2007年06月22日

『賭けと夢』

最近、「人生は賭けである」って事を考えされらる話がちょっと続いて、いろいろ考えさせられた。
これ出所は”パスカル(Blaise Pascal)の賭け”らしいけれど(哲学者にして数学者:三角形と気圧の人)、これ引用するとですね

http://www.nagasaki-gaigo.ac.jp/toguchi/tog_essai/uzushio/pari.htm
「神は存在するか、しないか。きみはどちらに賭ける?」
「いや、どちらかを選べということがまちがっている。正しいのは賭けないことだ。」 「そう。だが、賭けなければならない。君は船に乗り込んでいるのだから。」
すでにこの世に生きている以上、この勝負を降りることはできない。賭けないということ自体が、結果的に一つの選択となるからだ。

賭け金は自分の人生である。神が存在するという方に賭けたとしよう。勝てば君は永遠の生命と無限に続く喜びを得ることになる。しかも、君の人生は意味あるものとなるだろう。賭けに負けたとしても、失うのものは何もない。

反対に、神は存在しないという方に賭けたとしよう。その場合、たとえ賭けに勝っても、君の儲けは現世の幸福だけである。死後は虚無とみなすわけだから、そこで得るものは何もない。逆に負けたとき、損失はあまりに大きい。来世の幸福をすべて失うことになるからである。

引用『パンセ』(1670年)

なんだかこれがっすね、すっかり数学者であるパスカルが気でも触れたか宗教に傾倒している困った話みたいな理解もあるにはあるんだけれども、これって『夢(幻想)』との対比で考えるとえらく違った意味の哲学的テーマになる。(これを宗教系の話で引用している人もいるけれどもそれは違うくないかと思う)
心理学的に言うなら
「賭けとはリアリティ(現実”的”という非現実)という幻想に自我が非理性的に関わる事で、ここで言うところの非理性とはリアリティの定義する”的”なる幻想性に対する理性的回答である」って意味になる。
つまるところ、人が思考した次なるイメージは決して現実でも真実でも無いのだけれども、これに賭ける(所詮バクチ程度の実存でしかない)からこそ、その未来の曖昧さは自我の関与によって実存(現実)する」
※賭けた瞬間イメージの時制が現実化する。
(自我の立ち位置は現実化の中心に当事者として実存)
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posted by kagewari at 20:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月13日

情報格差と人格構造の関連性

すっかり格差と言えば論議が所得格差って話になってしまっているんだけれども、ついこないだまでの論議の中心はやっぱこれ『デジタルでバイド』つまり情報格差の事だ。この情報格差の時の話ってインターネットそれ自体がボーダレスの存在だったものだから話は「PCが使えるか」とか「ブロードバンドのインフラは」なんて感じに年齢階層や国家レベルの公共工事の話になっていたけれども抜け落ちている論議がある。
”地域格差”だ、

ボーダレスのインターネットに地域格差ってこれおかしいでしょうな意見も聞こえてきそうなんだけれど、これは実際に実存する。
何故って利用者の人格構造とインターネットの利用には相関関係があるからだ。
誰しも経験があると思うのだけれど、それこそコスモポリタン東京みたいな大都会と地方における一般常識にはやはり随分と乖離がある。
「東京じゃ晩婚化は常識」でも「地方じゃ東京の晩婚化は非常識」であるケースはやっぱ多い。
即ち所属している個人が置かれている環境そのものが違っているのであって、当然その母体との関係無しには語れない個々人の人格にキャラクターの違いがある方がむしろ自然だ。
ここいらへんを考えるにあたっては、社会学的に考える方が話が早い。

社会学だと、共同体の分類としてこの辺のキーワードが出てくる。
ドイツの社会学者フェルディナント・テンニースが勝手に命名してるって言えばそうなんだけれど、あまりにも有名。
『ゲマインシャフト(Gemeinschaft):地縁・血縁』
『ゲゼルシャフト(Gesellschaft):近代社会』
言っちゃこれ社会学的な発展形態の変遷の事で、近代以前の封建国家時代には社会の基本構造はゲマインシャフトであって、都市や企業を含む社会の近代化によってこの構造はゲゼルシャフトへ変遷し、構造的に変化するってこの話は定説ってか社会学の基礎。

ところが、社会なんてものは一糸乱れる民族大移動みたいな話にはならないんであって(むしろこの傾向は第3世界の方が顕著)、地域差ってものが生まれる。
これを「地域格差」と呼んでしまうとあたかも経済的な発展に遅れをとって同時に社会構造の変遷も起きない社会はランクが低いかのような誤解を与える、なんせ本来経済や社会の文明的進歩などというものは、当事者の選択によるものであって、この際経済的利得とはそのインセンティブであるに過ぎない。
つまり、地方には今でもゲマインシャフト的社会の色彩が色濃く残り、都会で社会といえばゲゼルシャフトが常識である現実は否定できない。
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posted by kagewari at 19:10 | Comment(2) | TrackBack(0) | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


『住まいの心理学』
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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照

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