2005年05月31日

精神分析的なアイデアとは?

実際相談がある時に、根拠となる話として精神分析自体の話をする事がある。精神分析自体の在り方に関わる事なんだけれど、精神分析の本旨は「自我分析」の側面が強く、“自我論”なんだとも言える。

建築家が、一部構造に無理がある建造物の傾きの理由を分析するのに似て、精神分析は補強や補修を当てこんだ物ではない。
背景にしているのは「自我は何で、どうなっているのか?」であって、その派生として心理学がある。悩みに対しての答えは処方箋のような傾向ではない、「こうだから」というレポートに近い。
何故って、個々人は自分自身の自我の建築家であって、実際何処をどうしようかって話は個々人の選択で「こうすべき」なんて常識論が介在すると大変な事になる。そこからの「こうしたいのだがどうするか」については又個別の話になる。
精神分析なんて言葉があるからいけないのかも知れないが、精神分析ってのは「動機は何?」「そしてそれはどうして」を考える『主観でも客観でもない、ある見方』で、
“そんなアイデア”は、悩みに対してというより自分に対してのアイデアなので、精神分析的なスタンスにどう視点を移すのかがテーマなのかも知れない。

自我は世界を測る尺度なのだから、そこに属性過多の主観が入り込むと、世界は均一のキャラクターイメージになってしまう。
これも矛盾する話になるんだけれど、主観なのに「その主となる自分が属性に拠ると主観が成立していない」と言えばいいのか、、

そもそも「精神分析的」なるものが何を見ているのか考えてみようと思う。
posted by kagewari at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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