2008年08月29日

だったら『現実適応』が何かと言えば、、

いかにも「現実と現実的」との関連で誤解もありそうなので、
ここも軽く触れておこう。

現実と現実的の”的”がらみの違いの話は以前もしているしHPのテキストにも関連する記載あるんだけれども、
http://kagewari.seesaa.net/article/4091298.html
http://kagewari.seesaa.net/article/47394675.html
(他にも多数あると思われ)

フェイクとしての”的”なる抽象概念としての「現実的」なる言葉は使い方によっては「そのまんま強迫性の連想キーワードにもなり得る代物」で、『推定される妥当性』のように厳密な用途で使わないと「現実(REAL)そのもの」と混同されるので困る。

ここで言う『現実適応』ってのは”自我の時制の一致”を現すもので、
簡単に言い換えれば
「自我の内部時計は当事者として常に”今”ですか?」って話ですよ。
これでもわかり難いと思うのでさらに解体すると
「主体認知として過去の葛藤や象徴的記憶や象徴ともなる不快等、その複合的固着(コンプレックス)に始まる興奮が、現実を認知する世界や視野ってものを偏向させたり、余談や与件化のような”きまっている口調の”固定観念で強迫する前から構造がまんま強迫的になってやせんか」という話です。

現実を認知する尺度として『自我の時制としての現実適応』をテーマにしているのであって、「あなたの発想は”非現実的だねぇ〜”」のようなトンチンカンなアホ話に登場する「現実的」なる言葉の世界と、これ完全に違うんだと(笑
こういう事です。
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posted by kagewari at 17:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月26日

社会適応ってのはそもそも何だろね(2)

前回は日本特有の「社会適応」なる記号の背景と共同幻想のからみの話になっている部分を引きついで今回は精神分析としてこの記号の意味するものを深いところで考えてみたい。
言語として”適応”の部分を抜き出してみるとそこには「何らかの対応や変化」を前提としているのが汲み取れる。モデファイや調子を合わせる形で”応じる”話なんだけれど、この話は常に結果と目的が倒錯しがちな概念で、「適応すべきマターか否か」は自意識の自己決定を前提とするから本来「どっちでもいい」のが基本になる。

与件として「社会適応」が目的化されるのは自意識選択が「社会協調型の共同幻想導入自我タイプ」である場合に限った話で、この場合も本筋としては「ナチュボーンに協調型人格となる経緯で自我のバランスができちゃっている=特別メンタルな悩みが無い=所謂記号としての普通の人」を”説明する様子”なのであって、
なんだか知らない内に(特にこの部分は日本特有)「社会適応をデファクトスタンダードであるかのような誤解」を生んでいる。

この話を又ぞろ”誤解”されちゃうと困るんだが、
「社会適応」を否定的に見ているのじゃない、「特別関係無い」と重要視する必然性がどこにも無いって話。
社会をネットワークとして見るなら、そこでコミュニケーションが成立していれば社会と個人は既に有機的に構造化しているのであって(この辺都市計画や建築におけるメタボリズムともかぶるとこだけれど)、そのネットワークに対して”最適化”する必然性は根本的に存在していなくて、最適化が必要なのは「会社のセキュリティー重視の閉鎖的プライベートネットワークのような排他性のある個別特定ネットワークに限った話」になる。
そもそもネットワークにおける言語であるとかマナーであるとかの部分は特段”適応”という概念を当てはめるような話じゃないし(知識とか経験的要素)、むしろ重要なのは「コミュニケーションにおける能動性や自立性」となる。

となるとだよ?
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posted by kagewari at 21:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月19日

社会適応ってのはそもそも何だろね(1)

元来精神分析的にはいいとか悪いとかの概念が無いので(フロイド心理学は『快不快原則』だから)、社会適応を云々する事は無いんだけれど、
一般的認識のメンタルな問題で頻繁に出てくるキーワードなので考えておかなくちゃいけないテーマでもある。
※適応障害とかって言語も心理学的概念は意味が微妙に違う

『社会』それ自体には特別な意味は無いけれど(言うなら”ロジカルな集団”とでも言えばいいか)、近代以降の日本の場合「江戸時代には『社会』って言葉は無かったらしい」ので、この『社会』って言葉を語る上で「余計な尾ひれはひれが明治近代にくっついている」と見た方がいい。つまり「それは共同幻想的記号だろう」って事。
詰まるところ富国強兵(今でいえば経済成長主義)に向かうべく大改造を行ったこの国が”意図的ベクトル”を背理に含んでいただろうって事は説明の必要も無いだろう。

特にこの国の場合強度の官僚”社会”でもある。
実は明治維新等というのはそれほど立派なものではなく、その大半は事実上『関が原の戦い』に負けた西軍が東軍=徳川に逆襲したって権力闘争だと見る事もできるんだけれども、海軍大臣は勝海舟だし、陸軍にも徳川的メンタルが温存されたので(特に日本陸軍の”戦”のやりかたは戦国時代とそれほど大きな違いはなかった→下手すると信長の軍勢の法が戦術的には近代戦に近かったてな話もある)、政権の実体は「将軍家の無い”官僚”という名のサムライ幕府」には違いは無いのだと考えてもいい。

ここが「日本の実体は”社会主義国”だ」なる論旨のコアとなる。

つまるところ明治でもっとも著しい改革は「幕藩体制」なる地方分権社会(お国といえば地元でそもそもこの国に国家の概念があったのかといえばそこも怪しい)を強権的に中央集権国家としてでっち上げた事に始まる。
この革命に天皇家を”利用”した事は当時の伊東博文辺りが自分で認めているんであって、明治の朝鮮出兵(征韓論→西郷は外交路線を考えていて戦争に反対なんだが、当時の明治政府は尊王攘夷の流れのまま出兵みたいな話になる)も『明治政府=西軍=秀吉の朝鮮出兵』と考えるとわかりやすい。

ある意味旗印の「豊臣家がなかったので京都の天皇家がみこしとして担がれた」的見方をしても極端に的外れじゃ無いでしょう。
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posted by kagewari at 23:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月08日

ルノアールが事務所化している

東京で”喫茶ルノアール”と言えばモバイルPCの電源使えるのと無線LANの実装の喫茶チェーンとしてでお馴染みだけれども、流石サラリーマン御用達で(俺は通信カード指しなのでLANは使わない)、長時間の滞在も比較的緩い雰囲気で気にならないし営業時間も長いので、外で活動している事が多い人間にとっては掛買いの無い存在になってます。
(といっても1時間もいたら”コーヒーおかわり”しますが、)

結果的に仕事と言えば「さてルノアールか」な状況がすっかり身に付いてきてしまって、事実上モバイル事務所化しているとも言える。
このルノアールの利用がすっかり日常行動に織り込まれてしまっているものだからいけない。
以前実家(北海道)に帰省した時ルノアールが無いものだから激しく不便で、PCのバッテリーは気にしなくちゃいかんので落ち着いて原稿も書けないと「ルノアール欠乏症」ともいえる状態に。。

そんなルノアールなんだけれども、チェーン店なのに微妙に各店で内容が違うのが面白い(コーヒー一杯の値段も確か微妙に違う筈)メニュー的にも「なんか微妙にサンドイッチ違ってないか?」等、このチェーン店らしからぬところが面白い(笑
田町から白金から恵比寿から代々木から新宿各店や阿佐ヶ谷に三鷹に秋葉原と池袋東口等各店これが微妙に違うんだな、仕事のしやすさも違っていてこの中だと”代々木最強”か(後目黒の系列cafe Miyamaもあるか)、

困ったことにこういう暮らしをしていると、
「ルノアールに行けば仕事がはかどる」
これが与件化されてしまい、その反動で自宅や事務所にいると「さっぱり仕事しない」という現象を引き起こしてしまっている。妙なところで怠け癖が、、、
元来ネットでくだらない調べ物始めると(まぬけな宇宙人ネタとか→”これ”は笑えますよ)余裕で徹夜するような馬鹿なところがあるもんで、怠けているようで「全く関係無い事で大忙し」なのは違いないのだが、いやはや自分ながらこの傾向には閉口しだしている。
ルノアールにいかないと仕事にならないのじゃね〜(笑


昔18年JAZZ喫茶に通った経験からか(学生時代はほぼ毎日に近かった)、すっかり”喫茶店における自分”なる肖像が人格にできあがってしまっているのだから仕方が無いかと、半分諦めている。
現実喫茶店の少ない街にいるとどうにも落ち着かないのであって、都市型生活からは抜けられない、これも都市構造論的な”社会性”でありアイデンティファイ意識でもある。
それを「社会適応」とは呼ばないが、

言ってもね、考えて見ればそもそも「社会適応」なんて言葉は言葉としておかしい。
思い切り話し逸れちゃっているけれども、次回はその辺考えてみよう、
posted by kagewari at 11:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


『住まいの心理学』
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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照

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