2004年08月31日

一見何の事無いの言葉のようで、それ自体が自我構造である『自己嫌悪』の再考

言葉にしてその流れを伝える方法を「どうしたものか?」と考えるぐらいなのだけれど、、
俺は岸田の発見だと思っている(『共同幻想』のアイデアの比ではないと思う)、「反省ではなく自己嫌悪」
この言葉は非常に重くて、その中にどえらい内容を含んでいる。
哲学的な発想の論点のひとつに「ナントカ法(弁証法とか)」語り口や、現実の説明の仕方がよく出てくるんだけれど、彼らがむきになってごうごうと何を話してるのかって、「なんか意志を言葉に代える方法で、結果ある無理のある話に自分で知らないうちに足元を掬われる事もあって、それは不本意だろうし自分で何いってんだかわからなくなったり、話し相手に到底理解できない話になっていいの?(何にも話していないことになるばかりか、話そうと思った話は『話半ばで不十分だったのでは?』)」てなとこで、、

これの説明が難しい。
「俺は男だから赤い服は着ない」と言ったとする。世間の人が仮に「男らしい人(キューバの野球チームじゃないが)は赤い服を着る。」と思っていたとすると、彼の希望である「男だから」は赤い服を着る事で達成されない。仕方が無いので彼は男は赤い服を着るのか否かで、世間と闘争したとする。これがどえらいナンセンスに繋がる。「男だから」が元々抽象概念で大元は世間が意図する男を指している(彼の望みは世間から「男らしい」と認められる予測だから)のに、彼は世間を相手に闘争する事になるからだ。

こりゃなんだ?
つまり「俺はこんな男(人物)だから」だとすると、彼の論の力点は性別ではなく人物像の代名詞として「こんな男」であるのだから世間と闘争する必要は無い。
だのにそれでは「自分はどんな人間か」を説得する内容に男を含める事はこれまたナンセンスで、上記の人物は「男らしさ」をアピールしていたのだから「俺はこんな男(性別ではなく)だから」という語り口だと『感じとして不満足だろう』。。
ここ、ここ、ここが大事

言いたかった事は何で、『そもそもそんなことありえるの?』を満たしていないとさっぱり話はワケわからなくなり、自分だけその陶酔感(これは自己陶酔じゃないんだわ)で「言った感でいっぱいになるばかり」になる。この現実離れ感が 幻 想 な の で 『共同幻想』と呼ぶのが適当じゃな〜い、となる。夢と呼ばなかったのは、言ってる本人のリアリティー度がごっつい高いからで、表現としてその雰囲気が上手く伝わらないなのだが。、、ここまでで既に難解で意味不明だといわれそうだなぁ、、

なんて言えばいいのかこれ非常に難しくて(話しの中身は頭の中ではめちゃくちゃ明解)この「自分で知らない間に、言った感に囚われて、動機形成(赤い服について)すら支配される現象も、一種の脅迫(強迫)」と考える。言い換えると自立的に「これ変かな?」と考える余地が発生しなくて、よそから見ると「妙に妄信してるな〜」に見える状態の話。(ナルチシズムがどう関わってとか話しても話が複雑になって余計わかりにくいのでやめとく)

ここに「自己嫌悪」が入り込むと、『大脅迫(強迫)状態』に突入する。なんでかって、「〜〜されないので自分が気に入らない」と定義すると「どうすると気に入るのか」を全く未定義でいいからで、自立的に判断する雛型のきっかけを喪失する。
何が起きるのかといえば、いつも同じ結論になる禅問答みたいな話で(話の最後は常に「〜〜されないので」になる)、言った感があるので現実認識は明瞭であるのだけれど、なんか抜け出せない世界に包まれる。

言うなら、
「赤い服を着ない。男らしくないと思われたくないから。」な時に、上記と同じ世間がキューバだったとする。
ものすごく空回ってる事に、なんとなく気が付いてもらえるだろうか、、、。

うーん、又日を改めて、この話にチャレンジしようと思う。
なんとかならなものかね、言語って奴は。。
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いよいよプロ野球再編問題が山場になってきた

古田君サイドの動きは一定の成果を挙げて、裁判所で差し止めとなれば万全の構えで交渉できるし、ストの合理性を担保できる。前例の無い事だから、裁判所がオリックスの近鉄営業権譲渡(吸収合併が正体だった)を認めたとしても理事会が裁判所の要請で待ったをかけたこと自体、不確定な要素が多くこの合併が早計に判断できない事例である証明だと言える。

選手会が求めているのは、合併の撤回では無く「1年間の凍結」であり、この線での選手会の主張には合理性があるし、ストライキによる交渉が、批判される事は無いだろう。
むしろ日ハムの「ストの場合、損害賠償も、、」のトンチンカン(「労組と認めない」をごり押しすれば、本格的に連合を含めて政治問題化する)な発言もオーナーサイドに危機感がある証明で、これに巻き込まれるセ・リーグ球団はたまったものではない。
近鉄中村ノリの発言から、6日に近鉄オリックスの合併承認を強行した場合7日からスト発動の可能性含みだって事になる。

この一週間が日本のプロ野球の存亡をかけた戦いになるのではないか?選手会にはライブドアの新球団加盟カードで(12球団維持の)次の選択を迫る事もできるだろうから、連携といってはおかしいが、ライブドアの堀江にはこの一週間で各球団代表との会談を進めてもらいたい。報道によればパ・リーグにも新規参入を認める球団があるらしいので、この話にも現実味が出てきた、ライブドア参入を否決するのが某特定球団になるなら、今回の1リーグ問題の背景が明解になる。

「ただストをやればいい」ということでは決してないので、古田君が戦術面でこれからどうでるのか(国会議員を通してコミッショナーへの圧力も効いてると思う)、これから毎日ニュースから目が離せない。

さて、裁判所はこれをどう判断するのか。当面の焦点はここか、
posted by kagewari at 13:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月29日

小学生の校内暴力調査(文部科学省調べ)について

http://www.asahi.com/edu/news/TKY200408270390.html
続けざまに事件があったこともあり、注目される話題には違いないが、朝日の新聞紙面上でも「届出の件数、内容など調査報告の違い」等も指摘されており、03年度27%増の根拠ともいえるのだろうから極端に先鋭化してるとは言えないが、それが沈静化や激減しているのでは無く、そもそも小学校で生徒による暴力沙汰があること自体問題で、一部に「事件の生徒だけが暴力を」という勘違いもあるだろうから、この27%増の数字は額面通り受け取るべきだろう。

増加率でみると、生徒間32%増を越えて、教師に対する39%増が気になる。つまり学校にあった「家族⇒地域⇒知り合い⇒仲間」等の(先生=権威、はとっくの昔に失墜している)共同幻想は既に「ほとんど存在していない」。
いわゆる「小学生の常識」の雛型を暗示する雰囲気が既に「無い」のであって、依然とは違い教師の猥褻事件も連日ニュースで当たり前に報道されている、家庭でそれがどう論議されているのかわからないが、学校について「心配な場所だ」的な雰囲気が流れているのは事実だろう。
何年も前から、勉強する場所の地位は学習塾にシフトし(おそらく共同幻想化している)学校の存在意義は「獏と理不尽なモノ」へと貶められている。

共同幻想の模倣として「小学生らしさ」を意味不明に先生が説いても、親としてもバックアップできないだろうし、親としても「学校に何を求めるのか」今は曖昧だろう。(親の本音は「無事」を求めているぐらいか、、)

子供にとっては同世代のサロンとしての利益は今でも大きく(大人的に考えれば、合コン。小学生レベルでは「異性間意識」が希薄なだけで、構造としては同じだろう。)休みの日に遊ぶ交友関係や、情報交換の場として有益な場所で、「必要悪だ」との指摘はあたらない。この点から考えるなら、先生は「結婚サークルなどのイベントを仕切る会社の社員的仕切り」が求められているのであって「学校という場の秩序を、利用者のニーズに合わせて確保する事に勤める」べきで、「いうことをききなさい」ではまるで見当違いな反発を受けるだろう。

実際生徒間の争いにしても、調査にあるように「いじめの報告数の低下」が「校内暴力」とバーター関係になっている事がわかる。つまり「無意識的な問題の表面化」として考えるなら思春期以前に心理的な問題が表面化しているだけ早期発見に繋がり、事件の等の問題に発展する以前に(暴力に思春期がクロースすると、その度合いはエスカレートするので)問題点が表面化しているのだから、見方を変えれば「顕在化しただけ」と言える。

学校における重大な問題は、せっかく「顕在化」した「早期発見の心因性の問題」を解決するシステムをまったく持ち合わせていないことだろう。
自我トラブルは「大人としての問題意識」となんら代わらない証明で(それだけ自我が発達しているからこそ、心理的な問題になっているのだから)「小学生だから先生」なんてまるで根拠の無い構造で解決の処方箋を考えても全く意味が無い。
地域が壊れ、家族の閉鎖性は先鋭化しているので、社会の存在意義はオープンであることに尽きるのだから、問題解決については「会社員の心理的問題」を抱える会社の対応と全く同じでいい事になる。

現在退職警官の学校への配置が検討されているが、それは社会秩序の存在をアピールする効果はあるだろうが、解決の仕組みには繋がらない。
学校はカウンセリングを含む心理的な専門家の研修や、連携を強めていくべきで、一組織(学校)だけで孤立して対応を内部だけ(職員室)で検討するなら、背景の孤立する家族と構造はまったく同じになってしまい、生徒諸君の投影を招き逆効果となる、ここは広く社会的に(オープンに)対応していくべきで、「何故そうなるのか」について「考えられない」等のまるで無責任なコメントがポンと出るような状況は少なくとも「無し」にしてもらいたい。

家族に話を聞く前に、生徒の言動から「どんな家庭か」につてい話を聞く前から「あたりがつく」ぐらいじゃないと、家族と話しても建設的なものはみつけにくいだろう。
「おそらくこういう家庭なんでしょうが、実際その内容はどんなもんですか」ぐらいで丁度いい。
家庭に問題がある事はなんら恥では無く(昔それを担保したのは社会で、家庭自体のデキが良かったからではない)、いかにも現代的にどこにでもある話なので「じゃあどうするのか」に絞って問題点を考える事に遠慮は必要無い。
posted by kagewari at 15:29 | Comment(0) | TrackBack(1) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月28日

ナベツネにはまいる、古田も呆れてるだろ

ここのとこプロ野球の話が続いているんだけれど、これはどうにも譲れないとこがある。個人事業主である選手と大企業の事業主の争いは見かけオーナー対労組の形を取っているが、個人対共同幻想型特権階級の闘争で、こと問題は現代的なんだと思う。

わかりやすく言えば「まっとうなこと言ってる個人の言論が、企業の威光(共同幻想)をバックに自分の力を勘違いしてるオーナーに勝つか負けるのか」って争いで、文明化を突き抜けた後に個人の時代の到来が『自由』という名の元に本当にありえるのかって事を図る試金石になっていると思う。
60年代にずっこけたラヴ&ピースなフラワーな自由ではなく、共同幻想が壊れた事を背景に、ナチュラルな形で発生する自由で

元々がプロ野球人気の背景には、江夏や落合のような一匹狼の「個としての輝き」に魅せられるサラリーマン諸君や進学競争に追われる学生諸君がいた、元々が「個の世界」だった。
プロ野球におけるチームプレーは技術の一部で、ダブルプレーにおける元西鉄の基や、巨人川相の送りバントはプロの個人プレーとして実存していた、共同幻想的な「○○のため」なオートマチックなものでは無い。
江夏の仕事は試合の締めくくりでチームの勝ちの為に終盤のイニングを抑える事で、彼の時代の抑えは今と違って完投目前の先発が急にヤバクなった時、ランナーで塁が一杯な状況で登板した。
いつも一本のヒットも許されない状況で三振をとって無失点に逃げるワケで、その仕事は「みんなの為」に見えるが、これがプロ野球では違う、彼のプライドは、チームの危機で登板する最高のリリーフである事だったからだ。

プロ野球の美しさは、共同幻想に縛られない個人のパフォーマンスにある。ピッチャーはキャッチャーのサインに首を振り、バッターはベンチのサインを自分で解釈する。ランナーは攻撃全体で重要な役割でここでも個人のパフォーマンスが発揮される、内野手は配球を読みサインを見ながら投球と同時に打球方向を予測してスタートを切る(エラーの数で名プレーヤーは見分けられない)

皮肉な事に球団という会社は、そこを見ていない。ファンはそこを見ている。プレーヤーはファンにそれを見出される事を信じている。

この矛盾が一気に1リーグ問題で噴出した。
古田君はプレーヤーだけでない部分に才覚のある希有のプレーヤーで、彼がスポーツお宅だって事は、この個人のパフォーマンスの世界に彼なりの憧れがあるからだろう、だから彼にはオーナーの考えている事が理解できない、オリックスと近鉄の仮契約の時に「あの人たちは何笑ってるんだ」と激怒していたが、この感覚が企業の人間にはわかっていない。

ナベツネが「2リーグ10球団」とかぬけぬけと言い出した。それと調子を合わせるかのように、根来コミッショナーは「2リーグの私案がある」とコメントした。この人達には事の重大さがまるでわかっていない、

そして近鉄の3シーズン撤退
こりゃっ事実上の廃業じゃないか、「買い手がいるってのに廃業」まったく話が形骸化してる。合併交渉の裏に間違い無くなんかある。「企業としての狙い」が

「自分たちは偉い」という勘違いに彼らは一生気が付かないのか?古田君の取れる戦術は実は多くないのだが、「個としてのプロの経営者としての判断を問う」という形の株主代表訴訟を切り札に動いていくだろう、どう考えても近鉄主脳の経営判断は「表に出ている部分だけなら」株主の利益を損ねている。彼らに個人で弁済してもらおうじゃないの、新しい球団の赤字部分を。

今ナベツネは週刊誌を訴えてる。(ガウン姿だったかを写真にとられて掲載されたのだが)プライヴァシーの侵害だそうだ、彼には個としての責任(自分の実存を所有している所有責任)が欠けている。週刊誌は彼を個のプレーヤーとして考えたわけで、このギャップが目に見えるいい例になってる、
自分が何をしているのだかナベツネにはわかっていないのだろう。古田君とこのヤクルトスワローズが首位に近づいている(あの貧乏戦力で恐れ入る)。
皮肉な話だが、ストをやりたくないのは古田君なんだ。これからどうなるのかわからないけれど、この争いは衆議院選挙とかなんかよりよっぽど意義深い戦いだと俺は思う。
posted by kagewari at 15:16 | Comment(0) | TrackBack(1) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月27日

試合でもあんな怖い顔しないよ古田

http://www.sanspo.com/baseball/special/special.html
そうとう怒っている。オリンピックの結果もそっちのけで、彼は今、選手会会長の仕事に邁進してるのだが、前にも一度このBLOGで触れたとおり、古田君はめったに本気にならない男で(必死とは別、自分の思うところを前面に出して「どうなんだいったい」とやるかやらないかって事)、その古田君をオーナー会議とやらが完全に怒らせた。

自らプロ野球改革試案を持ち朝日新聞のコラム(8/26)に記事が掲載される現役選手は後にも先にも彼ひとりだろう。
オーナーサイドの誰があれだけの論説を新聞に書けるのか(ナベツネは別よ、本職がブン屋なんだから)。ダンマリ決め込む宮内は恥かしくないのか?宮内の発言こそ、ナベツネ退場の今こそ最重要なのに、ギャーギャーウルサイ近鉄サイドに反して宮内の発言は慎重(ほとんど何も言わない)で逆に「何かあるんだろうな」とうかがわせる。

まるで談合の、この12球団の体質が現状の結果を招いたのだが、彼らはこの国が自由で民主主義である事を忘れたらしい。『オーナー会議は特権階級のサロンでは無い。』

非常にシンプルな集団心理が動いている。観客動員と収益を考えなければならない時に、銀行の合併の真似事やって何をしてるつもりなのか?球団は大企業というより偉大な少数の選手とファンによって大きな存在なのであって、オーナーが何の貢献をしてきたのいうのか?正力じゃないがそれは『プロ野球のオーナーである事』それに尽きる。日本に過去普及していなかった野球というスポーツのオーナーになること自体が貢献だった。別所さんの時代には巨人軍の選手ですら電車の一般車両で移動してデーゲームやって、、。ここまで築き上げた伝統ってのがある。この国民的なスポーツ(ある意味アメリカのスポーツだからこそ、日本の戦後を意味するスポーツだった)の球団を保持する事に社会的な意味もあった。

で「合併合併、不退転の決意」意味がわからん。

どこから見ても古田君の発言には分がある、彼は一年間の凍結を提案しているので「オープンにその内容の開示を求めているのであって、絶対反対のシュプレヒコールをあげているのではない」。これを拒絶するって事は「話をオープンにできないから」に他ならないからだ。

選手ではない会長としての古田君は、日本を代表する名捕手としての顔より手強いかもしれない。
ちょっと面白くなってきた、近鉄は株主代表訴訟に耐えられるだけの理論武装が出来ていないと思う。(ほんとの合併理由を開示できないのではないか?)
彼らは甘く見ている、選手会の幹部は全員各チームの主力で大資産家でもある事を。
posted by kagewari at 04:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月25日

本気かどうかはともかくだけれど、ノムさんがシダックスのプロ化を促してる。

この人コテコテのパリーグな人だから、それなりの考えあってのことだろう。とにかく最近のパリーグはおかしい、観客が少なかったり、人気が無かったりここ何十年そんなリーグがパリーグで、今や観客席に空席の目立つ広島やヤクルトを凌ぐ(ダイエーとか)球団も沢山ある、そして昔の泥臭いイメージは随分消えた。

客観的に見て西武の台頭以降パのイメージは変わった。

最強のチーム西武を軸に、日本シリーズではヤクルト西武、パリーグのペナントでは仰木近鉄対西武、間違いなくパリーグの社会的認知は以前より上昇していてその後オリックスにイチローが登場する。
人材的にもこの当事の強いチームの関係者が各チームに散っている。何が変わったのかと言えば、社会人野球のチームが半減したように企業の景気動向が大きい。プロ野球の年間赤字補填が10億打としても、苦しい企業も多いだろう。
@その景気も今年から回復基調だ、
そのタイミングで「パはもうダメだ」と言われても「どうダメなのか」ピンとこないし、説明もされていない。
人気の上昇を当て込んで、大阪ドーム福岡ドームというちょっと無理な開発をやらかした事ぐらいで、結局ハウステンボス倒産じゃないが、吸収合併の候補に上がってるチームの名前はこの二者で、野球とは関係無い理由から来ている。
見ようによっちゃ失敗の原因は、「パリーグ人気が高くなってきたから」であって、年俸の高騰は(FA選手を無理に引き止めなければいいのだから)瑣末な理由だろう(FA選手を引き止めないので有名なヤクルトはそれなりに若い子を使って生き延びている)。

スポーツに絞ってパリーグを見るなら現状のパリーグは市場としても悪くない、ノムさんのシダックスが参加すればそれなりに話題になるだろう。
余計にロッテや西武の「不退転の決意で1リーグ」の意味がわからない。1リーグ反対の虎にしたって交流試合を提案してるのであって、巨人戦が欲しくて、、の話も半分は賛成派反対派ともにOKしてるのだから通ったも同じ。

見え透いてくるのは、大阪ドームを含めて(この辺の財務関係はよくわからない)開発の失敗から逃れたい者(且つ補強ミスで戦力ジリ貧のオリックス)と、ダイエー人気が欲しい者、ついでに巨人戦で一気に球団の黒字化。
■不退転どころか、儲け話じゃないの。
これじゃ「不退転の営業」と代わらない

肝心のオリックス宮内が1リーグでゴリゴリじゃないのが、そいつをよく現している。ナベツネに一時抱きこまれたのだが、肝心のナベツネは退場した。
頼みの巨人戦の視聴率はガタ落ちで(ゲーム内容悪すぎで、読売の中継も酷すぎ)これじゃ共倒れへの不退転の決意になる。

どうも胡散臭い。ノムさんがシダックスの話を持ち出したのも、その辺の事情を知ってるからだろう。今なら交流戦で巨人戦のカードは間違い無くあるのだから、新規参入リスクは小さい。
とにかく一部の営業が、「パリーグの球団が全部ダメになるのを救う」みたいな面して裏でごそごそやられるのはどうにも釈然としない。
オリンピックの敗退といい、肝心の野球の内容の方がよっぽど危機じゃないのか?落合中日の美しさを、もっと評価すべきだ。
駒大苫小牧の甲子園での優勝といい、中日のネルソン阪神のウイリアム擁するオーストラリアの決勝進出といい、現実は皮肉にもスポーツとしての『内容重視』に傾いていて、パリーグの観客動員は増えている。
posted by kagewari at 17:10 | Comment(0) | TrackBack(1) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月23日

仕事を考える2かなぁ〜

仕事してます。その中で成果と報酬をもらっているのだけれど、こいつは取引で、上位下位があるワケではない。商売繁盛の技術のひとつに接客サービスや、営業マニュアルがあるのだろうけれど、自分自身の仕事のスタイルもある。
好き勝手に仕事をするって意味では無く、何をやって仕事とするのかって指針みたいなもので、これと取引が行われるのだから「ギブアンドテーク」が基本で、営利目的に妙なマニュアルが仕上がるのはむしろ企業の論理(共同幻想)って事で、仕事を考えるって枠では無いようにも思える。

そうすると企業の論理の下の仕事は、仕事じゃないのか?って言えば、ほんとの話「それはそうかもしれない」。
そうであるからこそ、なんとなく日常が流れ、精神的な負担も少ない。昔チャップリン辺りが極端な演出で表現した近未来ではなく、調子を合わせればむしろ「楽」なのだが仕事は基本的に面白いもので(楽じゃないが、、)そこが失われたとすると「楽」でも損失したとも言える。ここが難しい選択で、仕事が面白いと楽では無く、楽な仕事は面白くない。

元々は食い物を獲得する事が、仕事の本質で、山に入って木の実を獲ったり、雨風を凌ぐ住居のメンテナンスしたりって事なのだが、ここには伝統マニュアルがあるので、面白い上に精神的に楽で、肉体的には過酷って感じか。そういう意味でもその肉体的な過酷さも少なくて済む南国って地域では心配なのは疫病ぐらいって事になる。

つくづく楽を追求すると、「豊かな土地か」と思う。
自分の暮らす環境も、知らないうちにアイデェンティティーの一部になるのだから、「仕事がキツイな」な時には「この土地を選んだ自己決定なのだ」と思うほうがいいのかも知れない。
posted by kagewari at 08:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月20日

お待たせしましたやっとこ「気になる(6)」upです

本当はこの「気になる」がHPの更新コンテンツのメインになる予定だったんです。今にして思うとBLOGに一番向いているのはこの「気になる」だったかな。。と思うのだけれど(何処か今のretour&Retourのブログに似ているような気も、、)何処にでもあると思うな「気になる」というワケで、毎月更新の目標は何処へやら。

ともかく「気になる(6)」upです。

posted by kagewari at 15:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ナベツネ辞任は右翼か

なんとなく「何故臨時株主総会」なのかわかった気がした。
それでも解せないのは、当初読売は「内部からの情報」と発表した事で、これは内部の人間が右翼にリークしたのか、右翼自体が内部の誰かに話して(総務の政治団体担当とかに)その人物の調査以来って話か。
実際のとこ情報の出所はわからない。
右翼にビビッて辞めたのか、或いは「その右翼が知っているって事がもっと大きな意味を持っていたのか」なんだろう。

一見「右翼の圧力に揺らぐ事無く、やましい点を認めて辞任し、警察にも通報した。」との内容はとてもスタンダードで公正な対応をしたようにも見える。
見方を変えると「右翼のアドバイスが、こんなことが横行してるんじゃ、オーナーが責任取るのが人の道ではないか。」だとしたら、ナベツネはビビッて逃げた事になる。

最近の取材によると、ナベツネはえらく不機嫌で、記者連中に「野球の話は聞くな」と怒鳴ったらしい。
「野球の話は聞くな」
やっぱプロ野球に口出ししちゃいけないから、オーナー辞めたのでは?
なんかあるんだろうが、ここから先はおそらく報道されないだろうし、わからないだろう。

となると、やたらと興奮している西武とロッテが残る事になる、1リーグには賛成でももうひとつの合併相手にされる事に、ダイエーも日ハムも反対だから、西部とロッテが合併しない事には話しにならない。これかなり無理ではないか、恐らくダイエーが金になるから狙ってるんで、UFJの問題が解決すればダイエーが候補になる事は考えにくい。

西武とロッテが合併しても、所沢と千葉でそれぞれいるなら存在感あるが、ダブルフランチャイズで所沢と千葉じゃ、、
提はきっと銀行関係の情報としてダイエーの身売りとかを知ってたのだろうが、ダイエーはホークスに関してはかなり強気なので、この話は流れると思う。
そして又ライブドア、昨日広島のオーナーが「話ちゃんときかないと」とコメント。
いきりたってるロッテと西武もナベツネが辞めた経緯がだんだんわかってきて、どう思うのか?

1リーグは流れると思う。

ナベツネが勝手に誘導して合併が決まったバファローズとオリックスはどうすりゃいいのか、、、。宮内の発言はいつも慎重で、彼は1リーグありきじゃない。
一体何が動いているのかわからないが、巨人戦の視聴率は空前の低さで(10%切ると意味無いと言われている)、、そりゃ巨人には珍しく正規に獲得して一番人気のあったヤンキース松井はいないし(確か彼は個人的には阪神ファンじゃやなかったか)借金桑田君と番町清原頼みで、監督も人気の無い人で有名な上に、ヤクルトとダイエーと近鉄の主軸が打ちまくってヨシノブは不調。確かに巨人ファンはこれ見ないだろう、、。V9時代じゃないホントの巨人ファンは、槙原や斎藤、駒田、原、吉村、岡崎、ってとこのファンで、今のチームはどこの誰状態だろうし、控えに広島の4番がいるのが又どこか哀れで、、

パリーグの人は気が付いていないんだろうか?もう「巨人人気不在の中でどうやって生き残るのか」時代に突入している事に。

共同幻想の背景はやはり伝統であって、巨人が昔強かったのはアメリカでキャンプなんかやって、細かいピックオフプレーや、機動的な攻撃やらのモダンな戦術を学んでいたからで、野球の先端を走っていた事が大きくて、「いい選手ばかりだから」ではない。ヤンキースは日本市場を考えた上で松井を獲得している、そういう戦術が今の巨人には無い。
「打つ奴集める、特に巨人戦で打つ奴」ペタジーニ、ハウエル
「パで一番打つ奴取る(巨人の選手より打たないから心配ない)」そんな程度で取ってると思う。

これめちゃくちゃ、昔はミスターロッテは有藤、ミスター赤ヘル山本浩二、ミスタータイガース掛布、ミスタースワローズ若松、、、、。今でも金やんはロッテに肩入れしているし、その対抗戦だから面白いのであって、これじゃ双子山部屋黄金時代の大相撲の不公平と同じになってる。。
(ナベツネは絶対大相撲と野球の区別がついていない。)

英断だったのは、新庄取ったハムで、中心選手を持たないチームは存在感が薄い(オリックス、仰木の責任が大きい)。
野球のチームは共同幻想に違いはないけれど、存在感は個人に近くて、今やヤクルトは古田のチームだし、中日は落合、広島は浩二さんのチームで、横浜は大魔人か、阪神は生え抜き選手のように金本大事にしているし、、巨人って誰よ?

とにかくこの個人の時代に、主義主張がはっきりしていないところには求心力が働かない。川井もいない巨人を誰が応援するのか?皮肉な事に全日本のキャプテンは宮本で、肝心の長さんはこれどう考えてるのだろう(長さんがGMだったら宮本を獲得するって事になるだろこれ)。この人の後期の優柔不断さは、プロ野球界の足を引っ張ったと俺は思っている。
最大のファンサービスは、読売と戦う長さんじゃなかったのか。
長さんにはもっと明解な野球観(監督初期の頃の)が本音のところにくすぶっていたと思う。

この人は何故本音を言えなかったのか。
posted by kagewari at 04:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月18日

動物行動学と心理学の関係

心理学と、動物行動学は切り離せない関係にある。
何故かって、フロイド的に言うならエディプス、岸田は「本能が壊れた」、とされる自我の出発点への角度の違う見方と「そもそも本能って何だろう」をいい加減にして話してもしょうがないからで、「果たして人間以外の動物に自我は無いのか?」を抜きに論議するのもナンセンスだろう。実際人間以外の動物も思考し戦術も使うし社会性もある、人間の動機形成と「本能が壊れる以前(直立歩行による脳の肥大、声帯の発達と言語、胎児の未熟児化の関係は不可避で、「直立歩行直後」の推定が無い事には自我の成立の過程が組み立てられない)」をどう捉えるかは最も重要だと思っている。

そこで、注目なのは動物行動学のコンラート・ローレンツ辺りって事になる、「パブロフの犬」で有名なワトソン派(よく知らないのだけれど)ではあまりにも実験のような特異な環境の観察なので、既に観察過程が恣意的で信用ならない。コンラート・ローレンツは動物の知性を非常に洞察深く研究していて、心理学への応用としては相性も悪くない。
彼は犬派で、その社会性の研究が参考になる。サルに関してもよく研究していて著書「攻撃」では、サルが自身の攻撃力に応じた「抑制行動(降参の合図で相手の攻撃衝動を沈静化させる)」を持っているところ(体力の強いゴリラは強い秩序を持つが、チンパンジーは大騒ぎするばかりで、角を持つ草食動物が見せるような「降参の合図(攻撃的な脳内物質が減少していると思われる。子供に似た振る舞いや、犬のように子供に似た振る舞い+「腹を見せる完全降伏」)」を持たない。補足すると、チンパンジーは乱交なので生存競争はむしろ精子の量であり、そのためにサルの中でも精嚢が大きい。又人類の生殖器、とりわけ陰茎の長さは直立方向によるメスの骨盤の変化に対応したもので、この長いオスの陰茎がエディプスに影響を与えている事は、人類の心理的な要因と人類の動物的な進化の関係を考えざる終えない。)から、「人間には牙も強烈な爪の打撃も猛毒もない(つまり降参のサインも、それを受容する感覚も無く)、この凶器を持ったこの二足歩行のサルの行動を抑制する本能レベルの抑制機能は最初から無い」と分析している。フロイド的な解釈としてはこの『武器(長くてデカイのが人気)』はエディプス的な反動形成の一部って事になるので、この2者の論議は人間の生い立ちを考えるうえで強くリンケージしている。

つまり、自立的に運営可能な能力以上の『衝動的な欲求』が人間にはある。そしてこの『衝動的欲求』のバランスは不安の鎮静と深いつながりがあり、不安に比例して『制御不能の衝動的欲求(=ストレス)』は肥大(誇大)化する、といえる。
不安の原型(アンチ原型論者なのだけれど、これは別の意味なので勘弁して)は、二足歩行による骨盤の変異で産道が狭まくなった結果としての、『未熟児化或いはネオテニー(生体の幼児化)』が『生きる事にあまりに無力な幼児という原体験=不安』を普遍的に人間は持っている、と定義する事ができるのであって、この生存不安の第一次投影をエディプスコンプレックスとするならフロイド心理学をリアルに捕らえる事が容易になる。

年中性交可能(繁殖期ではなく)である個体に進化した人類の意味を考える事で、性的な側面を分析の中心に挙げる(もっぱらその部分でキリスト教圏でフロイドは批判された)フロイドの心理学を「偏っている」と批判する事があたらない事を理解しやすい。つまり「脅迫的欲求である性欲を普遍的且つ継続的に持つのは、人類に限られる」のであり、本能が壊れ(サルとしての繁殖期型の性欲動は、成長の遅い幼児であることで挫折し、「性行為=繁殖」という強いキャッチコピーは人間には通用しなくなった)その制御を行動様式に持たない人類は、これ(=ストレス)を「モチベーション」と呼んだ。
この部分への思考はもっぱら岸田の解釈で、彼のフロイド心理学への解釈をとてもスムーズにさせている。

ボノボ(旧名称ピグミーチンパンジー)は、社会性の一部に「擬似性交」を行い(親子同姓幼児の区別無く)、チンパンジーは食事の後や興奮した時にこの擬似性交を行う。言語を持たない(四足歩行による声帯の問題も大きなハンデになっている)彼らの「コミュニケーションの手段のひとつ」である。又言語を持っていると推定されているイルカ(脳のポテンシャルは人間以上で有名)は「海に帰る型哺乳類(このアイデアで圧倒的な生存能力を身に付けた。環境の変化で「歩いた」に過ぎない人類と根本的なアイデアに差がある。これはその環境の変化や進化の過程そのものが違うので、同列には語れないが、違いは明解だ。)」であり、基礎的な生存能力が高く(「幼児挫折などの原体験が無い」。出産と同時に幼児は生体と変わらぬ遊泳が可能)その生存不安の少なさ(『生存自信』があると言ってもいいのではないか)がイルカが文明爆発因子を持っていない事を推定させる。

んなかんだで、動物行動学は人間を「動物として公平に観察する」足ががりになる。ことによると人間を高等だとか、地球上でもっとも優れているだとかの無理のある発想無しに、「随分変わった生き物で、何が面白くてこんな事をしているのか」という心理学の標準的なスタンスを保持するのにちょうどいい。

アリですら高度な建築技術を持ち、社会性や秩序もあり、社会の相互補完のために肉体まで同種内で変化し、社会的保育も行い大都市まで築く(アリ塚をスケールサイズから逆算すると途方も無い大都市である事がわかる。もし宇宙の重力の少ない所に人間より大きな身体のアリを発見したら、その都市を発見した人類は「そこには高度な文明があった」と報告するだろう。まるでSF小説のハインラインだ、、)、公平に見ていかないと、心理学は「身びいきの人間教」みたいに歪む。
posted by kagewari at 18:05 | Comment(2) | TrackBack(0) | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照

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