2006年10月22日

ノスタルジーと「被(こうむる)」

そもそも脳内のイメージで現実認知を行っている人間にとって(認識がダイレクトに行動選択に繋がると考えるのを本能と定義するなら)、現実をリアルそのもので認知する事は不可能だし、それに意味も無い。
問題提起としては、この「現実感覚の”時制”がリアルであるか?」となる。
どういう事かというと自立的判断を行うフェーズは常に脳内の前例(判例)主義に照らされ経験的に合理化されてるのだけれど(新しい現象が起きれば「驚く」ワケで)、この過程で極端に強い印象や感情的に整理のつかない事象は複雑に絡み合い(=コンプレックスやトラウマ)前例照会の時点で、フラッシュバックのように不快なストレス信号を送る。

ここまでは、特段真新しい話じゃないのだけれども、全体の構造をもう少しわかりやくできないかとイメージのモデル化を考えてみた。
この構造全体の在り方は『惑星軌道のそれ』と良く似ている。

前例主義の不快ストレスが、時に時制を誤認させる。
果たして、現実認知の内容が一時反射的な前例照会の時点で「これは適応事例か?」の判断がおこなわれる前に、あまりの不快(パチンコ依存等の快感再現も同様の構造)再現で、「同じ事が起きた」と誤認してしまうのが投影なんだけれど、ここで「果たして適応事例か」の判断が遅れると一時的な感情を既に体感済みであるため(感情的な状態)、冷静に後追いで検証が履行されない。
つまり、下手すっと気持ち的に「前例の一次体験時代へ自我は時間的にも後退する」のと同様である。これが”ノスタルジー”だ、
もっぱらこれだけの支配的な印象は、大人になってからの事件性トラウマを例外に幼児期に起きているのであり、同時に幼児期というのは全般に(保護され主体的な判断の必要も無い時代なので)無条件に快感認知されているケースが多くなるため、この退行現象は複合的(コンプレックス)なものだと考えられる。
■「不快認知の時制と快感原則の誘惑がどっち付かずの状態で現実認知から自我を過去へ引っ張る」
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タグ:メンタル
posted by kagewari at 20:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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