2011年02月23日

『ロジック(言語論理)の罠』(1)

「自我はロジックでできている。」
(自我の振る舞いが”ロジカルである”って意味では無いですよ)
その是非論はともかく言語無しに自我は語れないのであって(乳幼児期における言語習得と「我思う的自我の成立」)、一見その反対側に「感情論」があるかのように誤解される事多いと思うんだけれど、そもそも語源である「ロゴス」の反対語は「ミュトス(神話であるとか人が語るお話)」であって、ロジックってのは自我の構造に関わるというかOSで言えばカーネルみたいなものに相当するものであって、感情を司る事は無いけれども”感情表現”を司る事によって(表現形式やその定義)結果論として相対的に感情を表現しているとも言える。
(誤解されそうなので補足すると表現の枠組みがロジック無しに形成されないって話)
(ロゴスを神であるとか世界の論理とする哲学的見方もあるんだけれどもそっちの話じゃありません)

誰しも「う〜ん」とか「え〜っと」的タイムラグを経験していて、
その反対に「直情的」なる世界もあるんだが、
果たして「直情的」は非ロジカルかって言えばそれも違う。
完全に非ロジカルなのは暴力的表現のような身体表現だろうか?って言えばそれも違うワケで(この辺はローレンツの動物行動学的話)、ダンスや武道などでそうであるように身体表現も芸術足りうるひとつの”言語”なのであって、そこにロジカルが無いのかって言えば「無しには成立しない」。
(ここも相当に誤解生むと思うだけれども「卓袱台返し」や「皿を割る」「何かを投げる」などに代表される行動もひとつの様式の中で発生していて←乳幼児の”暴れ”的な行動表現も表現するべき意図とのリンクがあるんであって→解釈性とリンクが一切無い行為は生物にはあり得ない。実存と関係性の無い生物の存在があり得ないのと同じに、)

まーいつもの事だけれど話を極端にする方がわかりやすいので、いっそ動物行動学的に考えてみよう。
社会性のある動物には自我があるだろうという推定を疑う人はいなだろうけれど(ペットを飼った経験ある人なら疑う人”0”でしょう)、自然界における野性的な自我も「行為の様式」を”見よう見真似”で経験的に獲得されるのであって、これはロジカルなワケだ。
犬で言えば「忠誠」や「降参」など観察によって明快に区分される行動の様式があり(犬の芸や躾と呼ばれる行動はその「行為の様式習得」のプロセスを拡大したもの)、”表現は習得されたロジックに左右される”のだとしたら個体差は何って話になると思うんだけれど、ここはフェーズが全然違う話になる。
犬の芸や躾の一部は主に上官(マスター)が命じる事で発動するので、習得されたロジックであっても個体差とは関係無い(あっても習得の個体差ぐらいだろうのように)。
 ↓
だから違うだろうって話になりがちだけれども、これは(マスターの指示は)動機形成とリンクが無いからであって自発的な動機形成と関係ある部分こそ個体差となる。

言うならば人間以外の動物の場合ロジカルである表現は必ずしも全てでは無いかもしれない(この点は観察したからといって確実な事言えないので)、しかし「忠誠」や「降参」など定番の(仮想普遍性として”共同幻想”と同等に)ロジカルな表現は逆に個体差となり難い枠組みというか構造の先にあるのであって、
(わかり難い話なんだが、)
■一定の枠や様式・形式に拘束される構造は成立している。

つまり、自意識主導の選択意図や意志の明快な「ロジックの選択」はその選択において個体差なり得るのであって、無意識的な(或いは共同幻想的な)枠組みは『そのロジカルの枠組み』に大きく左右される。
 ↑
ここに鬱構造やメンタルな問題が関与すると
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posted by kagewari at 23:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月17日

『共同幻想の揺れ』NHKの特集”無縁社会”はいい加減にしてくれ

各ブログ関係で例のNHKが何を考えているのかよくわからん特集を取り上げている。
秀逸なのは(経済評論家でいんでしょうかね)池田信夫氏の記事で、
コチラ
 ↓
「無縁社会」キャンペーンの恥ずかしさ
http://news.livedoor.com/article/detail/5340108/

(記事中の論点はともかく「馬鹿じゃなかろうか」的視点がポイント)
ハイエクも論じたように、どんなコミュニティも自生的秩序として維持されるかぎりにおいて続くのであり、コミュニティを政府が作り出すことはできない。個人主義にもとづく市民社会は快適ではないが、日本が自由経済システムをとった以上、後戻りは不可能である。政府の役割は縁を作り出すことではなく、個人の自立を支援する最低保障だ。未練がましい無縁社会キャンペーンは有害無益である。

さて、心理学的方向から言えば(もちろんですが俺もこんな番組は観てませんブログ伝聞情報ですよ)「流石に共同幻想エスタブリッシュメントもその崩壊に気が付いて揺れ始めている」って事に尽きるでしょう。

これを典型的に表す言葉が『屋台骨が(グラグラと)揺れている』、
構造的な崩壊って事です、
この現象が社会全般あらゆるところで顕在化してきている。
こういった現象を先取りするのは、社会現象としてはメンタルの問題であったり、個人で言えばジャーナリズムや単独者などとなるので、その次に所謂共同幻想の本体、ましてやその支配階層(エスタブリッシュメントであるとかノーマンクラツーラ)がこれに気が付くのにはタイムラグがある。
で「ついに(てか今頃)気が付いたの?」って現象です。

よって「無縁社会」なる番組の内容には殊更意味が無くて、
NHKがそういう番組を特集しているところが重要なワケです。
 ↓
共同幻想崩壊過程も山を越して終盤の大崩落みたいな状況に突入したというメッセージでしょう。

社会現象的には「オープンソース」「フリーソフト」「ハッカー」「フリーエコノミー」「フェアユース(著作権に対する自由度や転載の規定)」「ソーシャルコミュニティー」「クラウド型のなんとやら」「ネットワーク系のOS」「記録媒体の大容量化(低コスト化)」「モバイル通信端末の拡大」などなど猛烈に進行中の”広義のインターネット社会ALL”のような世界に展開中の現象の総和というか『大転換』が起きようとしてます。
何の大転換って共同幻想の崩壊と合理性部分の機能代替です。
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posted by kagewari at 01:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照

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