2013年04月13日

『共同幻想』的に言えば『単独者社会』は個性化の時代という表現になる。

ややこやしい話なのだが、厳密に言えば『単独者』と「個性化」は意味が違う。
なんだけれども、『共同幻想認知の枠』で考えれば『単独者』は個性化なる表現に留まるので、巷間伝わるところの表現の「個性化の時代」が→事実上(本当のところは)『単独者社会』への変遷の事を指す。
唯幻論時代の岸田教授の云々などで『共同幻想』と個人の自我の関係性なんとかかんとかいう話があるんだけれども、時代の変遷で「男女雇用機会均等法施行」あたりを境に社会における『共同幻想』の支配率は過半数を割り込もうかという勢いにあって(現在のところ推定で約4割〜辺りで選挙をすればまだまだ過半数が取れるが投票総数では過半数いかないかもぐらいの水準だろう)、おかしな表現だけれども現代社会の『共同幻想』オルタナティブが『単独者』のような関係性にある。
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これも話をわかりやすくしただけで厳密に言うと違うんだけれど(『共同幻想』時代にも共存する形で『単独者』はいたのだから)、ザックリ心理学の見方をまとめちゃうと前段イメージのがわかりやすい。

この辺はだね、政治的に言うところの「後期先進国社会と高福祉水準社会」の関係と同じようなもんと言えば同じようなもんですわ。
通常高度に発達した先進国は=高福祉水準社会になるんだけれども(てか暮らしの水準が高度にならないのであれば先進国では無い事になるから)、保守派曰く「市場経済」なる論法で「後期先進国は高福祉社会とは限らない」みたいなトンチンカンな話も出てくるんだが(それはグローバリズムの話→先進国がグローバリズムの中で第三世界と状況を共有しているだけなんだが)、
単純な話「高度じゃなきゃ先進じゃなかろうよ(笑」というようにだね、その時の政治判断はともかく言語の意味レベルでその方向・そっちへ変遷って図式は変わらない。
(低福祉でも先進って概念が成立するならば、所得倍増論的な底上げ的概念を並立しないとどこのどの数字が高度になるのかわからないんだが、民主主義社会においてそれが多数を形成可能になる事はあり得ない。仮に所得格差を拡大することで高所得の機会重視目的で社会福祉を切ったとしても、その中で高所得を獲得可能なのは数学的に一部階層となるから「そんな荒唐無稽な民主主義の数学的確率」はあり得ないからだ。)
時々政治経済の分析で「赤字財政」なり予算のバランスシート論的に「高福祉社会の継続があり得ない」みたいな論法もあるんだけど、これは根本的な間違いで「投資(=借入)」をベースにする経済学は生産性によりその借入を返済してもまだそれ以上にGNPが拡大云々の裏付けが無ければ「100%借金が増える仕組み」であって(これ小学生でもわかる話)、設備投資の拡大が可能な背景事情には「需要」ってものが必要なのであり人口増が見込めない先進国が借金体質になるのは、少子化や高寿命化などを背景にする社会構造が原因で、高福祉政策が固有に問題なのでは無い。
(保守的解決策は「少子化対策」だろうし、医療的解決策は「高寿命実現した医療界は70代の人間が能力外見ともに50代と同じにしなさい」ってことだろうし、根本的には「経済の需要がサービス産業シフト」するのだから「労働人口のロボット化公共投資と労働のフリー化」が究極の解決策になる。)

話は戻って、
そんなワケで「反動的現象」は発生する事あっても、大きな方向性には違いが無い。

個性化=違い=同質社会帰属性アイデンティファイ(共同幻想)と矛盾してしまう=個対個ベースがネットワーク化する形の自意識確立型のアイデンティファイ(アクテイブ型と言えばいいか)への切り替え無しに成立しない(ここ「自己顕示型」とは意味違うので間違えないように)。
(えーとたとえば「自分が建築好きでネットなり自由時間なりに建築関係の興味へ行動することで、自ら自分が建築マニアであることを知ってしまうというか、行動とアイデンティティーが同義になるような関係性」)
ザックリ言えば上記の流れなワケで、
自我の確認ちゅうか実存なるものはその主体性や自由により構造的に”成立しちゃう”というような形を指す。(なものだから先進国特有の話になる←高校授業料の無償化=全員高卒の保証←勿論拒否権付き)
反対に政治経済に話を戻すと、
反動保守(保守反動)が信奉した「市場経済主義的規制緩和」とやらも一部被っているんだよね。←なものだから一見市場経済主義が前衛にも見えたのかなと、
市場経済主義的な規制緩和は勿論『慣習法的共同幻想手続きの解除』を求めているのであって(なんつーか米国におけるリバータリアンのように)、根っこにあるのは国家主義的な概念(共同幻想)の否定なんだわね。これを保守顔した人が言うから話がややこやしくなるんですわ。
米国の場合も「リバータリアンがティーパーティーとなんとかでミリシアもついてきたよ」みたいなカオス状態なもんだから、何を言いたい人達なのかわかり難いってとこもあんだろうが、そこは『共同幻想崩壊過程の混沌』だから仕方がない。
(ここ本筋は「高福祉社会水準のセイフティーネットがあるので事業者規制的な規制は必要ない」というものでなくては実現性が無いのですよ。米国の古くから存在するリバータリアンは勿論ネイティブアメリカンであるインディアンから不当に莫大な土地を収奪した事により”仮想上”米国民には普遍的に分配される”機会”のようなものが米国市民普遍の既得権のような背景があったため。=フロンティア主義とでも言えばいいか、)
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posted by kagewari at 08:38 | Comment(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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