2013年01月10日

『幼児期の第一次反抗期』の認識に重大な瑕疵があるかもしれない

ひょんな事から気が付いた。
俺はブログのプロファイル画像ご覧のとおり『猫飼い(”ひつじかい”のように発音)』なワケだが、ネコってのは犬に比べておトイレの躾が必要無いからウンウンかんぬんを考えていた時(勿論この辺の話は副業柄「ペット可フラグ」で『犬飼い』の情報も入ってくるワケでして)、
「そういえばネコにはウンチハイだとかえーっと」などと思いだしていた時だ、

「ネコだっておトイレが汚れたままだとかましてやお部屋にトイレが無かったら大パニックじゃん」
「昔の犬は散歩=おトイレだから散歩の時間がとても大事だし、、」
(なんと最近は部屋でおトイレ済ませてから散歩に行くのがハイソな『犬飼い』の常識らしい)


あ れ れ れ れ 何だ これは?


ふと思い出した。
赤ん坊の育児において「オムツの素材やら(母乳とミルクがどうやらみたいな)論議無かったか?」
第三世界にメンタル事例がほとんど無い事(この社会状況の場合メンタルは皇帝病のような支配階層だけの話になる)、先進国ってのは育児における『共同幻想』的縛りって(この場合人権保護もからんで)やたら類型化されてなかったか?
欧米と日本の育児の違いにおいても「欧米は赤ん坊の時から子供の個室を用意するからなんとやら」ってあったよな、、

赤ん坊には原始歩行も原始水泳もあるワケだが、、、

フロイドなり岸田が確認した『エディプスコンプレックス』の論議は半ば人類の性のように「普遍的コンプレックス」であるかのように語られているが、
ほんとうにそうなんだろうか?
俺は個人心理学の専門で幼児心理とか門外漢なので詳しくこの辺をプルーフできんのだけどさ、
原始歩行を利用して(二足歩行は無理でも)「ネコのトイレ」のようなものを赤ん坊に教えれば(犬だってペットシーツが狭まる事を覚えるんだから)、0歳児段階でオムツ無しで自主的にトイレが可能になるのでは?
(流石にどっかの人権団体飛んできそうなので実験を奨励とかでできんけどさ)

フロイドしかり岸田しかり、事実上『エディプスコンプレックス』なるものは非常に外傷性トラウマとこれを補完する依存性愛から構成されていて、そのトラウマ(幼児が自主性の尊厳なりを打ち砕かれる)の中でも代表的なものに「自分でトイレにいけない」っつーのがある。
夜泣き含めて(フロイドではワザワザ口唇期やら肛門期なんてややこしい分類があるぐらい)幼児の依存性における現象ってのは「食うか排泄だろーよ」。
この時に、現代文明なら「便利な自立行動器具」だとかさ「2時間おきに好き勝手に自立的に適温で”飲乳”可能な器具」だとか開発すんの児戯に等しいじゃん。

■ザックリ言えば「生後6ヶ月以内にオムツ無しで自主的にワイルドなトイレを使う赤ん坊の可能性」→人類の幼児に普遍的な外傷性トラウマを与えてしまうことこそ虐待であるという考え方だよ。

「トイレを隠して成長させて、ペット程度の認知しかない生き物にいきなりトイレに行けとかどんな虐待なんだ」ってさ、
(しかもうまくできないと親が逆切れみたいな←こんな荒唐無稽な事は『猫飼い』も『犬飼い』もやらない。「そんな酷い」って思うから、)

母親がつきっきりで世話しないとみたいななんかさーゲゲッとくるような自己陶酔的世界を離れて、
「赤ん坊がこの部屋の暮らしを気に入ってくれるか否か試される」かのような(ペット飼いってここ大変気を使うからね)、サシの勝負ってか「平等感のある関係性」はあり得るんじゃないの?
(無理なんかねこれ、)
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posted by kagewari at 18:40 | Comment(0) | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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