2006年05月25日

筑紫の番組かな?アメリカの報道にも動きがあるらしい

昨今日本の報道のワイドショー化(この始まりは「ニュースステーションでしょ」)が随分と問題になっているけれども(反対にワイドショーの報道番組化の方が昨今著しいか)、報道番組では結構硬派だったアメリカでも報道と視聴率の関係が話題になっているらしい。

これ筑紫が何言ってたのか詳細覚えていないんだけれども、だれだったか製作サイドの人間かアンカーマンだったかが「エンターテイメント(ワイドショー化)を意図しているのではない、重要視しているのはインタレストだ」とそれを筑紫が話していたのが耳に入った。
実際アメリカの報道番組って言っても、随分と昔TBSのピーターバラカンの深夜番組で「48hours」とか「60 Minutes」見ていたぐらいで、後はCNNを時々報道番組の中で目にする程度)だけれど、NHK的ニュース番組とは違い「いかにもジャーナリズムだなぁ」って印象がある。
この辺には、『ピュリツァー賞』の存在も大きいんだろうと思う(日本の正力松太郎賞がプロ野球選手の表彰であるのと好対照)。ジャーナリズムを評価し、受賞でもすれば何らかの(ギャランティーにも大きな違いがあるだろう)利益を個人的に獲得するのであって、日本とは逆に「意地でも署名報道」って事になる。「○○○がお伝えしました」って意味は、自分が取材記者であることを同時に意味していて、芸能人のレポーターって意味では無い。
そんなこんなで、報道する側のジャーナリスト魂みたいなもんが醸成されるバックグラウンドがある

日本では通信社やフリージャーナリスト以外で『ピュリツァー賞』意識しているカメラマンや記者はいるんだろうか?(実際元々独立志向がないと「社が受賞」みたいなもんになってしまう)、そもそも三大新聞辺りは単なるエリートコースのひとつに形骸化している側面も大きい、
そんなこんなで「欧米の報道はジャーナリスティックなんだよね」ってイメージのあるところに「視聴率を重視する」って話が上がっているワケだ。
しかし、ワイドショー化を考えているのではなく「インタレスト」だって部分はどういう意味か?
「インタレスト=面白い」
昨今注目されいいるプライヴェートジャーナリズムにも被るんだけれども、社の命令で取材するのではなく着眼として「自分の意思で取材の可否を決める」って部分はそれこそ「インタレスト」に違いない、
恐らくアメリカのジャーナリズムに起きている事の背景に視聴率があるのは事実だけれども、社会的ニーズなんて曖昧で計れないものを持ち出してもしょうがないんであって、結局は個人の趣向(それこそ数字が悪ければクビってだけでさ)で「インタレスト」なるものを判断する事になる。

ここにも、「社会」ってキーワードの崩壊がかかっているのじゃないか?
今欧米では同時並行で宗教に対するタブー視の瓦解が同時に起きている(欧州の「ムハンマド風刺画事件」も、もっぱらキリスト教圏の先進国における「宗教タブー」の瓦解が背景じゃないのか?)。ダヴィンチコードの封切り含めてこれまで憲法まんまだけれども、信教の自由があるんだから個人が宗教をどのように考えようとその表現含めて本来自由であって、その批判は的外れに違いないのだけれども、以前は暗黙の了解というか阿吽の呼吸というか「宗教タブー」は実際にあったのであって、それが民主主義国家の建前どおりに個人の自由の元に判断され時に新しく解釈されていきこれが表現もされるって勢いは確かに「キリスト教圏の共同幻想瓦解」を意味している。
posted by kagewari at 11:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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