2011年05月18日

『民主主義だったのだろうか』

ものは考えようで、これまで知られてきた”民主主義”は『民主主義だったのだろうか』。
衆愚政治であるとかポピュリズムの誤訳であるとかの何やら原理主義的話をしようってのではなくって、現実に政治の舞台でこれを制度として行う場合「なにがしかの制限を現実」として受け入れてきた。
『選挙制度』でああるとか『選挙権』であるとか『報道』であるとか『公職選挙法』であるとか『民度の問題』であるとか『流れができちゃう部分』や『政党政治』などなど、

随分昔いつのことだったか、ネット社会と民主主義の話を書いた時に「今後は国家民主主義が壊れるのではないか」的な話をしたと思う。原理は簡単で支持を集めるとか情報や政策を発信する上において”国外から”という可能性が大幅に拡大するからだ。
(そりゃ戦争の歴史においても”亡命政権”ってのはあったけれど内容は別物だから)
仮に支持を集めようと選挙活動を考える場合でも「海外のパワーブロガー」であるとかに訴えかけるも何もどこの国にお住まいですかな状況になるワケで→小選挙区→中選挙区→比例代表→全国区→グローバル域→インターネット社会へと、エリアがボーダレスになってしまうわけで、今後の世界は国家単位での民主主義はどうやって運営していくのみたいな話。

そんな話を考えていた当時に加えて現代社会には「500万以上のフォロワーを従えるツィッタアカウント」みたいなSNSも加わった(こちらの方が集票効果的イメージそのままだし)、
中東の政変にツイッターやフェースブックが大きな役割を果たした背景には、SNSにおける”口コミ報道性と拡散性”や”非拘束組織性””無料であること”など極めて『政治的なインフラ』的組成を高めてきた結果だろう。

そこにウィキリークスが加わった。
ネット社会到来によって選挙が変わるとかそういう矮小なレベルの話ではない(ネットを通じた選挙活動であるとか電子投票などにはたいした意味は無いと思う)、
■『民主主義のインフラそもものが変質した』という事なのだろう。
大きなトレンドとして底流に流れる『共同幻想崩壊過程』において、中間的にSNSがこれを補完し(仮想集合知)あたかも”クラウド”のような社会階層を解放系(オープンショップ)で実現している。
つまり大票田とも呼ばれた封建以来の各共同幻想分野(業界や団体やマスコミ的常識や流行や社会適応標語など)ゲゼルシャフト(地縁血縁ベースのゲマインシャフトが崩壊し近代以降利益合理性(やインセンティブ論により)再編成された社会構造)が『フリーエコノミー化した』わけだ。
ゲゼルシャフトの合理性というかそのコアは「社会と個人の財務・経済的内容」なワケで、
これが一気にフリー化すれば根底から瓦解するのは説明の必要も無い。

世界がドラスティックに変化するのであれば(エジプト的ハードランディング)それは一気に発端となったSNSまで巻き込んで自己崩壊し「単独者による民主主義」を模索されていくことになるだろうけれど(SNSは概念から単なるシステムに再還元)、それこそエジプトじゃないがハードランディングは「壊したがいいが新政権をどうしたものか途方に暮れる」のも事実であって、その”繋ぎ”的に「メディアとしてのブログやSNS」なる領域が(世界に流通するテキスト総容量比において)『暫定基準化』しているのだと思う。
※そもそもSNSも多数のフォロワーを従えたアカウントだけが極端に力を発揮するなど(そもそも個体評価では無くその集合性が力を拡大する)、単独者的世界から乖離する部分も多々ある。
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posted by kagewari at 20:16 | Comment(2) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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