2010年07月12日

菅首相は(別の意味で)大丈夫だろうか

※実はこの原稿の大半は参院選前に書き始めてるので、最後の方に参院選結果とからめた話になってきます。

言動や表情、政策的な勘違いなど(特に政策的な部分に関しては学生レベルの経済学でも無理がある)、ここのところの菅首相は財務省がどうであるとか小沢・反小沢的権力闘争であるとかという世界で説明のつかない状況が見て取れる。
心理的視野狭窄というか『認識と現実との乖離』がこれ進んでいますよ、

同時にやっかいなのは官邸という場所はあらゆる情報が集まるように見えて政権内部でも孤立もしやすい場所で(要の官房長官である仙谷氏は必ずしも菅首相と気脈が通じているワケではなく党に対する権力基盤として必要だった人事)、視野狭窄の状況に陥るとそれを促進してしまう環境には違いなく、
参議院選挙の結果予測は難しいですが、
こっちの方は予測簡単です→「(菅首相で大丈夫か)リスクは更に進行しますよ」

消費税関連で支離滅裂な対応に追われる中、本気でちょっと前の発言が記憶に残っていない可能性もあって(喪失では無い→”あっちに行く”ような感じ)、
(※実はこの辺の心配は以前から心理学のブログで話しているようにオバマ大統領も同じ)

考えてみると困った事になったなんて話では無くですね、
現代社会の認知として「一国の首相なり大統領のメンタル」という部分は既に織り込まれているのであって(安倍首相にしてもそうなんですし)、”そりゃあるわ”って話なんです。
メンタルな問題は先進国においては心理学的に”常識”なのですから(文明化・先進国化の過程で必ず起きる)、驚くことじゃ無いのです。
むしろ反対に「一国の首相なり大統領なりに登りつめる人物はその過程で(バトルプルーフされ)自身の問題があればそこに(政策判断として)気が付く筈だ」と”うっかり勘違いしている”我々の心理の方が甘いって事なんですよ。
(すっかり第二次世界大戦前後の近代激動期の事など忘却の彼方で)

そもそも心理学的に政治家を志望する事自体大いに”反動形成”としてその心理的背景を考えるべき要素があるのは自明ですし、
世襲議員であるとかを多数抱えるこの”社会(政界)”には、それ系の話はむしろ一般社会より頻繁であって自然なのであって、心理学的に言えば「その反動的モチベーションが社会変革的な政策目標に帰結することで現実との接点が保持され同時に一般社会では考えられない旺盛なモチベーションを発現させる」という、一種芸術家の心理と似たような部分があるわけで、
(官僚心理には過度の共同幻想系権威性認知などの別の要素がある)
エキセントリックな部分や、少々の奇行があっても政治家ともなれば余裕で個性の範囲なんですが、それが現実との闘争(権力闘争であっても可)としての政策に帰結するのでは無くて、現実と乖離する方向にいってしまうと”なんせ仕事が一国の政治”ですから、政治の舞台では『側近の直言』などが重要になります。
むしろ政治の社会ではそういう組織論が(リスクヘッジとして)重要だったりするワケです、
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posted by kagewari at 06:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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