2006年07月27日

事件性について考えてみる

本当はこう言う話は誤解を生むのであまり話したくない部分もあるんだけれども、内容が内容だけにどういうことなのかって検証は必要だろう。
つまり、精神的な脅迫(強迫)構造が関係していると思われる「家庭内殺人事件」に対してだ。
本来精神的な悩みを持つタイプの人格構造の犯罪発生率は、総合的な犯罪発生率より低く犯罪や事件性は精神的な悩みに直接関わるものでも無い。
ただ、事件性のあるケースは報道内容等から若干でもパーソナルな情報が表に出てきたりTVメディアなんかでもどこから連れてきたのか「犯罪心理学専門家」なるコメンテーターも盛んに登場する。さながら番組内で「事件の真相は」=「被告・容疑者の深層心理は」なんて話になる事も多い。

最初に「そもそも事件性」というものを整理しておきたい。
個人的主観だが「刑法39条(神喪失者の行為は罰しない・心神耗弱者の行為はその刑を減軽する)」には反対であり、少年法についても同様の考えを持っている。結果責任や当事者認定は当該者にとって最も重要な「権利」であって、これを「何人も侵害(「当事者責任無し」等という)する権限を持たない」という考えから、
そこを前提に後述を読んでもらいたい。

事件性には法的なものと、普遍的なものの二種類あるだろう
名文法文化において、その法律は立法・司法・行政当事者それぞれが機能して成立してる『時限的合意形成』なので、普遍性は無い。むしろ「量刑に対する取り決め」と考えておけばいいだろう。
重要な部分は普遍的事件性になる、
人類の性善説とか性悪説って論法から考えてみると
まず「んなもんナンセンス(笑」
この世に善も悪も無い、神様が「これとこれが善デース!」とでも絶叫するなら有り得るかもだが、そういった絶叫を俺は聞いた事が無い。この辺は仏教思想(非宗教的な)なんかにも同じような考えがあって、実存主義哲学の同じ流れ。
そもそも「善と悪を判断する当事者とその正当性を普遍的に担保する根拠」ってなものを定義する事は不可能だからだ。

だとすると、普遍的な事件性ってのは「不自然な現象に対する謎の動機形成」と言うことになる。
何故なら自然(妥当)な動機形成に基づく行動なら事件性が無い事になるからだ。
ってことは、確信犯的な(商売ととしての)犯罪を除く『事件性』とは、何らかの精神的な問題に起因している事になる。
間違っちゃいかんのは、精神的な脅迫構造は全人類に普遍なもので、そこに程度の度合いがあるだけ、
フロイド発見のエディプス・コンプレックスは普遍的な概念であって、個別事例の話ではない。
この脅迫構造をどんな概念でバランスさせるのかって世界観(や『共同幻想』)で各種文明や文化があるのだから、
さて、そうなるとこの事件性はどんな分野に関わるものなんだろうか?
一般に脅迫(強迫)構造は『被(こうむる)』という受身の形を持つ(これが精神的な悩みを持つ人の犯罪発生率が低い理由=内向化だ)ので、能動的(加害)な行為になる事件性についての動機形成は「何らかの反動形成の結果」を見るべきで、「一義的な動機ではない(本旨ではない)」事になる。何故なら内向性と能動性は対立概念だから。

そんな背景でも何故事件は起きるのか?
事件性の典型例は「戦争や革命」だろう、ここに共通するのは「現状に対する拒絶」だ、受け入れがたい現状を自分なりに考える現実の世界から見て「大事にするべきものっていうより、個人的には迷惑である」って感覚になる。
これはとても説明の難しいもので、
本人の感じる現実感が内向的傾向で偏っている時(偏りがないと「葛藤を無意識に抑圧する事はできない」)、構造的に現状に対する「敬意」のようなものは後退する。わかりやすくいえば「どうでもいいもの」、
実際こういう構造自体は何ら事件性に関係無い、
現実を拒絶し、批判的(実は自分自身の実存を批判している)に内向化する結果になるからだ。
この時、膨張する無意識の抑圧が大きすぎると(葛藤の内容的に)このストレスの代謝を仕事にする自意識は「社会や現状に対して批判する自意識単体が“そのストレス代謝的動機形成”を肯定的に過大評価する事がある」、
つまり、「抑圧が浅い(抑圧構造の安定感が弱い)」ため、感じるストレスもダイレクトに近く、薄々自意識にもその内容に自覚があるため、これから距離を置くために極端に「内省的思考を避け、外に問題がある事を証明するために事件性が必要になる」と言えばいいか。
不条理な話になるんだけれども、事件性で補完しないとリアリティー(現実らしさ)が担保出来ない。
そうなると、構造的に事件性そのものがストレス代謝の対象となり、基本的にこのストレスに従属的(構造的に抵抗力が弱い)な自意識にはこれを覆すロジックを「想像できなくなる」。
問題の外部化によって、偏った人格構造と現実をバランスさせて「実存その物を肯定しようという試み」と、見てもいい。

能動性はモチベーションによって引き起こされるのだから、これが自発的なら(人の欲なんてたいしたもんじゃないので)ここに事件性は結びつかない。つまり、一般的に先進的な悩みを持つ人は「パーソナルに悩む」んであって、事件性とは無縁だ。
しかし、このモチベーションが「構造的」だと、その中心(当事者)を自分ではなく「社会として」発現する、
言葉として壊れてしまうんだけれども「社会的モチベーション」、
これが可能なのも、自意識を従属させ葛藤要因を無意識に追いやる原動力が「道徳の形である」部分が関わっている。
つまり、個人的(個性的)自立性を従属させる事ができる概念は「公共的」であり、必然として道徳的形(フロイドで言うなら『超自我』)となる。
皮肉な事に「家族内殺人事件」の構造は、パーソナルな動機形成というより「家族という小社会の、社会性を動機として起きる」。
それは、現代社会において「既に家庭はパーソナルな単位ではない」証明なのだろう。

『道徳的形』であるからこそ、容易に犯罪のハードルを越えてしまうのだ、
posted by kagewari at 05:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月12日

北朝鮮問題を考える

ザクッと心理的なことを考えれば金一族をめぐる家庭環境はお世辞にもマトモではない。心理学的にも、その後先進国の核家族にその現象が見られるようになる『葛藤や脅迫(強迫)構造』は、元々が特権階級における特異な現象だった。
強いエディプスコンプレックスと対象性を持つ反動形成を原因とする『覇権欲求』や、極論『世界征服願望』。
この辺が伊達に専制君主としての権限を持つと洒落では済まされなくなる、
元来権威の外部化に成功していた文明では(ナチュボーンの政教分離)、文化としての宗教的な理に王が従う形になるので、王家ですら強固な共同幻想に保守されていて、精神的な強迫構造が発生する頻度はそうそう高くない。
文化的に特権階級意識が強い中世のヨーロッパでは、政教分離(教会は独自に強大な権力を持っていたので)があるにせよ、問題のある貴族によって紛争が絶えないのだけれども、当時は国家の概念も今ほどではないので、「○○家と○○家の戦い」みたいなもので当時の兵士はそれぞれの王家に雇われた傭兵なので、戦は長期化したけれども国家VS国家の構造ではない。

んなもんだから、ヨーロッパにとって第一次世界大戦は衝撃的で、欧州の宗教革命以降国家権力なるものが一義的な権威となった結果教会の権力を根拠にする政教分離は形骸化した(宗教の権威性が失墜した)とも言える。
ある意味国家権力は、宗教的権威をも内包しここに「独裁者」が登場すると=「強迫構造を持つ人物」を意味していると言ってもいい。
※そもそも独裁国家は、その独裁者が自分の希望で政変を起こして発生するもので、自然発生的な独裁国家は存在しない
第二次世界大戦の日本の環境を見るととてもわかりやすい、
西欧列強と対峙するために、国家権力の権威性幻想を「日本は意識的に演出した」
これ心理学的な実験に近い。
結果何が起きたのかと言えば、国家構造における反動形成を助長する構造ができあがってしまい、脅迫的な欲求を国家の覇権主義が吸い上げた。
第二次世界大戦は、勝者と敗者を分ける戦争で、この覇権主義的な国家は勝者においてさらに拡大した。「アメリカとソビエト」の登場、皮肉な事にこの両者は「核兵器による抑止」によって、以降直接対決する事は不可能になり、経済的な拡張を争うしかなくなる。当然これでは欲求不満に繋がり、アメリカとソビエトはガス抜きのために代理戦争や地域紛争に介入する、
この冒険主義は、ベトナム戦争に象徴される挫折によって双方によって終焉を迎え、ソビエトは経済的覇権の敗北を原因に崩壊しロシアに先祖がえりした。(覇権主義のダメ出しが足りなかったロシアはチェチェン紛争によってダメを出した)

現在アメリカは、金融や市場原理というようなもので覇権を握っている状態で、反動形成を実現してしまった状態にある。
神経症特有の不安から、テロリズム等による攻撃を恐れ「本気で正当防衛の前倒し」として軍事力を行使する国になった、
あまり重要視されていないけれども、アメリカはクリントン政権時に軍事的な欲求を合理化する方法を模索している。
この時アメリカは国連に賭けた、
本気で国連の要請で、内戦に苦しむアフリカの平和維持に軍事力を使うんだけれども、ここで大失敗する(ソマリア「ブラックホーク・ダウン」)。
現実問題世界大戦規模の戦闘行為を行う動機形成はアメリカには無いし(経済的な覇権という世界がかなりの反動形成を吸収している)、それに堪える動機は世界的にも無い。イラクで他国の援助を必要としていたのはマジな話で(第二次世界大戦直後なら戦闘行為に干渉される事自体拒否しただろう)、現在のアメリカを評すとするなら「攻撃はしたいが戦争は御免だ」という状況にある。

国家の権威が「デフレ」によって崩壊するのは、上記の構造による。
デフレ後の本格的な先進国には国家が反動形成を吸収するような構造を持たないので、精神的な問題は各家庭の範囲にスケールダウンする。
ここいら辺をわかりやすくすると、権威が外部化され文化として固有の伝統を持っていたり、国家が反動形成を吸収する構造があると、権威は見かけ上普遍的(幻想)になり各家庭における権威性はあまりにも矮小なので、何か不安感があったとしてもこれを隠蔽(社会的地位や所得なので隠しようが無い)しくいし「家庭」そのもに対する親の不安も少ない(家庭の雛型がはっきりしている)傾向を持つんだけれども、これが文明化の結果によってそのメッキが剥がれてくると(そもそもが幻想なので)「スケールダウンした家庭内問題」となる。これが先進国特有の心理的な問題の背景だといっていい、ここからわかることは「情報公開と透明性」こそが切り札であるのがわかる。
話は逸れるが、デフレ後の日本は所得の順列ですら社会的地位を意味しなくなっている(偶然就職先が倒産すれば元エリートでも再就職は難しく、貧乏でも知識階層だって事も珍しくない状態だから)ので、社会の風通しはかなり良くなった。現在起きているのは「過去の権威性の残滓」のようなもので、これは社会現象としてのノスタルジーと考えてもいい。

さて、そんな中で北朝鮮のある特異な家庭が、現在独裁者として国軍を率いている。
その軍隊には、通常兵力の全面戦争を遂行する力が既に無い(石油を含む物資の不足)が、「噂段階の核」と「弾道ミサイル」「ゲリラ戦専門の特殊部隊」を持つ。
この先進国の時代に、近代国家が共存しているようなものなんだが(中国ですら先進国化の過程にある)、国際的にも重大な不安定要因であるのは間違いない。精神的な葛藤や脅迫(強迫)構造が発生しやすい環境であっても、必ずそうなるものではなくあくまでもそれは「情報伝達や認識における緊張感」のバランスで決まるもので「確立が高い」という話に過ぎない。
しかし、国家自体の構造に権威的反動形成傾向があるなら、その権力者が自分の意志だけで政策決定する事も不可能になる(弱腰と呼ばれたり、2.26のようなクーデターまがいの事件が起きたり、ナチスのような勢力が台頭したりする)。
今の北朝鮮にはこの両者のリスクが共存している、

この問題を合理的な政治的発想で考えても結論は出ないだろう、
損も得も、国益もへったくれも無いのだ(第二次世界対戦下の日本の対米戦もそうなんだし)、
国家の構造自体にリスク要因があるのだから、

心理的な意味でも、現在の朝鮮半島の環境は非常に複雑だ。続きを読む
posted by kagewari at 16:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月05日

オシムはノムさんか?そして中田引退

弱小チームの再建にかけては名人、よく似ているのじゃないか?
オシムは茶髪は禁止とは言っていないが、「頭を使って」って部分や「強いチーム相手にも本気で勝ちに行く」なとこは良く似ている。身体能力を大事にする部分も同じ(ノムさんは「足が速い」「球が速い」「守備が上手い」「異様に野球が好き」に突出した選手を使う)、経歴やキャリアや才能だけでは選手を判断しない。
ノムラ語録ならぬオシム語録まである
この二人の共通点は何か、
ってか、忘れがちな話だけれども「弱小チームの選手の心理」ってのを忘れちゃいけない。
ここは、ノムさんがタイガース監督時代に実績を上げられなかったとこが参考になる。野村監督がマスコミのバッシングで辞任した後タイガースは星野監督で優勝するんだけれども、ともかく野村時代には巨人相手の対戦成績だけは良かった。
つまり「エリート意識ではなく自分達が弱小であると認識がある方が結果がいい」(これは反面タイガースの選手には巨人以外のチームに対してはエリート主義であった証明)。
つまり、強いチームに向かっていくという心理は「弱小チームに今自分が所属している存在意義と重なる」からだ、
当然、弱小チームに所属している二流選手的な見方は当事者に面白い筈も無く、そんな時に「このチームで勝つ」とマジな顔で言われれば、心理的には弱小チームの方がモチベーションは高くなる。
そもそもスポーツ等というものは、勝つのが面白いのであって、負ける為にするものじゃない、
ここを前提とすると、
「他球団をクビになったベテランを再生」とか「身体能力の高い無名選手の起用」とかが心理的にもハマルってのがわかってもらえると思う。

さて、今の日本代表は?
どちらかと言えば『エリート主義』
WBC野球の日本代表は「パリーグとイチローのチーム」ここにエリート主義は無い。
よくイチローと比較される中田は?
同じ孤高の存在だが「イチローは今回チームを引っ張り、中田は結果的に浮いてしまった」そんな評価があるが、恐らくそれは180度間違っている、
WBC記者会見でのイチローの発言は微妙な国際関係に影響し、むしろ外国メディアに大々的に報道され極端に言えば失言だった、
極端なガッツポーズも紳士らしくないという文化を持つ野球ってスポーツからすれば、これはWBCチームの目玉として相応しい発言では無かった、
同時に、同じ感覚を持ったチームメートもいただろう。
それに比較して中田の発言はとても慎重で、失言も無かった、
むしろ「このチームでは勝てない」と苦言を呈していた
実際WBCでのイチローは「勝たせてもらった感」があり、そんな尊敬の中心という存在こそがチームをまとめてきたと言える(その意味でNYの松井がいない事は幸運でもあった)。
しかに、サッカー日本代表の選手達には中田に対してのライバル意識すらあっただろう。野球と違って「明解に数字の差が見えないサッカー」は、なかなか「今の自分の実力」を冷静に判断する事は難しい。

ある意味試合を見ている観客にだけそれがわかった。
誰が見ていても、チームの中心は「圧倒的に中田」であり、日本代表を応援していた人達の気持ちは「中田に引っ張ってもらいたい」という気持ちも強かった、

その中田を日本代表は孤立させてしまうチームだったのだ。
WBC日本代表を引っ張っていたのは宮本であり、和田だった、この二人のそれぞれのリーグのベテランがチームを引っ張り、優勝に繋がる原動力は若いロッテの選手や松坂上原という投手の柱であって、実際の試合でチームを引っ張ったのはイチローではない。

試合の中でも孤軍奮闘として、唯一人ベストのパフォーマンスを発揮する中田の存在感が、目に焼きついている。
そう、中田が孤立したのではない、彼だけ抜きん出た存在感を示した
この国のメンタリティーが彼を孤立させてしまったのだ。
日本の文化等というものよりスポーツとしての野球の文化が優先するほどの歴史を持つ野球だからこそ孤高の存在のイチローを溶け込ませる事ができたんだろうと思う。
「イチローがいてもいいぐらい、チームは高度に機能した」
ところが、自由な若い人のファンが多いサッカーは、決して自由ではなく「突出した才能が孤立する日本の社会を引き摺っていた」、

彼の引退を、称える方向の報道は多いけれども、
個人的にはとても悲しい引退だった。
二度と日本代表でプレーする中田を見る事はできない
それが悲しい

サッカー界のノムさんじゃないが、オシムとは相性が良かっただろうに
中田は「仲間には上手く伝えられ無かった」と言葉を残し引退する、
W杯終了後、彼の元には5万通を超えるメールが殺到し、HPは繋がりにくいほどアクセスが殺到した。日本代表を応援していた人の気持ちに、彼は感謝で答え「ここに何か残せたかな」とコメントした。自分はやるべき事をやったんだと、実感したと

オシムにとって、今の日本代表は「タイガースのノムさん状態」に近い
だからこそ、メンバーの選考は彼の思うままに選考してもらいたい。
オシムが日本代表メンバーを招集した時に、今後の姿が見えるだろう
中田が引退によって残したメッセージはあまりにも重い
とにもかくにも、ここは哲学者オシムに期待するしかないか・・・
posted by kagewari at 05:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照

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