共同幻想』適応人格が『単独者』などの深い理解に至ると=その段階で自身の帰属してる『共同幻想』の”正しさらしさ”も同時に崩壊してしまうので自分の自我が大変な事になってしまうため。端的に言えば反抗期的批判性への理解までが限界なので「子供っぽい話」と解される場合もある。)

■「フリーランス」と言えばですね
もうね、これは「苦し紛れの”しのぎ”」に過ぎなくてですね(笑
第一ね「食えるのか」ってもうギリギリなのです。
私は仕事柄非常に多数の独立事業主やフリーランスの方存じ上げてますが、不安定なのが日常ってぐらいなものです。また小規模会社の代取的な営業ルートもなんだかんだ人脈的なものが多く結論「実力や事業内容とそれほど関係無く、食える人は食えるが食えない人は食えないだけ」って感じですよ。
(そこに実体を伴う大きな違いがあると感じた事はありません。)
ここは『フリーエコノミー時代』のビジネスモデル論と同じでありまして、多数のアクセスを得ているwebサイトなどでもそれを単独でビジネスベースに乗せようとするとトンデモないハードルにぶち当たる。更にですね無料ってところがひとつの”ジャンル”として固有の存在意義となっており、たとえば「フリーソフト」という記号には特定の意味が発生してます。
(※特にオープンソースのOSなんて話になれば、それはツールとして「ボランティア精神」だとか「技術的自立独立優位性」のような附則的意味すら派生する訳です。)
結論わかやすく収益ベースに乗せる方法はアフェリエイトなどの広告って事になってますが、それも今後考えるとそのリファラーが営業に直結するのかっていうと遥か彼方となっておりww、売上実体を前提にしたらとても収益が発生すると思えない話になります。
(昔々の時代からある程度売り上げに貢献可能で収益も見込めるのは「エロ系だけ」だったりするのであります。)
しかし『フリーエコノミーにおける実質生産量』が少ないのかと言えば、貨幣評価されていないだけで社会的価値は莫大なものになります。
実体も何も、サーバー管理やっている人ならリナックス無しに仕事にならんでしょうに。
現代社会の社会的インフラの一部は既にフリーエコノミー経済の存在無しには成立しません。

■この辺の論議は『現代社会の経済学』に踏み込んでいかないとわけのわからないままなんですよ。
中途半端に「”しのぎ”とビジネスベース」に拘った話になれば、さっきのエロ系の話じゃないけれど「その自然淘汰圧力は実質生産量やその生産性なりに比例すんのか」と言えば、全く関係無いのであります。
何も難しいものでは無く、
『政策投資』にあるようにビジネスモデルの無いところに(俯瞰で見た場合の有用性から)政策的に資金の流れを用意する事はちっとも珍しい事ではありません。
(なにやら先ほどのフリーランス論では「個人で起業考えている人にやれ500万の補助金出す」とかそういう話進んでます。←ちょっと的外れだと思うけど。)
かといってフリーエコノミーは戦前の殖産興業やら軍事産業のようにわかりやすく存在しておらず、個別にその生産を評価する事すら難しいのです。「とにかく著作権含めて自由にやりやすいようにしておいてくれ」みたいな部分のが効果的な気がする(これも規制緩和の一環だと思うんだがな←新自由主義の人見てる?)。
結局『フリーエコノミー』がらみで考えると「ベーシックインカム」などの政策に帰結します。
現行制度の中で、フリーランスに起業を促すとかちょっと時代ハズレというか(概念としてベンチャーとかと全く違うからね)、政策的に難しいのはわかるんだけれど(下手すると制度の簡素化で省庁規模で大きな行政改革に及ぶから)、アイデア含めて世界的にも自由度の高い日本だからこそ有用性は高いと思うんだがな。

指摘する人少ないけれども、ベーシックインカムがガチで入るって事は中小零細企業の人材雇用を激しく援護する事にもなるのですよ(基本給カッツンカッツンの会社とか結構多いんで)、企業は限りなく無給で人材を確保できますからね。
つまり、この制度をキックオフさせるためには『年金制度』『農業への所得補償制度』『生活保護』『子供手当や育児手当』『障害者年金』『労災関係』『失業保険』などなどこれらが全部一本化されますので(どえらい行政改革になる)、相当にハイレベルの政治力の発現も必要となり、ほぼ100%霞ヶ関は大反対します。
逆転の発想じゃないけれどさ、役人の方もガッチリ自分の権益残しつつとにかく導入できる政策提言とか霞ヶ関発でやってくんないですかね。


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詳しい経緯は下記リンク及びサイドバーコメントリンク表示の説明参照
コメント欄の削除があった件(関係障害について)
http://kagewari.seesaa.net/article/402054291.html



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posted by kagewari at 17:55 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月14日

『共同幻想論』会話編part2

難しい話でもあるので、
前回の続きと補足です。
追記的に『共同幻想論』会話編
http://kagewari.seesaa.net/article/402635704.html

まず大枠をドーンとわかりやすくしてしまいましょうか。
近代以降それが一般庶民に降りてくる訳ですが、その大元の原型って何か?
「中世貴族社交界の会話です」こいつがニーチェも嘆く庶民化商業化大衆化し現代社会の『共同幻想』の会話ってものに変遷してきているのです(現代社会で似たもの探すと「集団お見合い会」だとか)。
原型で考えるとわかりやすい。
「なんらの共有化された社会幻想が舞台化・台本通りの進行化されている空間」において、素の個人が「俺ってさ〜」とかもうご法度な訳です。そういう舞台においても幾分かの本音が交わされるのは化粧室だとかですね(ここでも「風呂とトイレの中だけかよ」って話ですが)、或いはその場で「この後非公式に一杯どう?(オフレコで)」みたいな事になって初めて「1段階ぐらいプライベートな会話になる(それでも『共同幻想』的にはまだ本当の本音では無い)」ってぐらいの話です。
(※更に現代社会におけるオフレコポイントは「喫煙室」でしょうね。)

多かれ少なかれその傾向が「職場」や「学校」や「井戸場会議」や「奥様会(このくだけたバージョンがガールズトーク)」古くは「社員旅行の無礼講バージョン(これでも1段階プライベートになった程度)」、「夫婦の会話(夫婦の会話はガチで『共同幻想』の会話です←ゆえに『単独者』系の個人は非婚系となる)」などなど様々に分化して存在するのですが、
■ここを『思春期・反抗期』の少年少女の典型的な台詞で表すとわかりやすい。
 ↓
「そんな事聞いていない!自分の言葉で話せよ!!」
ことほど左様にですね、『共同幻想』の会話ってのは私語禁止なんです(個人的意見を言う場では無い)。その原型はフォーマルだって事です。ですからそのまんま話をしだすとそれは私語じゃないのだから反抗期の少年少女にとっては国会で官僚の書いた原稿読んで答弁しているのと同じに聞こえます。
いやいや、聞こえるのではなくって、そのとおりなんです。
『共同幻想』社会の会話ってのは私語や私見であってはならず、公式的に情報共有された「その場の論理」を彼らなりに解説するような振る舞いを超える事ができないからです。

■ですからその場で交わされている言葉や認識には「その場を保守する上でのルール」も派生するため(さっきの思春期少年少女の台詞の”逆”なんだから)、「誰一人個人的意見を述べていない」のです。でー
こっからややこやしい話になるんですが、
『共同幻想』の会話の中で「私個人に対してこんな事を言われた」とかの認知も同時に「あ り え な い」のです。
(それを個人的意見として発言した人物が存在しないのですから。)
言うならばその発言ってのは(まーねなんらかの悪態や叱責に類するなんとやらがあったとしましょうか)『共同幻想』全体がですね「この社交場ではこのルールでお願いします、あなた個人に個人的心情や意見としてそれに同意を求めているのではありません。形式的にこういう事にしてください。」みたいなニュアンスが大半な訳。
そんな情報の共有を求められているんだわ。
(まさかその場で個人的見解を発言されるとか誰も想定していないし『共同幻想』的には有り得ない。←この辺を端的に言うと「まさか主語が”私は”で始まる返事とかを誰も想定していない」という以前のエントリーの話に繋がる。)

少々話を有り得ないぐらい極端に誇張してみましょうか。
○「司令部より伝令、明日20時○○部隊は任意に敵潜伏地帯へ前進、○○丘付近に橋頭保を築け」
○「ご苦労、伝令了解した、○○部隊は明日20時より任意に前進を始める。伝令は十分休養を取ってくれ。」
○「有難う御座います。」
△「少尉殿昨日こんな事があったんですよ、私は思うのですが。」
○「、、へ?、、誰なんだ、、おい。」
 ↑
『共同幻想』社会の空間ってのはコスプレ趣味の同好会における決まり事のやりとりのようなもので、個人の実存を捨てて共有化された属性に成り切ってるのであって(職場なら労働者だとか)、更に誇張して言えば『共同幻想』社会適応ってのは「多重人格使い分けるようなもの」なんですよ。
(そんぐらい「風呂とトイレの中だけの私見と『共同幻想』空間で交わされる”台詞”には乖離が大きい」)


話を戻しますか、
■「そんな情報の共有を求められているんだわ。」
 ↑
ここに重大な意味があるのわかります?
基本的に予定調和ストーリーが原則なので「同意以外の選択肢が用意されていない」のです。
簡単に言うとですね、『町内会の回覧板』みたいな情報伝達なんですよ。
予め『共同幻想』への所属と同意が既成概念として織り込まれてるワケ。
回覧板回してる最中に何番目かの人が「これはどういうことなのか」と始まっちゃうとこれ回覧板制度が壊れちゃうんです。
「次の順番の人に回す事が織り込まれていて、それ以外の選択肢は無い」のですよ。

■更に米国社会やらの例で考えてみましょうか。
昭和の日本人が欧米を『個人主義』と勘違いしたポイントがこちらで、特に米国社会では会社でもラストネームで呼び合うなど(日本では名前が”課長”だったり軍隊のように属性名称が個人名化する)一見すると個人主義に見えるんですが(you know文化に見られるだけでなく)彼らはその会話に対してワザワザくだけたとかリラックスしたとやらの意味で「frank(語源的には自由な)」とういう表現使ってますがそれは正に「1段階プライベートになった」オフレコ程度の意味であって、見ようによっちゃ理想主義の押しつけ的な要素も無きにしも非ずで、「全然frankじゃないじゃん」だったりするワケです。
(※口語において、日本人でもちょっとあり得ないぐらいのスラング(slang)がありますが、これは貴族のフォーマルに対して”俗な”という意味だと解すると、それでも決して本音とは言えない(階層的な意味に過ぎない)と考える事もできる。)

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posted by kagewari at 17:19 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月08日

続・左翼インテリ気取りのみなさんの劣化が著しい

ついに朝日新聞が事実上の捏造報道を認めましたが(報道では記事取り消しという微妙な表現になってますが)、その姿勢というか見事な開き直りっぷりに呆れます。
私は個人的には保守リベラル系・且つちょいリバータリアン系を自称しているんで、『共同幻想』に対して批判的なリベラル主義を否定するつもりは全くありませんけれど、
(ネトウヨの諸君に大批判されている小沢ファンだし、)
朝日はリベラルじゃないでしょうこれ。勿論ガチCIA系だった読○にも朝日を批判する資格があんのかって話もあるけどさ、
「朝日的なるもの」について考えるならさ、「スタイリッシュ左翼のつもり」みたいなインテリ気取り以外の何物でも無いと思います。
一見戦前の軍国主義を批判しているような”フリ”をしてますが(戦中の朝日が戦争煽る側だったのはあまりにも有名でその反動もあってという話もある)、左翼全体主義的な日教組を批判するで無し(組織化された左翼が全体主義的・革命軍国主義的なのはガチですから)、見ようによっちゃ〜軍国主義的な高校野球の本山だし、一体戦前朝日の何を批判して現在の姿なのかわかりませんけれど、日本の戦後においてはGHQの介在もあって日本には自虐史観的な世論形成が謀略的に行われていたのは事実で、その流れを(誰に頼まれるでも無く←一部CIAなど頼んでいる人がいたのは事実だけど)喜々として現在まで続けるってねいくらなんでもいい歳した大人のする振る舞いじゃないと思いますよ。
『一拍置いて』だ、素で考えれば朝日内部で大多数の人が分かっている事だと思うけれど、

更に言うと、私は違う意味で韓国・北朝鮮には謝罪する事があると思ってます。当時の日本国民に対してもね。大藪春彦などの著作で随分語られている事ですが、関東軍が満州や朝鮮半島(当時は併合により日本国)から避難民の優先をしてしんがりを務める事無く「本土防衛を名目に事実上撤退した事」ですよ。朝鮮半島の国民がそれをどう評価したのかは関係無く(或いは当時の軍国主義の是非はともかく)関東軍の使命というかタテマエとして大東亜に共鳴して大陸に渡った日本人を含む民間人の保護と帰国、同時に併合して日本だった朝鮮半島防衛を優先できなかった事であり(勿論軍部もポツダム宣言以降何もできなかったワケで対ソ戦的には武装解除後シベリア抑留など軍部も大きな犠牲を払ったのですが)、本土同様にギリギリまで防衛線を戦う義というものがあった訳です。
それがあれば、朝鮮半島の分断となる現在の様子も違ったものになっていたかもしれない。
逆さに言えば、それができなかった事をもって日韓併合も満州統治のための単なる方便だった事を認めざるを得ない。
(※逆説的に、いやいや軍部は東南アジア諸国同様に明石機関を中心に潜航する形で現地に残り北朝鮮設立に暗躍したって説もあるんだけれど、こればかりは検証できていない風説水準の話です。←この説だと「だから北朝鮮の敵は米国である」という右翼系論者のご意見なんだが。ちなみに韓国保守系の反日には「日本人と同じ水準にすると約束したじゃないか」的な要素がある。)

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posted by kagewari at 12:56 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月01日

まことしやかに『サイコパス』だなんだと語られている件について

本来このエントリーが必要なのか疑問もあるのだが(残虐な犯罪などの代表例は古代から戦時におけるものであり殊更WWUにおける原爆投下を含む都市への非戦闘員殺傷目的の絨毯爆撃であり以降のベトナムやイラク戦争などにおいてもジュネーブ協定違反の行動として発生しているものが何倍もスケールが大きく分類とししてそれが正規軍による行動であることを念頭に置いていただきたい)、あたかも事件をメンタル問題と関連付けて説明する見当違いな方向性あるのでひとつ論じておきたい。
言ってみればそこはサイドストーリーだからね(表現に慎重さ必要だと思うけれど”事後”の部分に注目するあまり全体としてそれが何だったのかってところを見落としてはいけない)、
(文化人類学的に言えばさ、未開な首狩り族とかどうすりゃいいのさ、←ここに鍵がある。)
■大前提として私個人が「刑法39条に反対である」事を明言しておく。
「刑法39条は憲法違反」だと思っています。
犯罪の行為の当事者能力や責任を認めずに減刑や無罪にする事は、当事者に対する人権侵害となるからです(よくも悪くも刑法は結果責任に応じて適応されることで公平性が保たれると考える)。
権利保護のためそのまんま重罪を課していいんです(所謂情状酌量とポイントが全然違うから)。
論議はいろいろあるだろうけれどこの国は法治国家なんだから。
法治国家の合意が民主主義として選択されてんだから、法治が適応される”権利”というのは憲法により何人にも公平に付与されていると考えるのが筋論です。

犯罪や(戦時で言えば国際法やジュネーブ協定違反)エキセントリックな行動選択のボーダーというのは「確実に選択局面で何らかの自覚がある」のであり(エキセントリックな行動が日常化していればそれ以前に周囲の対処やこれに応じた当事者自覚の機会がある)、事件の詳細はここに書かないが過去の某残虐事件においても「このままではそういう事が起きる危機感」を当人が自覚していた証言が残っていたりする。
当人にとってそのストーリーがどういうものであるのかと、外形的事実には何ら関係が無いのであってだね「そのボーダーを超える局面はメンタル問題と関係が無い」って事。
(ストーリーの部分は動機説明の附則的扱いで記載すれば十分だと考える←某有名な死刑判決めぐって最高裁までいった事例もそうだったでしょう。)
必ず(判断された内容の軽重はともかく)その局面に自意識は何らかの関与してます。
逆に言えば「当事者責任の問えない(行為の著作権を主張できない)行動など無い」。
あれですか?
人権派の法曹界ってところは、仮にメンタル問題のある個人が目を見張る善行を行って社会に賞賛されても、当事者能力を欠くので賞賛するのは間違いだとでも言うのでしょうか?
(それこそ『平均への回帰の錯誤』だろうに、)
http://kagewari.seesaa.net/article/402882982.html
結果がどのような行為であっても、当事者責任能力(行為の著作権)が無いなど発言すべきじゃない。それは人権侵害だと言っておく。

困った事に、ここにも前回エントリーで触れた『平均への回帰の錯誤』が観察者の側に発生しており、結果からどうにもこうにも動機を特定したいと拘るあまり、結果に依存する形の症例があたかも実存伴って固有に存在するかのような錯覚を観察者に引き起こしている。←これさ間違いだからね。
■難しく考える必要はどこにも無いんですよ。
残額行為に相当する殺人は日本の場合死刑です。そこに(果たしてどれだけ精度があるのかわからない)精神鑑定やら意味不明の介入をするからワケがらからなくなるのですよ。
(心理学やっている人間から言わせてもらうけれど、この精神鑑定なる代物に精度というかさっぱり意味があると思えない。)
わかりやすく言えば、一般人においても特定の状況において残虐行為が発現する場合があるのと同様にメンタル問題のある個人においてもそれは同じ確率で発生するのであり、同時に自意識が抑圧される傾向にあるメンタル問題のある個人の方が犯罪発生確率は”概念上低い”と考えられる。

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posted by kagewari at 03:53 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


『住まいの心理学』
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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照

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