2012年12月21日

あえて力動論みたいに心理的現象を説明してみる。

ぶっちゃけフロイド心理学的にはその着想から無理筋みたいになっている力動論なんだけれども(経済学的にやる方がベターだと俺は考えている)、現象そのものを追っかける形であれば少々”力動論っぽく”いけるかなとも思うのでいくつか試見で考えてみようと思う。
(アバウトな話なのでリアリズム的にはボチボチかもしれないが)

■この話のコアは「反動形成」だと思う。
「反動がついてあっちの方へ」の反動であり、振り子の法則そのままではない。
どちらかと言えばシーソーや計り(秤)で、どちらかの方に傾く事に対して不安係数があると(急ブレーキの法則)『反動つけてバランス取ろうとする』ちゅう原則だわな。話のキモは「結論傾きが反対側になって更に当初の反対向きの傾きを上回る傾きになるまでいってしまう」とこにある。
関数で言えば「反動形成”係数”」つーところか、
つまりこの反動現象は正比例では無くって、梃子の原理が効いて乗数効果もって反対側まで行くのであり(予見性と不安係数からそうなる:災害などに対する過剰な準備や暴力事件に備える過剰武装心理と若干似ている)、心理的には「反動つく形にならないと収まらない(納得がいかない感じ)」という事になるワケだ。

■簡単に言えば『そんな恰好で常に現実と心理的認知(感覚)に乖離が起きる』現象であり、誰にでも普通に日常起きている。
(カウンターとして逆説的に『自意識』が文法的対抗法で意図的に使う事も可能)
端的に言えば「ありもしない話であっちの世界まで興奮してしまう」とか普通に起きるんだわ、
これが日常起きる普通のなんでもない現象のひとつで、
(うーんたとえばカサカサ音に反応して脳内初期認知フォルダから「げっゴキブリか!」の単語が最初に引かれちゃうと、「ギョエー!!」って反応が(本当にゴキブリを確認する前に)起きちゃうとかな。←みたいな話はあちこちにある。)
ここも『唯幻論』の幻想なる部分の一部を構成している要素でもある、
※脳内認知は結局シミュレーションのような、或いは脳内バーチャルであって、リアルにリアルをそのまま認知なリする事は不可能であり←てか脳内ロジックにリアルを情報化して認知可能なフォーマットなりプロトコルにした時点で代用なんだからさ、脳内認知ってのは情報化されたコピーでしかなくリアルと乖離しているのが原則であって、ここに「リアリズム」として(事前に現実と乖離していることを前提に)その修正というかリアルの回復的な補助的ロジックを組み込んで「少しでもリアルの韻を踏んだものへ」と務めて機能するもんで、仮にその修正プログラムを走らせる事が出来ない場合「鉄板で常に100%脳内認知は現実と乖離する」。

■誰にでもっつーところは極論「人間に関わらず」と表現してもいい、
小動物なんかの防衛意識が過敏すぎるほどだし、哺乳類などの縄張り監視意識もご多聞に漏れずです。過剰認知によって現実から乖離するってのは自然界でも一般的に見られる話だと考えていい。
事実、ワイルドな環境の生き物とペット化された場合とで寿命が倍ほども違うのは、ワイルドな環境における動物なりの認知は(植物にもあるのかもしれない)、ごく自然に過剰化を織り込んでいて、現象としては『神経症』と判定されてもおかしくない場合も”ごく自然”だったりする。
(ワイルドな環境で寿命が短くなる背景は勿論衛生環境や栄養的側面もあるのだが、ストレスも有力な原因だと考えるのは自然。→自然界の動物は”絶滅危惧種だから保護しよう”なんて理由で棲家を移動されただけで死んじゃうとか普通だから。)

人間の場合、まーフロイド的に言えば(人類は性欲的側面で異様な進化を遂げており潜在的欲動値がそれ以外の霊長類の比では無い←終日繁殖期興奮下に自我がさらされているような状態)「はなからリビドーが半端無い」とかなので、あたかも人類は異常なストレス下で自我なり動機形成をやりくりしているようにも見えるんだが、
逆さに言えばだね、
このストレスは半ば慢性化しておりまして、他の動物とは比較にならんぐらいの『耐性』を獲得しているのが人間だとも言えるのだよ。
(そらワイルドまんまなら「キーッ!」となって町中で頻繁に殺し合いとかなっててもおかしくないんだから、)
人間なんてのは大航海時代じゃないが、自ら進んで得体の知れないところに冒険とか好きでやってるぐらいで、
 ↑
ここの動機形成も『反動形成』によるんだな、
(エベレスト登っちゃったりするのも)

つまりだ、
こう考えられないかね、生き物なんてものがリアルをそのまま認知する事は不可能な訳で(この場合物理や化学の法則なども含む自然科学全ての知識も必要なのだし)、「不安係数なり未知係数でも無知係数でもいんだが」これをロジカル(言語的)に『反動形成』って行為で置き換える事ができる機能それ自体によって、『乖離をのみ込んでいる』と考える事がでる。
そして、その乖離を主体的に飲み込む反動形成があり得るとしたら?
(エベレストでも大航海でも『自意識』が望んでバカさ加減も勿論知ってそれを選択したら?)
これをフロイドは『昇華』と言ったワケよ。
必ずしもリアルがリアルでなければならないって話では無く、
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タグ:自我 自意識
posted by kagewari at 23:03 | Comment(0) | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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