2014年01月14日

ちょっと政局「細川知事で決まりでしょう」

東京都知事論議の前に、
どうもここのところ思うんですが、「左翼だとか右翼ってのは『共同幻想』乃至そうでなければイデオロギーです」即ちこの左右の論議は現代社会ではいずれ崩壊しその政治哲学部分が政治思想程度残るだけです。
この辺の社会心理学的見方を抑えておかないとですね、日本と言えどもジャーナリズムにしてもネットの保守論にしても「極端に過ぎるだけの娯楽として消費されるだけ」みたいになってしまうので、リテラシー的に注意したいところです。
(左翼の謀略論にしてもネトウヨの嫌韓にしてもいずれ崩壊するものを極端に敵視しても、「逆贔屓」って言いますか、敵視している相手側の存続を刺激するばかりですからナンセンスなんですよ。)

野田政権時の官邸原発デモにおいてエポックだったのは、妙ちくりんなのぼりを持ったいかにも活動家を「勘違いするな(プロの左翼活動家は)帰れよ」みたいな雰囲気があったところで、まーこの時の官邸デモはお祭りみたいなものでもあったのですが、轟々とうごめく日本の本音の世論みたいなものの存在を感じさせるには十分の規模でした。
この現象に勘違いしたのか、過去の遺物みたいなプロ左翼活動家が「俺の時代がきた」みたいに活性化するだとか、ネトウヨ諸君も貴重な嫌韓情報挙げてくれるのは裏ジャーナリズム的に結構なんですが某国内においても「メディアとネットのナントカは困ったものでアレコレ」みたいなところあるんで、某国報道をそのまま世論のように拡散すると相手側の困ったもんだ的要素を刺激してしまうのも事実なんです。わかりやすく言えば『マンションなんかの隣人騒音問題の対処における失敗』みたいな話になっても違うだろうとね。

何も心理学的視点は第三者だから、政局云々で自分が絶対の第三者性を担保するとは言いませんけど(個人的に俺は小沢ファン公言しているし)、ジャーナリスト岩上氏のIWJの風評がアレになってしまうだとか、孫崎さんの貴重な情報があっちの方向に極端に振れちゃうだとか、ネトウヨの指摘にも貴重な情報がある事を評価されないだとか、そうなっちゃうのは残念ってか勿体無いと思うんですよ。
貴重な情報は情報として活用された方がベターですからね、
■かく言う私も心理学サイト運営において、『公開掲示板』などで実際どんな運営になるのか情報公開には務めているつもりですが、その意図にはリテラシーを担保するためのネタバレ効果があるんですよ。
現代社会のネット情報などで注意すべきは「いい悪い論の罠」だと思うんですよね。
事象の認知にいちいち”いい悪い”のフラグを付けちゃうのは『共同幻想』の癖なんで、いつまでもやるもんじゃないんですよ。”いい悪い論”やっちゃうとそれで興奮するどちらかサイドのナントカがわいわい騒ぎになるってか得する事がなんにも無い。

注:”いい悪い論”はその正当性を『共同幻想』か或いは宗教権威などに求める必要性があるため(個人的な哲学論には”好き嫌い”などの個人の趣向はあっても構造的に権威性認知とある”いい悪い”と論じる道徳論にはならない)、本人の趣旨にそのつもりが無くても無意識に「いずれかの『共同幻想』のヒモが付く」傾向にあるんです。なんつーか”いい悪い論”は安いドラマにおける演出上の「勧善懲悪」と同じエンタメ要素であって、ついその”正義の興奮”求めてしまうと本筋と違う話になってしまう事多数なワケです。

■細川氏の立候補表明には、なんとなくこの前段のなんとやら現象による埋没だとか喪失へのカウンターであったのかなと思います。
この政局においての最大の貢献者が小泉元首相であるのは言うまでもありません。
(今この段階で小沢出てきてももう現在の風評じゃ全然アウツですから←後から出てくるかも知れませんけどね。。)
実際に小泉氏が何を思ってこの行動に至ったのかは推測の域を出ませんが、
小沢氏的政策方針の叩かれ方は簡単には取り返しのつかない状況にあるし、小泉氏として直接安倍政権を批判する意図は無いんですが、今古賀氏だとか旧自民リベラル派が野党の革新系メディアで発言せざるを得ないみたいな昭和から見れば異様な状況があるんですよ。
(全ての原因は民主党の権力闘争にあったんですけどね、)
前段説明における「今時『共同幻想』どうこうじゃないだろうに」何か過度な認知で勿体無い事になるなんとかも出てきてるねって側面。
ここで細川氏を小泉氏が応援して「原発0」を打ち出せば丁度いいカウンターになる。
(ある意味小泉氏はそれは安倍政権のためにもなると読んでいるのじゃないかと、←深読みし過ぎでしょうかね。)
 ↑
ちょっとこの辺何の意味かご存じ無い方いらっしゃるかもなので補足しますと、
昭和の自民党は、対米政策的に裏で国対通じてる社会党とか公明党を利用してきました「この案じゃ野党を説得できない」みたいな。
(米国にしてもホワイトハウスは外交において「その案じゃ議会を説得できない」とかやってるだろうし)
民主主義の権力者にとっては「どちらの選択も可能な”なんとなく”『共同幻想』的な合理性」はそりゃ必要で(自らの政策の正当性担保も選挙という『共同幻想』的合理性ですから)、それが無いと自分の公約に縛られ過ぎていろいろ融通効かなくなる場面あります。
(小沢氏は悪訳泥かぶり役のやり過ぎで、逆に自分の求める政策が遠のくって悪癖ありますが、)

小泉氏個人には小沢を援護する意図は無いと思いますが、
時代が小沢氏に求めていた政治的スタンスの欠落を見て、政局的なバランスの回復を考えているのでは無いかと思うんですよ。小泉氏的には「俺はパージしずらいだろうよ」と自信もあるでしょう。
小泉氏は自民党内ハト派である旧田中派を(角福戦争のケリを付けるとばかりに)郵政民営化を梃に一掃した当該者ですからね。小沢氏とは別の意味で「各政党内でバラバラでは無く政策で政党が分かれた方がいい」を求めていたのも小泉氏であったことになります。(当時の自民内旧田中派が小泉氏小沢氏共通の敵であったのは皮肉ですが)
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posted by kagewari at 21:01 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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