2004年04月30日

性格傾向について

精神分析的には、「性格」って「格」は無い事になっています。
つまり自我は無意識とのバランスで流動的だからです。
しかし時制を限定すれば「性格」はあります。俺は特に名称には拘りませんが誤解を避けるために(一般のイメージでいう性格は固定的なイメージなので)「その時の向き」みたいな意味合いで、性格傾向とか人格構造とか自我構造とかそんな風に呼びます。
 意味合いは「モチベーションの流れ」です。出口が狭いと流れが速くなり、出口が広いと流れは遅くなる。そして出口の概念が無いほど自由だと、流れというより「凪(ナギ、これ漢字あってますかね?)」になる。この流れの速度と感情の激しさは比例関係にあります。つまり「アリ」の多さと「タブー」の少なさが鍵になります。精神分析的には「何かが出来る能力の有無」はあまり関係無いのです。
 出来る出来ないも大事ですが「出来ない」というストレスは「出来なきゃいけない」か「どうしても成功したい、という、モチベーション(加速度)」によるのであって、個人個人にとっては前述の出口の広さと相互関係になるワケです。つまり出口が狭いので「出来る出来ないが重要になる」って事です。
 感情の激しさにいいも悪いもないので、問題になるのは、「全く出口が無い」とか「出口を無意識に閉じてしまう」ケースになります。

 だからこそ性格傾向なんです。
 なんと言えばいいのか、所謂「性格」って「ある状態」の事で、「そういう形」ではありません。一見構造なんて言うので建造物みたいですが、構造っていうのも「ある流れの状態」の理由っていう意味合いが大きいでしょう。さてそこで「凪(ナギ)」に話はもどります。これってほとんど実際の人格構造からありえない事です、これは「能動」の溜まり場である「カオス」まんまで再現性はベストですが、これじゃ行動できません。動機形成には「ストレス=ぶつかり流れが生まれる」による流れの方向性が必要だからです。これがまたアイデェンティティーなので話は複雑です。
 次回は、「自分」という認識と「流れ」の関係を考えてみます。
posted by kagewari at 20:05 | Comment(4) | TrackBack(0) | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年04月29日

終電や始発に乗る事が多いと

都会の一断面を見る事になります。
駅のホームでは毎日当たり前のように”ゲーロー”があるんですが、既に終電が終わったホームでは掃除の係りの人達がバケツでザーっと片付けていたりします。
そして案の定完全禁煙となった新宿駅では、昔喫煙可だったスペースに灰皿を求めて人が集まり「・・・」と、うなだれながらやむなく”違反喫煙です”昔灰皿があった形跡を残すとこには吸殻が落ちています。

人の暮らしに特化した最先端の都会の実像です。
昼間には気がつかない事も夜には顔を出します、殺伐とした風景でもありますが、”ゲーロー”にいちいち怒る人も無く、喫煙スペース(過去の)を無視するのでもない、むしろ人間らしい気もします。

朝になれば、又ラッシュで大騒ぎです、これも都会の一断面に過ぎないんですよねぇ
posted by kagewari at 04:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年04月26日

東京の夜はまだ寒いですね

昼が暖かくなると、気が早いのか、人と競い合うように薄着になる人がいます。実際外気温の体感には個人差があるのでしょうけれど、東京の今には革のジャケットとTシャツ姿が混在します。
 Tシャツに革ジャケットがアリらしく、ハリウッド映画では良く見かけるスタイルですよね。
 そんな事はどうでもいいのですが、実際の温度に合わせて「厚手の上着を」と考える人「もう暖かいんだ」と速攻薄着で表に出る人。この違いはなんでしょう。
 そして、この違いは体感温度の違いにも現れているのではないでしょうか。

 俺はどっちつかずで、暑かったり寒かったりしています。
posted by kagewari at 00:55 | Comment(2) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年04月21日

この国は「何かが」回復しているのかもしれません

まだ国家主義が横行している西洋にはわからないでしょうね。
ジャーナリズムが「何やってるの世論」に感づきました。
そうです、イラク人質事件の報道です。
日本には元々「国」という定義が一国主義ではありません。
「お国自慢」「一国一城の主」実家や古里を「国」と呼びます。
それを上回る曖昧な概念が「世間」です。ここをフワ〜っと広げると「世界」でしょうね。

 ジャーナリズムの姿勢は、人質3人を擁護するものでは無くなりました。そして記者会見と事情聴取を避けるような「PTSD」の診断。
 彼らもその風を感じているのでしょう。
 岸田秀教授の『唯幻論』の論旨の重要な柱は「世間様」の発見です。「共同幻想」に連なる教授の着眼は、太平洋戦争のナンセンスを分析する所からでした。江戸時代辺りにこの国は文明的レベルで絶頂でした「大都市、エコロジー、経済、自由」確かに「身分制度、封建主義」という残酷な面もありましたが、武士が貧しかったなど、必ずしも「権力」という言葉が似合うものでも無かったでしょう。
 人間はそもそも世界に帰属します。
 国家や民族では無いでしょう、その次に自身のアイデェンティティーです。一般的なイメージは「西洋の個人主義」「日本の和」でしょうが、これは近代以降解釈に誤りがあったのだと思います。
「西洋の国家主義」「日本の曖昧な雰囲気主義」です。
 日本はその「和」を営利目的の合理化で雰囲気の悪い「集団主義」のように堕落させましたが、実のとこはもっと自由な気風だったでしょう。これも文明化の歪みだと感じます。
 「あわせなければならない」ではなかったのではないでしょうか?
 「適当にあわせておけば、後は自由にしてていい」に近いと思います。
 個人として特に望むものが無い時、人の欲望はシンプルなものなので「画一的」なのでは無く、「似たようなもの」であったでしょう。

 この財産は生きているように感じます。
 鬼子じゃないですが、現代日本は文明化しています。歴史の流れの必然かも知れませんが、この時漠然と「世界に迷惑をかけちゃいけない」という概念は「気まま」な人生をもたらす、いいアイデアなのではないでしょうか。
 つまり「何をしても構わないが、おそらく『世界が迷惑だな』と思ったら、それは誇大妄想だ。」です。

 デフレの時代、サッチー報道、巨人イメージの崩壊、サッカー、PKO、小沢一郎、加藤の乱、小泉-Japan、オリンピック野球の日本代表、アマのノムさん、自衛隊イラク派遣、3人のイラク質事件、

 テロを思う時「そんな人騒がせな事はするな」というロジックがあれば、テロは無くなります。
 平和の実現という意味不明の言葉の陰には「軍事」があります。「戦争反対」という言葉は「戦争」のカウンターですから、その言葉の延長に戦争の無い世界はありえないでしょう。
 「そんなにむきにならなくてもさぁ」の延長に、儀式の一環として軍事は持つが「まさか使うものなのぅ?」な時代があるような気がします。
 単純にオイルダラーがうなってる中東で、パレスチナも無いでしょう。彼らはオイルを武器に世界と交渉する絶大な力を持ちます。
 各国首脳がイスラエルに赴き「仮にも首相が暗殺を口にするってどういう国なんですか!」と呆れて帰る事の方が、国連のアメリカの拒否権うんぬんより大事でしょう。
 中東各国が仲良くしていたら問題の解決も早いでしょうし、彼らにはその力も知恵もあります。

 アメリカ
 世界にとって、今でもまだ眩しいんでしょうね。
 この国では、それがちょっと色あせてきているような気がします。
 日本でメジャーリーグを開幕する事に「何で?」と思う気風があるんですから。
posted by kagewari at 08:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年04月18日

イラクの続きですが

北海道道警まで動く事になるんですね「人質強要処罰法の国外犯規定」ちょっと良くわかりませんがICPOの法規なんでしょうか。
 弁護士も登場しています、イラクで最初に拘束された3人は何者でしょうか。
 弁護士のコメントは「人質は家族と話せないほどの疲労」と語り、遠に帰国直後の記者会見を拒否するようです。(あるいは時間稼ぎでしょう)、これおかしいんです。
『フォトジャーナリストの郡山総一郎さん(32)は「このままイラクに残って写真を撮りたい」。宮崎県佐土原町の母きみ子さん(55)の携帯電話に連絡を入れた。』
『きみ子さんは「ばかじゃないか」とあきれたように答えたという。 電話が切れると、きみ子さんは「あまりに元気すぎて、かわいそうという気持ちもない。ばか息子と言ってやった。心配したのに損やった。全然懲りてない。ぶん殴ってやりたい」と話した。』(共同通信社4/15)
 彼ガッツのあるナイスガイじゃないですか!
 さすがジャーナリストです、戦場に行くフォトジャーナリストも沢山います、彼らの本音は「写真を撮りたい」です。

 この話は弁護士のコメントにはありません。
 この話にはいろんな組織がからんでいて、本当に情報を見極めるのが大変です。中東のアルジャジーラを知らない人はいないでしょう『メディアの時代』ですね。
 人質3人にもスポークスマン(弁護士)がいて、情報を管理しています。

 メディアは進歩し、報道の信憑性が後退する。
 皮肉ですが、そんな時代です。
 郡山さんには自己責任で話して欲しいですね。
 そして俺は、彼の好きにさせてやるべきだとも思います。
 別の家族は「世間に迷惑をかけた」とコメントしていますが、迷惑はかけていません。メディアが『そういう方向』でとりあげちゃっただけです。
 日本人だから、なんて国家主義が背景になければ、この報道は「民家に立てこもった強盗犯が、アメリカ大統領との面会を要求」と同じだからです。ここでアメリカ大統領にコメントを求めるホワイトハウスの記者がいますか?

 これ誘拐報道の真実のひとつです。
 犯行を行った犯人が、人質家族と連絡が取れなかったら?
 「アルジャジーらは悪戯だと思い」
 「日本のメディアは良くある事だと無視」
 「日本政府は北海道道警を派遣」

 ・・犯行を行った犯人が、日本語のテキストを片手に生まれて始めて海外に電話を「あの、奪う帰れ、こんにちわ。。。」「悪戯ね」と電話を切る『違う家の家族』。

 犯人は人質の車代、食事代を失うだけです。

 現代には皮肉な事が沢山あります。
posted by kagewari at 17:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年04月12日

イラクはどうなっちゃったんですか?

これ間に入ってる誰かと水面下で交渉してるんでしょうか。
 モスリム指導者グループ(本来モスリムには階級が無いので、コーランを教える教師グループ、が正確でしょうか)の判断に現場サイドの若手から反発があるのでしょうか?

 その辺りの詳細はまったくわかりません。
 考えられるのは、
1仲立ちの人物との交渉内容にアメリカが待ったをかけた(今他の国の人も次々と拉致されていますから、「日本だけ無条件開放」となると、他国に「交渉」と受け取られる。特にアメリカ世論を考えると、救出作戦がベスト)
2或いは、アメリカ情報部が、急襲作戦の準備に入った
3又は、無条件降伏の後「アメリカから攻撃される」という情報がテロリストグループに流れた
4政府が「何故危険な地域の出国勧告を無視して残ったのか、事情を聞く」という姿勢に、特定グループが(モスリムが無条件開放した、とのイメージを損なうと判断した)待ったをかけた
5イスラエルから「断固攻撃」との圧力があった
6同時に他国の人質を解放する交渉が始まった
7モスリム内部の組織が分裂し意思の統一ができなくなった
8チェイニー米副大統領の来日と、そのコメントが犯行グループを刺激した
・・・・・。

 拉致誘拐は犯罪ですから、特殊部隊の急襲(自衛隊は復興支援なので、警察の国際テロ部隊でなければなりません)による救出がベストでしょう。無条件開放があったとしても、犯行グループへの捜査は続くのですから。救出と逮捕(?)が同時になるのがベストです。
 犯行グループは「自首」するのでは無いからです。
 マスコミの基本姿勢は、紙媒体はともかくテレビ関係は「可哀想な家族」の視点でしょう。しかし誘拐されたているのは日本人だけではありません、メディアは諸外国の人質についても同様規模で取り扱うべきでしょう。そこから見ると問題の背景ははっきりしてきます。
 犯行グループの目標は「米軍」の撤退に尽きます。
 中東の国境線の問題を含めて、アメリカ・イギリスの印象は、中東諸国にとって「はっきり言って悪い」です。ここはイラク復興のためには「自衛隊は残り、アメリカは撤退、国連を中心にその後について協議」という政策オプションもあるでしょう。
 イラクにもアメリカにもそれは悪い話じゃ無いでしょう。アメリカ軍は、国連の組織に「引継ぎを行う」のです。
自衛隊のみなさんが攻撃される可能性もほとんど無くなります。
 実際独裁政権下で、アメリカの攻撃を受けた市民は災難です、フセインを自国民の手で追放できなかった事の背景に「フセイン政権なるものに外国も加担していたから」なんですから。復興に外国が援助するのは償いでもあります。

 人質事件、今回の事件は特に国際問題が複雑に関係しているように感じます。
 解決にあたって水面下で何が行われているのか、注意して見ていかないと、事実を見失ってしまいそうです。
posted by kagewari at 19:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年04月11日

イラク問題が解決しそうですね

ここのとこテレビを見る事が少ないので(全く見ないに近いです、、)どう報道されているのか良くわかりませんが、人質開放は何よりです。

 スンニ派の指導層の一部が動いた、との事です。もし彼等の判断ならこれはヒットですね、テロリズムよりよっぽど政治的には効果的です「日本の平和運動家に、自衛隊撤退運動を呼びかける」なんですから。
 背景事情が見えてきました、家族関係者のインタビューによると、彼等は「平和運動家」寄りの人達のようです。「小泉首相に面会を求める」、、よくわかりません。
 これが日本国内の犯罪だったらどうでしょう?
 今回の犯行は国際問題を背景にしたものですが、罪は罪です。
 法廷でも如上酌量や、事件の動機は争点でしょうが、行われた犯行は拉致誘拐です。捜査担当の責任者に会う事はあっても、首相との面会を望む人はいません。(逆に首相が面会にいくなら「票稼ぎ」と揶揄されるでしょう)
 イラクに行くって事は、テロに巻き込まれる可能性が高い事を意味します、そしてそんな国際感覚のある人物達が、日本の国策を知らないはずありません。昔の話なら「私もイラク復興のために一肌脱ぐ」でしょうから、当然日本の自衛隊派遣には賛成で、もし誘拐が行われたら家族が「彼(彼等)の意思として、決して自衛隊の撤退はしないでくれ」とコメントが出るでしょう。
 今回は若干違うようです。
 北朝鮮拉致問題は、この国の怠慢(安全保障としても)が関わりますから、最高責任者が何らかの動きを、被害家族に見せる事は当然でしょう。
 しかしイラク派遣は国会の承認を得ていますから、これは日本国民の判断、という事になります。(国会の決定が民意を反映しない、というのなら、選挙は茶番になってしまいます。これはいくら時間がかかろうと、各人の投票行動と、国会の選挙制度改革の手続きを踏まなければならないでしょう。それが出来ないのなら、それがこの国の民度です、なおさら自衛隊派遣は国民の意思なのだ、と言えるでしょう。選挙における企業の関わりを争点にするなら「その企業に勤める人は誰ですか」「消費者は誰ですか」悪政の元凶になるような企業が大手を振っている国はどこですか?になります。それも又民度ではないのでしょうか。権力を悪用して悪の企業が、、なんて時代ではありません。リコール一つでひょっとすると大企業が潰れる可能性のある時代なのですから。)

 各個人の判断は詳しくわかりませんが、彼らも彼等なりに理想を持ち、イラクまで行ったのですからその意思は尊重すべきです。そして人命尊重として、その人質解放に政府が動くのも当然でしょう。
 しかし、彼らは個人の判断で行ったのです、その立場が「日本人として」だとすると、随分国家主義的発想です。人間の尊厳を見つめるなら、彼らの個人の意思を尊重すべきで「日本人だから」を引き合いに出すのは問題です。
 つまり彼らの意思が「アメリカの軍事行動に反対する」だった場合彼らの家族関係者は「米国大統領との面会を希望する」と言うのでしょうか?(テロリストの要求が「アメリカ軍の撤退」であった場合になりますが)

 この事件には様々な背景がありそうです。きっとその全貌は報道されないんでしょうね、政府の動き、モスリム指導層の動き、アメリカの情報機関、イギリス辺りの国際テロ専門コンサルタント、、。
 とにかく三人が無事に開放された事は、何よりです。
 願わくば、彼らがその意思を貫徹すべく「私人」として、イラクに留まり活動を続ける事を願います。イラクの人達も、そう願っているのではないでしょうか。
posted by kagewari at 16:07 | Comment(0) | TrackBack(1) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年04月10日

政治家について

人は何故政治家を志すんでしょう。
 昔の言葉には「立身出世」というのがありました。
 この背景には昔の『偉い人』の持っている権力が絶大で、王権神授説じゃないですが、庶民はそれを「よっぽど偉いからだ」と受け容れるより、その状況に合理性が無かったからでしょう。
 「天井人」とか「雲の上」とかです。

 自分の意思を自由に表現すること自体、政治的自立が必要でしたから、民主主義の台頭まで、政治家になる事はプラグマティックな自己表現と言える部分もありました。「何か社会に言いたい事があるとき⇒政治家に」ほど近くはありませんが、まあ結構近かったと言えるのでは無いでしょうか。

 現代はどうでしょう?
 ニュース番組では「このニュースについて街の声を聞いてみましょう。新橋の○○さ〜ん」なんてシーンをよく見かけますし、政治的でも政治的じゃなくても現代は発言は自由です。
 人権問題も、環境も情動的というより、役所ですら公共サービスの重点項目ですから、声高に叫ばないといけない問題は随分解決してきました。「雪深い古里にトンネルと新幹線を」そんな志の男が首相に登りつめたのはついこの間の話だったのに、随分と時代は変わりました。今の問題は「いかに公共工事を減らすのか」ですからね。

 「無駄な財政を改めます!」
 これじゃー一時流行った、企業の財務畑人材偏重型黒字作戦と似ています。このころ財務に明るい人間の登用はさかんでしたが、実務に明るい人間が減らされ、大規模なリストラ時代の(ある意味失敗)到来になりました。(人材を切りすぎて、本業の運営が難しくなった会社さえあったのですから)
 そもそも公務員に民間会社のようなノルマがあったら大変です。
 国は企業じゃ無いワケですし、政治に求めらるのは問題処理ばかりではなく、統計的に予測が出ている先の問題や、国際問題への対応でしょう。

 さあ大変です。「立身出世」な感じが遠のきます。
 政治家って言えば、国の予算を考えて、お役所の元次官を担ぐか、人権派の団体が知識人や大学教授を担ぐか、権力を目指す政治家達が自分たちの勢力を伸ばすためにスカウトするとか、地位と名声の野望を持つ元芸能人とか、元老院を思わせるノーブリスオブリージュ(確か特権階級の責任、とかって意味です)としての世襲(2、3世議員)、、

 あれ。政治家を志してる人がいませんね。

 そんな時代なのでしょう、
俺はジャーナリズムに反して2世議員を支持してます。もし「仕方ないから」という気持ちがあるなら、それだけ一市民の感覚を失う事は無いでしょうし、次の選挙のためだけに一歩も地元を離れない、、のも困ります。
 「加藤の乱」の淡白さは、昔の権力闘争では考えられないものでした。でもあれはあれで良かったような気もするんです。「なんだ普通の人だ」が答えでしたから。
 自民の元幹事長といえば首相候補ですが、それは中選挙区制での話です。小沢って男が仕掛けたドラマは彼が思った以上にうまくいってるのかも知れません。

 そしてイラクの事件です。
 彼らにしたら「困っちゃうよ」な感覚なのではないでしょうか。
 この国にはえげつない情報部もありませんし、アメリカの高官と独自ルートで情報を収集する大物も今は少ないでしょう。今や「誰かがやらなきゃならない政治家」です。
 実際国会に入れば「あいつに任せたら大変な事になる」とか「今の政府は何をしてる、5年後にこうなっちゃうんだから、あんな中途半端な、、」な理由で権力闘争はあるでしょうし、そんな理由はむしろ歓迎すべきでしょう。「国家100年の、、」だとすると怖いのが本音です。

 しかし、イラクの民間人は誘拐されるいわれは無いですし、自衛官のみなさんは、公務員です。彼らは純粋にイラク復興部隊として派遣されています。新聞は世論調査で反対が多かった、と書きますが、それはまるでメディアが「僕は反対したからね」と言っているかのようです。
 一般庶民としても、どうしたらいいのかって問題です。
 モスリムの人は一般に親日ですし、中東政策だけは独自外交だったこの国にとって、一大事に違いないのですが「フセイン」という一人の男の我侭と妄想のせいで世界は振り回されました。
 ビンラディンにしても、「我モスリムは激しい文明化という危険な道を歩かない、賢い文明圏なのだ。アメリカの真似をしてはいけない」と言うなら平和路線だったのでしょう。それならオペックの生産調整だって話の根拠が明確になったでしょうに。「オペックは地球環境への責任として生産調整をする」となればね、違った政治ムーブメントだった筈です。

 フセイン、ビンラディンおそらく政治家を志した男でしょう。
 どちらかと言えば、権力者と権威でしょうけれど。
 今の世論の扱いは「独裁者とテロリスト」です。

 俺は祈りますね、今銃の引き金に指をかける個人に対して。
 撃つべきじゃ無い、と思うならそうして欲しいです。
 「〜のために」そんな気持ではいて欲しくないです。
 フセインやビンラディンが一人だったのと同じく、引き金を引く人も一人の個人なのですから。
posted by kagewari at 21:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年04月09日

どうやら入学シーズンなんですね

もう季節とか今何月なのかとか、時々忘れるんですが(忘れるなって、、)間違い無く今日が何曜日で何日なのかは知りませんね。
 知らない間に入学シーズンです。
 えーそうなんですよ、街を歩くと新品のスーツをよく見かけます。(入社シーズンでしたね、、)新品のカジュアルウエアも見かけますよ(新人大学生なんでしょうか)。

 まだ新しい事はじめる時に、新しい服って伝統は生きてるんですね。スーツは持ってないからあれなんでしょうが、、
 着たきり雀の俺としては、そんな風情を見るたびに「何かあったのか?」と思ったりします。「今日は和服の人が多いなー、和服のなんとか会でもあるのか!」と思った日は成人式でした。

 この「新品の服」「儀礼の服」ってなんでしょうか?中身はそのまんまですね、しかし「気持ちが引き締まるねー」なんて言葉もありますねぇ、こりゃいったいなんでしょう?

 気分一新、うーん、、、
 なんとかも衣装、、でしたっけ、、

 「擬態」

 何かになる感じでしょうね、お芝居や映画で「衣装」って大変重要ですもの。
 「その気になる」
 思いますが、人ってなかなか「その気」にならんのでしょうね、意思って実はなかなか「動機」の全体を支える力弱いんですよ、よく聞きます「わかってるよ」、わかっていてもなかなか出来ないものです。

 さあ、みなさん、そんな時には「衣装」です。(現代だと「コスプレ」と呼ばれそうですが、、)
 お金のある人(どんな人か知りませんが)は何か「衣装」を買ってみましょう、ポイントは「新しい服」では無く「自分役用の衣装」でしょうか。
posted by kagewari at 13:47 | Comment(0) | TrackBack(1) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年04月05日

「気ままに」

これをシリアスに考えてみましょうか。
 そもそも「気まま」とは何か!

 「気の向くまま」の省略形でしょうね。
 「気の向くまま、風の吹くまま」が完全な形かも

 何故省略されたんでしょう。
1、口語で使うためには短い方が言いやすいから
2、「風まま」じゃ意味がわからないから
3、発音として「まま」の方が印象に残るから。連想は「そのまま」
4、三音での発音が軽快だから「気の向くままを印象付ける」
ex.「ちくわ」「なると」「ふがし」「まいこ」「ドテラ(もう知らない人もいますね、、)」「ピエロ」「モグラ」「ゆびわ」「ライカ」「ドレミ」

 「気楽に」という言葉もありますが、この場合「気楽に○○」をするって形になるので、なんかしなくちゃいけません。
 しかし「気まま」は何もしなくてもいいワケで、軽いですねぇ

 「何もしなくてもいい事に気が向いている」
 これちょっと難しくないですか?
 やる気満々な筈も無く「何気」に近いが「向いている」んですから、もっと自覚的です。ね、ちょっと変でしょ。
 あんまり『気まま』な感じはしませんね、これ。

 よく考えると人称の秘密が隠されています。所謂「気」ってなぁー自意識の事じゃないんですなぁこれ、「合気道」の「気」「気功」の「気」「元気」の「気」これ、本人じゃないっぽい感じです。ふかーく考えると「免疫(胸腺)系が生き物のコアとしての主体説」を唱えてる人も感覚同じかもです。

 気の向くままにして「エゴはひと休み」でしょうか。
 そんな安らぎのイメージが「気まま」にあるんでしょうかねぇ
posted by kagewari at 06:31 | Comment(0) | TrackBack(1) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


『住まいの心理学』
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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照

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