2012年11月03日

『共同幻想崩壊過程』の踊り場論

”踊り場”ってのはそのまま経済学用語だったりするので(上昇状態に入る直前の停滞みたいな意味)、専ら『共同幻想崩壊過程』における政治経済の推移がどういう関連となるのかって話。

現在の政治の停滞状況はまさに”踊り場”であり(これが”反動”にふれちゃう可能性は0ではありませんが信じたくない話だが)、様々な状況が『共同幻想崩壊』に応じる形で変遷してきている。

近代以降ぐらいは専ら経済と言うより政治でしょうかね、
『女性の参政権』『婚姻の自由』『義務教育制度の整備』『徴兵制の廃止』などなど、後にこれが高度経済成長期となり、
(心理学的にそれぞれの『共同幻想』でどこが壊れてるのかと言えば、)
『女性の参政権』は男尊女卑的な幻想の崩壊、
『婚姻の自由』は家制度の崩壊、
『義務教育制度の整備』は国民民度の上昇と同時に子供の人権の発現(それ以前の『共同幻想』では子供は実質私有財産扱い)、
『徴兵制の廃止』は共同幻想の本質である”近代的軍事勢力の保持”を『共同幻想』では無く”職業軍人”に任せる事であり(←これも賛否両論なんですけどね。本当に古い時代には”職業軍人=傭兵”みたいな意味で「ベルセルク(狂兵)」と見られた時代もある)、

勿論ここに『宗教の自由・憲法による法治国家』とかも含まれる。
■上記時代以前は王政神授説的に独裁者と宗教権威(そもそも原始宗教は『カオス状態』の民衆を独裁制帝国的に『共同幻想』をセットする動きを見せたようなそんざい。言いだしっぺの気のいい宗教者『単独者』だと思われだが、当時は天変地異への恐怖もあって神の概念抜きに語れない時代でもあり強大な帝国以外の地方で普通に哲学とか難しいワケで哲学思想がそのまんま『宗教化』してしまう素地があった。
こういった特殊な意味を持つ”王家による封建制度の打倒革命”がある。

(それはともかく近代以降に話は戻って)

次に
『サラリーマン社会』『大規模住宅的(団地)文明化』『高等教育の普及』『国政の軍事より経済優先の方針』などへ変遷し、
(心理学的にそれぞれの『共同幻想』でどこが壊れてるのかと言えば、)
『サラリーマン社会』は身分制度や階級制度から市民社会的な階層社会の台頭であり、『大規模住宅的文明化』は中産階級の台頭(これも階層社会関連)、
『高等教育の普及』は民主主義に大きく関わり(民主制は=『共同幻想』の自然な破壊装置であって、市民社会に織り込まれた”反抗機関”のようなもの)、
『国政の軍事より経済優先の方針』は(軍産複合体の話は例外として)、元祖共同幻想の根拠である覇権主義(富は戦争で奪うもの)が別次元に変遷した事を表していて(文明による富の倍増(戦力の拡大も同じ)の効率が戦争を上回る)、


次に
『男女同権』『高等教育が半ば普遍化(就職年齢の上昇)』『市民社会が各個に資産保有』『離婚率の増大』『戦争から言葉が”安全保障”に変わる』などへ変遷し、
(心理学的にそれぞれの『共同幻想』でどこが壊れてるのかと言えば、)
『男女同権』は性差における階級制の崩壊、
『高等教育の半ば普遍化』は高技能労働者社会を意味し、
『市民社会が各個に資産保有』は資本家と労働者みたいな共産主義的唯物史観の終焉であり、
『離婚率の増大』は婚姻制度が限りなく商取引などの一般的契約に近づいたことであり、
『戦争から言語が”安全保障”へ』はそのまんまだが、戦争が割に合わないので軍事組織の目標が(他国の侵略から)自国の文明社会を守る事に変化したこととなる。

そしてほぼ現代社会となり
『男女雇用機会均等法』『一定の失業率が構造化』『デフレ経済』『少子高齢化』『ゆとり教育の賛否両論』『晩婚・非婚化』『ブラック企業という言葉』『安全保障から戦略的外交へ』などなど、
(心理学的にそれぞれの『共同幻想』でどこが壊れてるのかと言えば、)
『男女雇用機会均等法』家庭における親権上の既得権的な父権の崩壊、
『一定の失業率』は労働のフリーエコノミー化の端緒である、
『デフレ経済』は成長経済からの停滞にも見えるが主に先進国特有の通貨の強さも原因のひとつなので何から何まで悪いってことでは無い(財政にとっては悪いので技術的にインフレターゲットが台頭してバランス)、
『少子高齢化』高寿命化とパラレルの関係にあり大人の実働時間の拡大でもある、
『ゆとり教育のなんとやら』上から個性化を制度的に準備しても無理なそうだんで、本来やるべきは学校制度のクラス(階級)運営の自由化だった。
『晩婚・非婚化』そのまま結婚制度の崩壊始まる(逆に法的に事実婚が婚姻関係としてて認められる)、
『ブラック企業という言葉』事実上権威性組織(『共同幻想』色の強い組織)への忌避・嫌悪感の現れである、
『安全保障から戦略的外交へ』軍事力が外交上のカードとなる時代(もうほとんど使わない前提)、

■おもいっきりザックリ並べただけなんだが、
ガタガタと壊れているのは論議の必要も無い。
「権威性の崩壊と、民主主義的個性化(個人化)」の方向性は疑いようも無い。
前段にある『保守的反動』の脅威は常にその時代その時代で派生するワケだが、それもあくまで反動であって、流れを逆に回す力は無く、
なんだかこういう話をすると、左翼の史的唯物論みたいに見えるんだが俺は左翼じゃ無いので悪しからず(笑
(左翼ってのはその思想はともかく、中央集権的な知的権威性って点で事実上「原始宗教の反動思想」みたいなものなので『宗教の仲間』と言えなくもない存在だから。)
 ↓
時代は左翼でも右翼でも無い「案外場当たり的な合理主義を求める時代」に変遷しており(市民社会の知的水準が(=情報量)昔に比べれば論議の集約速度が爆発的に早まった)、現代社会における右翼はほとんど「文化的な主義主張」に収まっていると言ってもいいでしょう。
なんつーか「政治を批判はするが自分が政権を取るみたいな話はしない」いう話だわな。
(その反面左翼がやっかいなのは、無理だとわかっても絶対政権奪取を目標とする部分を変更しないので、言説がイマイチ信用されないって部分がある。←ここ新興宗教に対する見方とほとんど変わらん。)

■リベラルも一概に左翼って意味でも無く、米国右派のリバータリアンも見方によれば改革派なのであって、時々マスコミが言う「政局では無く政策で」っていうのもだな、そういう意味不明の言葉では無く意図を社会心理的に翻訳すれば、
「権威的中央集権を間接的に意味するような政治的野心では無く、あくまで政策実現の方便として政治があることを証明する関わり」っつー局面に変遷してきているのであり、この時点で論議が政局(権力闘争)では無くなるので『右翼も左翼も無い』ってところに落ち着くのが「方向性」っちゃ〜方向性でしょう。

つまり放置すれば急速に『共同幻想』は瓦解するワケだが、
反動保守という意味では無く、政治は常にソフトランディングも考えないといけないワケで、政治の舞台が過激すぎるのは問題だが、与党も野党も「文化的には右派左派名乗っても”自称改革派”」という状況は方向性としてはアリな話。

■現在進行中の日本の政治におけるカオス状態も、
来るべくしてきた側面が大きいし、
これを停滞と考えるのは微妙に違うだろう。
「現状は『共同幻想崩壊過程』の踊り場状態だ」って見立てがいい線だと思う。


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タグ:共同幻想
posted by kagewari at 21:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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