2004年04月30日

性格傾向について

精神分析的には、「性格」って「格」は無い事になっています。
つまり自我は無意識とのバランスで流動的だからです。
しかし時制を限定すれば「性格」はあります。俺は特に名称には拘りませんが誤解を避けるために(一般のイメージでいう性格は固定的なイメージなので)「その時の向き」みたいな意味合いで、性格傾向とか人格構造とか自我構造とかそんな風に呼びます。
 意味合いは「モチベーションの流れ」です。出口が狭いと流れが速くなり、出口が広いと流れは遅くなる。そして出口の概念が無いほど自由だと、流れというより「凪(ナギ、これ漢字あってますかね?)」になる。この流れの速度と感情の激しさは比例関係にあります。つまり「アリ」の多さと「タブー」の少なさが鍵になります。精神分析的には「何かが出来る能力の有無」はあまり関係無いのです。
 出来る出来ないも大事ですが「出来ない」というストレスは「出来なきゃいけない」か「どうしても成功したい、という、モチベーション(加速度)」によるのであって、個人個人にとっては前述の出口の広さと相互関係になるワケです。つまり出口が狭いので「出来る出来ないが重要になる」って事です。
 感情の激しさにいいも悪いもないので、問題になるのは、「全く出口が無い」とか「出口を無意識に閉じてしまう」ケースになります。

 だからこそ性格傾向なんです。
 なんと言えばいいのか、所謂「性格」って「ある状態」の事で、「そういう形」ではありません。一見構造なんて言うので建造物みたいですが、構造っていうのも「ある流れの状態」の理由っていう意味合いが大きいでしょう。さてそこで「凪(ナギ)」に話はもどります。これってほとんど実際の人格構造からありえない事です、これは「能動」の溜まり場である「カオス」まんまで再現性はベストですが、これじゃ行動できません。動機形成には「ストレス=ぶつかり流れが生まれる」による流れの方向性が必要だからです。これがまたアイデェンティティーなので話は複雑です。
 次回は、「自分」という認識と「流れ」の関係を考えてみます。
posted by kagewari at 20:05 | Comment(4) | TrackBack(0) | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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