2004年10月01日

トラウマ論の再考

共同幻想・超自我・自己嫌悪の話の流れから、改めてトラウマ論に触れたい。ここばかりは、俺の心理学的判断は所謂「いかにも心理学」と若干違う。大きく違う点は「トラウマ」と呼ばれる記憶が『第一次的ではなく、決定的記憶である』という事で、

「トラウマを原因とする障害は、ダイレクトにトラウマが原因では無い」
と、考えている。言葉としては矛盾しているのだが、流れは矛盾していない。
つまりトラウマはトリガーには違いないが、その背理に個人的体験が必ず象徴化されていて、トラウマの働きとは、「抑圧構造を破壊する事によるショックであり、無意識であるが故に誇大なイメージで抑圧されていた不安が、非常に極端な体験にキャッチの関係となってしまい、全く予定外に不安を表面化させてしまう」と考えている。まるでスケールは違うのだが、突然の人事異動を原因とする鬱症状の発症とプロセスは似ている。

そう考える事で、トラウマを原因とする症状の解消が簡単ではない背景を確認できる。何故なら「現実では無い誇大なイメージによる不安が、事故や事件、戦争などの極端な体験により『ほんとだったんだ』と現実化してしまうから」で、実際に不快な記憶として苦しめられるのは、象徴化されている無意識の不安ではなく、トラウマそのものになってしまうので、この構造的な不安を解消させるためには、「トラウマが現実では無い事を立証しなければならない」実際には「確率的に同じ体験は二度無い事」になるのだが、ここで重要なポイントがある。

この説明には「決定的な体験」にまつわる複数の可能性に触れなければならない、ここの話は非常に誤解されやすいので、慎重に話していこうと思う。
posted by kagewari at 18:29 | Comment(2) | TrackBack(0) | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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