2018年09月21日

朝日新聞メタタグ問題の「運用上ありそうなこと」

※事の顛末はご存じだろうの前提で話進めているので知らないって人はググってください。

ブログ運営程度の経験ある方ならだいたいこんな感じに思っているところでしょう。
勿論の事ブログなど同様の管理画面マネージャーが存在しない事は”ありえない”。
(まさかweb業者がテキストエディタでソースのHTMLの行間に本稿入れてるとかそんな芸当する人はこの世に存在しない)
ましてや「googleなどの検索サイトの巡回NGタグ」なんて設定を管理画面マネージャーのGUIに入れ込むなんて事も通常あり得ない。「公開・非公開の設定」はあるけれど、公開しているのに検索サイトの巡回だけをNGにすることに全く意味が無い。”SEOならぬ逆SEO”ですから。
(web詳しい人によると、あり得るとするなら「違法ドラッグなどの闇サイトなどで使われる手法」だってぐらいな話らしく、、。)

想像するにこれソフトハウスなどへ丸投げの依頼があったのじゃないかと思う。
時に「朝日新聞などのインテリがHTML程度の知識が全く無いなどあり得ない」と考える御仁いるかもだけれど、(僅かながら大手系と過去やりとりした経験だと)所謂文系インテリ階級の方はHTMLがどうだとかスタイルシートがどうやらCGIがなんとかなど「全く興味が無く、ほとんど中の事を知らない」ってのが実情だったりします。
てか、ソフトハウスなどに委託する業務に対して大手さん特有の「下々の者のやることだ」感覚さえあったのではないか。
(※事実朝日広報を自称する部署からの”いい訳”は、ちょっと知っている程度の人にも「いい訳考えるにも、ちょっちょっあり得ないだろ」な水準だった訳で、その辺全くわからないからって自ら言ってるのも同じってか、、)

などなどから考えると
web掲載用の入稿やっている部署に「かくかくしかじかみたいな設定にしておいて」と言ってみたが、導入している管理画面マネージャーのGUIにそんな設定がある筈も無く、
「いろいろ見てみましたけどそんな設定ありませんよ」
これを受けて、
「あれそうなの?じゃあ設計したソフトハウスに”こういうことだから”と言っておいて」
となり、
(もうこの段階でwebの世界的にはあり得ない話になっているのだが)
投稿システム開発した会社的には
「え、マジですか?」
(発注元の言う事だから仕方が無いって判断で)
「あり得ないメタタグになっちゃうけど、やれって話だからさ」
「これヤバいんじゃ…」

勿論(それこそ素人のHTML入門程度の知識ですら「そりゃ変杉」だってのに)、朝日の人が記事のソースを見るとか記載内容に何らかの判断あるなんことはなく(HTML入門素人以下)、
延々と放置された。

■結局、HTML入門素人ですら「こんな馬鹿なことしない水準」の設定を朝日新聞は堂々とやらかしたのでしょう。
(※同じメタタグ問題がTV朝日であった事は「メタタグを設定したのは”関連取引先の同じソフトハウス”なんだろうね」と間接的に暗示しているようなものでしょうが。)


あまりにもしょうもない話なので感想もなにもないけどさ、

アホ過ぎて批判するべきところがどうこうみたいな気持にもなりません。
あまりのグダグダぶりに気が滅入るというか、
溜息ばかり…。



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コメント欄に問題となった同趣旨の投稿が続いたため、暫くの期間ブログのコメント欄を閉鎖します。閲覧されている方には不自由となる部分もあるかと思いますがご了承ください。(再開までの期間は未定です)
詳しい経緯は下記リンク及びサイドバーコメントリンク表示の説明参照
コメント欄の削除があった件(関係障害について)
http://kagewari.seesaa.net/article/402054291.html


■私のミスで記事のコメント欄が承認制になっていたりするケースもありますが(或いは昔の記事など)、現在の運営方針は「コメント欄閉鎖」です。仮に投稿があっても内容に関わらずもれなくことごとく削除となります。

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posted by kagewari at 20:23 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月14日

「音楽(や芸術)と羞恥心」(2)

副題「海外メタルファンの自我を守る”スタイル”すら崩壊させる『BABYMETAL』とは何か?」

大前提として、
一見個人主義で羞恥心が少ない(声がデカい含む)とも称される欧米人のみなさんですが、心理学的には「神との関係における『共同幻想』」という宗教的側面から語られる話で、彼らは決して自由でも無いし個人主義でもありません(語尾you know”だよね〜”文化でご存じのとおり)。

しかし、結果として時として羞恥心を美徳とする日本人などど比べ、彼らが”リアクター”として動画や音楽の反応動画において(youtuberとしてこれで食えてる人も少なく無い)、その面白さは彼らが圧倒するのも事実。
(日本人の所謂反応ってのはテキストオンリーのブログや5chなどのログが限界)

そこで文化と個人自我のエンタメにおける快感代謝の動きを知る中で、海外の反応動画をアニメや映画や音楽など片っ端から観ているのだが(欧米社会の『共同幻想』を知る上ででもとても参考になる)、ONE OK ROCKの反応動画を追跡の流れから『BABYMETAL』にいきついた。

<これはオマケなんだが>
サブカルである日本のアニメ反応動画のコアは「ラティーノ、黒人、LGBT、親和性のあるリベラル、ロシア人」など欧米白人文明の外郭であり(そんな言い方すると怒られるだろうけど)、
エスタブリッシュメント的白人の動画は少ない(youtubeからの広告費に興味が無いからとも言えるだろうけれど)、
しかし、ONE OK ROCK音楽反応動画においては状況が大きく変わり所謂ド・白人がコアとなり、『BABYMETAL』反応動画は(いかにも上流ハウスワイフものを含む女子の動画も勿論多いが)圧倒的に白人男性がノックアウトされるものが増えてくる。

「『共同幻想』自我を崩壊させるほどの」←この辺の着想で考えるといろいろ面白いかもしれない。


<さて、話は戻って>
この間まで個人的に『BABYMETAL』への関心っていうと、
「あーなんか企画的なものが間違って当ってしまい、、なるほど欧米人には歌詞がわからないから余計に波及したのかな?」程度でした。

<<<「俺がバカだった完全に間違ってました」>>>

●『BABYMETAL』トンデモナイ存在です
そして「ライブこそが本当の作品(CD以上)」というベテランバンド顔負けの性質を持つ
俺は音楽専門な訳も無いので、心理学的見解からの(方から来ました的な)分析だけど、
・フロント3人の少女はバックのバンドを限定解除・解放し”経験値の無い”リビドー120%全開を発現させる”触媒”である
・メインボーカルは勿論だが『BABYMETAL』の”本体”は2人のコーラス・ダンス担当の少女である
(∴1名の少女が現在脱退の可能性が噂されている。もしそうなったら”現象”としての『BABYMETAL』は終わってしまうのではないかと思う。)
・フロント3人の少女は奇跡に近い(タイミングの韻を踏む能力において)天才である
(補足すると、アメリカンハードロックの世界だとボーカルが”計測できない微妙なワンテンポ溜めて遅めに歌う”のがいいらしいんだが、BABYMETALのボーカルSUMETALはJAZZの法則にあるような”計測できない微妙なワンテンポ早く”歌いだす。←これが強烈なスピード感の根源。)

他、細かい事言えば、
「実はフロント3人の少女が歌っているのは日本固有種の”ポップ・パンク”であってメタルでは無い」
「彼らの音楽はほとんどがプログレでありジャンルを超えているのに、それはベースとなるメタルバンドの演奏を開花させるための導入となっていることから→ぐるっと回って真のヘビーメタルである」
「フロント3人の少女が”少女”であることがレーゾンテートルであり、この現象はどう抗っても儚く限られた期間で終わる(更に変革があるのならそれは別の物語りになるだろう)」

この辺の要素がですね、
どちらか言えば辛口で違いの分かる40越したオッサン風なゴリゴリのメタラーが、
■何故か映画でも見たこともないようなすがすがしい笑顔を浮かべる中で”泣く”
というトンデモナイ状況を生み出している

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posted by kagewari at 18:18 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月08日

「音楽(や芸術)と羞恥心」(1)

一概に「音楽(や芸術)」をフロイド曰くの昇華と考えるべきではないでしょう。
(それこそそいつは”デカい話”だ←そもそも論として俺はフロイトの昇華論に否定的見解です)
”表現”という動機形成においては「素人レベルでも何だっていいんです」。
(それを芸術の領域云々に判別するのはそれこそ偏差値認知であり『共同幻想』なのでどうでもいいことだし、自身の表現を”何だと思うか”なんて自由ですから。)

さて、ここから本題ですが、
事、人が音楽や芸術表現をやろうと思う時、ぶち当たる壁が『羞恥心』です。
(何故防音のカラオケBOXなのかって話ですよ)

わかりやすいので「音楽」における『羞恥心』ってものを考えてみましょうか。
はてさて、世の音楽家は全てこの羞恥心を乗り越えているのだろうか?
「違う」と思うんですよ。

さーて、何の話をしとんのかと言うと、
(書いていて、自分でこれから長文になることが予見できて嫌になってきておるんだが、、)
「それをいっちゃ〜おしまいよ」みたいな不文律の話。
●「絵画モデルとして全裸になることの抵抗感は、唐突に通勤時間帯に駅のホームで全裸になるのと大きく違う(これを温泉他共同浴場における全裸と比較すると更にその差は大きくなる)」
 ↑
”プロ”という称号はなんだかんだで人の羞恥心のレベルを後退させます。

●「盆踊りや阿波踊り、踊り表現の抵抗感は非常に低いですね(更にその中でも”専用の衣装の着用”などの差異はある)。しかし、唐突に通勤時間帯に駅のホームで奇妙キテレツな祖素悪ダンスを余裕で踊れる人はまずいない。」
 ↑
”文化・伝統”元祖『共同幻想』の共有あるところ、羞恥心のレベルは消失さえします。
(この辺は現代社会における”自由恋愛幻想”のなんちゃらの話もちょっと被っているかな)

さて、音楽と言えばすごくベタなところだけれど、
駅前のストリートで演奏や歌唱するって相当の決断です。
(冒頭のカラオケBOXの話じゃないが)
しかし”その表現固有の動機形成”における羞恥心レベルだけ切りだして考えれば、入浴中の鼻歌に抵抗感ある人は滅多にいない。
「ストリートミュージシャンは自己顕示欲求から”他人に聞かせてナンボ”なのだから全然話が違うだろ」←こんな疑問持つ人いるかもしれません。
 ↑
さーて、ここに重要なポイントが関わります。
自己顕示欲求だけなら「演目は何でもよい」事になりますが、
そうではありませんよね?
(ある意味そこは『共同幻想』承認欲求なのかもしれないが)
「この音楽をやりたい」って個別の目的があります。

ですから?

仮にですよ?

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posted by kagewari at 19:52 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月02日

「小さい事と大きな事」

戦争論でちょいと書きましたが、
■「ドデカい事やスペクタクルなインセンティブ」は、場合によれば人間性なるリミッターを乗り越えてしまいます。極論すると全能感というか、
(細かい事ですが心理学的には”人間性”なる概念は存在しません。上記はあくまでも一般用語としてわかりやすくするため記載したものです。)

「話を大きくしても得になることは無い」←個人の視点で言えばね
場合にとって、それは”自分”なるものを定義している個性を踏破してしまう可能性があるからです。

ひとえにインセンティブなる用語があるように
『共同幻想』はその手法を用います(故に個性の一部を放棄する契約があり得る)。
「大きな○○が得られるんですよ〜」
宗教で言えば
「それが神の意思なのです」

■「俳句のワビサビにあるように」「江戸時代の粋の文化にあるように」
人は瑣末で小さなことでも感動できます。
(感動って言えば語弊があるかもしれないので厳密にいうと、心理学的な快不快原則に関わる『興奮』のプロセスを起動できる←みたいな意味。)

「小さなことでも個人レベルの快感代謝は可能である」
 ↑
効率的にはこちらの方が合理的ですね?

さて、ここで困った事がおきます。
小さい事への感動は、極めて個人的(個性分野の)着想や視点からしか生まれません。
松尾芭蕉はともかく置いておいて、
ほとんどのケースにおいてその感動は人に伝えられないし共有もできない。
「私にとってそこツボだった」←ありますよね、一人だけ爆笑してしまう現象。
効率も効用も高く合理的だが「単独行動下」であることが条件になります。

ある意味それは
『共同幻想』適応系自我の動機形成論と、『単独者』の動機形成論を表しているのかも知れません。
(『単独者』には儲け話の必要性が無い)

そんな話に及ぶと、
「『単独者』は小さな瑣末な事しかできない」って思われるかもしれません。
いやいや、そういうこっちゃないのです。

●快感代謝や動機形成のトリガーがそうだって話なので
実際そこを発端に何をやらかすのかってのは、
現実世界の現象論に過ぎないので「わからない」が正解です。
(『単独者』に公共性が無いというものでも”無い”。現実や環境はむしろ『共同幻想』系よりリアルに視野に入ってますから。)

逆に言えば”偏差値”を重要な基準とする『共同幻想』の場合、
事の大小は半ば普遍的差異と”錯覚”されます。
小さい事をうむを言わさずに「くだらないこと」と断定してしまう傾向を持つ。
(逆に言えば何か殊更のスローガンみたいなお題目や企画性が無いと、実行に移すことが難しい。)

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posted by kagewari at 02:02 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月26日

コメント欄が解放されていますの方(ご指摘ありがとうございます)

コメント欄が解放されていますの方(ご指摘ありがとうございます)

(※前記事予告の「小さい事と大きな事」は次回の更新時アップとなります)

■時々やらかすのですが(ブラウザの誤作動により記事投稿設定ミスがありました)、
某記事のコメント欄が解放されていたものですから、
”コメント欄が解放されています”氏より指摘がありました。

先日同様に、かなり長文のコメントとともに書き込みがあったものですから
(内容的に放置はできないため)
●誤って解放していた記事のコメント欄は修正し削除した上で、一部引用で返信つけておきます

以降、昔馴らした『公開掲示板』みたいなやりとりになってますが、
興味の無い人は任意にスルーでよろしく
(ドエライ長文になってますから)


>一部の企業は潤っているのかもしれませんが、内部留保で還元されていなかったり、下請けや小さな会社などは厳しい状態ですよ。
と記載されていますが
以下URLの「平成27年度(2015年度)の中小企業の動向」グラフを参照ください
http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H28/h28/html/b1_2_1_2.html
toukei1.jpg

toukei2.jpg
ざっくり言えば、第二次安倍政権になってから目に目えて大きな改善が見受けられます
(大きな改善が見られる中規模企業に対し、グラフにおける小規模企業の件数については大きな変化が無いのは、小規模企業全体に景気と関連性の無い廃業や倒産があるためと推定されます。)

そこで次の統計
以下URLの「全国商工連合会」小規模企業景気動向調査一覧
http://www.shokokai.or.jp/?page_id=172
ページ中の最新の調査結果(PDF形式)を表示し参照ください
小規模企業の景気観のグラフがあります
toukei3.jpg
財務省による強引な消費増税の影響はありますが(そもそもこの三党合意は反安倍派による合意だったワケですし)、
2012年度からの安倍政権下で着実に改善してきています

(※ちなみにネット右翼論壇の風評とは違い、私は民主党政権を言うほど極端に政策的否定をしていませんが、前述グラフにあるように政権的には第一次安倍政権後期から福田政権時代《リーマンショックがあった》が景気動向もっとも悪く、麻生政権の財政投入政策が効き出す年次からそれを引き継いだ民主党政権も数字を落としているワケではありません。)

印象だけで、あたかもそれが事実であるかのように話の前提条件に設定することは、
”フェイクニュース(偏向プロパガンダ)”と同じです。
経済などの論評は統計など事実(ファクト)に即して論じなければなりません。

>そして共同幻想適応者を持ち上げていませんよ。事実を言っています。
印象だけで、あたかもそれが事実であるかのように話の前提条件に設定することは、
”フェイクニュース”と同じです。
社会動向などに関する論評は統計など事実(ファクト)に即して論じなければなりません。

以下より各論について「心理学的根拠の明示」もしくは”事実(ファクト)”に基づく「昭和『共同幻想』の崩壊論」なども明示し説明の補完を行います。

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posted by kagewari at 09:20 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月24日

戦争か虐殺か

安全保障の専門家達の話によれば、
「戦争は交際法規を守る、外交安全保障の一形態であり、間違っても虐殺では”ありません”」
 ↑
理屈は実に簡単で、
各国どこの軍部においても(机上演習などで)「ナントカ作戦においては戦力の○○%損耗」であるとか「兵站・補給路の○○%の消失」により→●作戦行動不可能なので”白旗”みたいな訓練が行われます。それが戦術的にも合理的だからです(概念としてはスポーツと同じ)。

1)自軍戦力が全滅しても(本国にとって大きな損失であり)なんの得にもならない
2)局地戦において自軍の作戦能力不能となった場合(全滅するまで総力戦を行っても)戦果はあげられない(そもそも作戦能力不能なワケで)
3)戦果も挙げられないのであれば、戦争において最も重要な「敵兵力の補給を消耗させるため、多数の兵士が生存している状況で白旗降参し捕虜になる」のが有力な”作戦行動”となる。
 ↑
●だいたいこんな感じです

更に交戦しているのが「お互いにプロ中のプロである場合」
或は交戦しているのが「お互いに徴兵された新兵を中核とするド素人の場合」
いずれも、滅多に人は死にません。
「プロ同士は互いに弾が当たらない状況ですら戦力差を理解できる」し、「新兵が中核の場合(その仕事の中心はまず荷物を持っての進軍なので)、敵を目で見える距離で撃ち合うことは”まず無く”、運悪く流れ弾に当たったり半ば心神喪失で立ち尽くしてしまう新兵などの負傷や損耗により勝ち負けがついてしまう(それは罰ゲームのような悲劇ではあるけれど)」
※反面交戦している一方がプロで相手が新兵である場合は大きな損害が出るが(早目の撤退や白旗など)そこは指揮官の判断ということになると思う。

(事実、戦国時代や明治維新の日本の内戦では欧米における戦争と比べ、動員された戦力や火力に対し”驚くほど実際の戦死者が少ない”。←正確な統計は無いが明治維新における政府軍の死者数は、現代の年間交通事故死者数とほとんと同じというスケールとも言われている。)


■しかし、第一次大戦あたりから世界は変わります
大量破壊兵器の登場です(この時は戦車や航空戦力による爆撃)。
故に、この時から戦争におけるPTSDの症例も観測され始める。
「戦争行為が(想定外な兵器の威力により)虐殺の場と化し始めた」
これは各国にとっても驚愕の事実で
 ↓
以降、国際法などにより民間人を狙った攻撃などは禁止とされますが(実際はパリ講和会議前後で討議されただけで実際の法制化は第二次世界大戦前期ぐらいの話みたいだが)、
結局国際法は列強が敵国を裁くための方便のひとつで
「東京大空襲から原爆投下」まで国際法違反の虐殺はバシバシ行われます。
(延長上で考えれば、日本の特攻や玉砕戦も軍事作戦とは呼べず大きな意味では戦争行為としてのルール違反)

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posted by kagewari at 17:26 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月16日

論壇やメディアの左翼偏向ってのは、世界的にトンデモない事になっているようで、、

今回の話も心理学抜きにその理由を説明できないと思う。

米国アカデミズムの世界について”衝撃の内容”’が語られている動画
”必見”です
 ↓

リンクの指示に従ってyoutubeで再生してください

(※同様の話は、保守系評論家である米国弁護士のケント・ギルバート氏も行っており。彼は「NYとLAはアメリカじゃないからww」よく言いますが、米国におけるサイレントマジョリティーとしての保守層と常に出張って目立つグローバリストな米国リベラル世論との分断構造を表現しておるワケです)
動画において驚いたのが、
「南北戦争後の南部と戦後日本は似ている(道理を超えた戦犯や自虐史観の洗脳も同じ)。日本人同様に南部の人はすぐアイムソーリー言っちゃう」
(※PC《ポリティカルコレクト》により、南部が舞台の名作映画『風とともに去りぬ』が現在の米国では事実上上映できないって話がそれを代表しているかな。)
 ↑
ココでしょう
 ↓
そして動画のジェイソン・モーガンさん曰く、北部・国軍のオリジンは(後に独裁体制を敷く)オリバー・クロムウェル文化系に属し、南部・南軍のオリジンはどちらか言うとその時英国で追放される王家・貴族文化系に属しているので、言うならば米国の左翼リベラルの文化的背景には独裁や帝国主義グローバリズムが控えており(更にその背景が米国発祥思想「マニュフェストデスティニー《知性を持った白人が銃を片手に西へ西へと伝道するのだという神話=帝国主義・覇権主義》」)、
 ↓
所謂開明的自由主義としてのリベラリズムでは”無く”、社会主義的独裁系帝国覇権主義的な思想を背景に伝統保守を”悪”として敵対視しているもので、
歴史をよく見れば、ナチスの優生学(人種優越主義)や、中国共産党設立にも関わっている。←つー話ですね。

「そこで腑に落ちた」

そもそも60年代の実存主義哲学は左翼思想と”無関係”であるばかりか、『単独者』的には右だろうと左だろうと『共同幻想』に対し仇なす存在でなけりゃ筋違いだろうに、何故か当時のサルトルとボーヴォワール事実婚夫妻の活動は反戦左翼活動みたいな流れに引き込まれていくワケで、、、

●そして不思議な事に(いやいや驚くところじゃ無いが)、
彼らは人権や弱者救済を謳っておきながら(このお題目を看板にすることで自動的に対立する相手に悪のレッテルを貼る)、中国を正面から批判することを”しない”。
北部リベラルの言う自由競争やグローバリズム(帝国・覇権主義)なるものが、実際のところ世界経済を牛耳る覇権主義を意味しており、所謂米国の非NY・LAな市井の民衆の利益にまったく関係の無い話になっている。
 ↑
この判断から
こう
 ↓
■これに断固反対し、NYやLA的世界のアンチテーゼとして登場したのが「トランプ大統領」である(中国の人権問題などに対し外交コードを無視した批判を展開中)。
彼は左翼リベラル系メディアの報道や発信を全て「フェイクニュース」と断じた。
(左翼リベラルの無意識な陰謀論みたいなものを指摘しているみたいな。)

その実態にネット社会は気が付いていたが、これが急拡散するに至り、
米国においてはトランプ大統領、日本においては安倍政権への支持として
それが「過半数に及ぼうとしている」=近代から拡大してきた左翼リベラル思想が野党少数派のトンチンカンな妄言として認知され始めてきた。

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posted by kagewari at 20:54 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月09日

”ひつこい”ようだがベーシックインカムについて

何やらカナダの社会実験も中止になるなど、
各国で進められてきた「ベーシックインカム」の雲行きが怪しくなっている。
(てか噂によるとこれらの実験「支給ベースが大きすぎる」ような気もするんだが)

どうにも制度運用の趣旨ってか政策としての全体像が煮詰まっていないのではないか。
(実験を自治体だけやるのは限界がある)
政策趣旨の根幹は、ベーシックインカム言いだしっぺが「小さい政府論の保守派」であることで、
●物凄く話を単純化すると
全く役にもたたない公務員組織があるとして、
この組織は「いかにも仕事をしていると見えるように、それっぽい箱物と、なんちゃって業務のため規制監督権限をもっている」と仮定しよう
建築業における原価率はそれぞれ違うと思うので一概には言えないけれど、
「最初から言うほど必要の無い組織であれば、見栄えのいい庁舎も造らず、意味の無い規制は撤廃し、職員の給料はそのままでもいいので、働かなくてもいいから”各人暮らしている社会から求められているボランティア活動などを自由に選択してくれ”。」
 ↑
こうするとだけで当初の運営コストは莫大に”余る”
(庁舎などの箱物は維持管理費だけで莫大なの忘れずに)
 ↓
そのままだと建築業界の産業需要が縮小してしまうので(経済規模の縮小)、
余った予算で労働集約的割合の高いサービス業への投資をしたとする。
結果、建築会社及び資材メーカーの総支払給与以上の所得が分配され、(金額ベースのGDPは建築資材単価分縮小するが)消費需要は大幅に拡大するため、暮らす人の生活レベルは向上する。

※この話はすべからく「資材なども輸入が多かったり、基礎的農業および食料品は世界的な過剰生産ベースにあり、インフラが十分に整備されている先進国でのみ可能」な政策なんだけれど、
日本の高度経済成長以降バブル以前までに実際に見られた風景として、予算を消化するために年度末に駆け込み工事や備品の無駄な購入などが殺到したりしたワケで、
 ↓
政策的に「ベーシックインカム」ってのは合理性が高いから検討されているものだって話です。


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posted by kagewari at 15:35 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月04日

漫画と浮世絵とピカソ

ピカソの「福笑いみたいな絵画」が登場した理由は、
日本の漫画やアニメで「横向いているのに口がこっち向いてる」画風と同じです。
両方元ネタは”浮世絵”
(日本の場合は正に伝統)
当時の欧米写術主義では考えられなかった画法であり(ダビンチ先生激怒してます)、二次元主義とでも言えばいいか後のキュービズムに至り、これの逆輸入なのか「漫画やアニメやゲームのキャラに入れ込む時に”二次元嫁”と呼んだり」面白い展開になっています。

遠近法なのか多視点なのか?
まーね、人間見る側が止まり続けているなんて事は無いのであって、遠近法は確かに正確な画法ではあるが「時に手に取ってあっちもこっちも見る」人間にとっては、まさに額縁という『枠』に入った仮想現実でもあるワケで、
「正面から見た画(え)だけで絵として”それだ”といえんのか」つー悩ましい問題の中、
ピカソ先生のアレに至るのですが、
(言いだしっぺの日本から見ると、そこまでやらないもんだが、、、みたいなとこあるけど)

より具体的に言えば、
浮世絵や漫画・アニメ・ピカソの技法は多視点なだけで無く、多時制なんだよね。
「こっち向いてしゃべっている時には口を正面から見て、本来見るべき方向向いている時には横顔だ」に始まるわけだから、時系列を追って表現されている事になる。
遠近法の写術主義がなんだかんだと写真みたいな”止まった感”に”切り取った感”に陥りやすいのに比べ(てか”止まらされる”のは見る側なんだけどさ)、
浮世絵や漫画・アニメ・ピカソの技法は”動いている絵”を表しており(故にセル画を節約する日本のアニメにおいて多用されることとなる)、
 ↓
「いやいや二次元では無いよねと、」
(更に言うと、アニメなどにおけるCGへの違和感や拒絶の原因でもある)

え、ちょっと待ってその括弧書きのCGの説明なんか変じゃないか?
遠近法守った写術でも動画でしょ、マジ動いてるじゃん。
それが(時制のズレで)違和感あったらおかしいのでは?

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posted by kagewari at 19:41 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


『住まいの心理学』
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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照

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comments他

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(基本的に削除依頼には応じられません、削除依頼は投稿禁止ワードとなってます)

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ものぐさ精神分析
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続 ものぐさ精神分析
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ソロモンの指環―動物行動学入門
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攻撃―悪の自然誌
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善悪の彼岸
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ナイン・ストーリーズ
サリンジャー
4102057013

異邦人
カミュ
4102114017

The Missing Piece
Shel Silverstein
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ぼくを探しに
シェル・シルヴァスタイン
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自我と防衛
A・フロイト
4414404045

不道徳教育講座
三島 由紀夫
4041212073

血の収穫
ダシール・ハメット
4488130011

長いお別れ
レイモンド・チャンドラー
4150704511

ブルー・ベル
アンドリュー ヴァクス
4150796033

野獣死すべし
大薮 春彦
4334723489

インテリア
ウディ・アレン ダイアン・キートン
B00005V2ZD

戦争のはらわた〜Cross of Iron〜
B006QJSAZ6

ブリキの太鼓
フォルカー・シュレンドルフ
B000197HT2

ワイルドバンチ
ウィリアム・ホールデン サム・ペキンパー
B000CNDI22

ゲッタウェイ
スティーブ・マックィーン サム・ペキンパー
B0009G3EUI

ブリット
スティーブ・マックィーン,ピーター・イエーツ
B0009G3EUS

惑星ソラリス
アンドレイ・タルコフスキー
B00005G0Z1

夕陽のギャングたち 完全版
ジェームズ・コバーン セルジオ・レオーネ
B0000C4GN5

グロリア [SUPERBIT(TM)]
ジーナ・ローランズ ジョン・カサヴェテス
B0006MRKDM

SMOKE
ハーヴェイ・カイテル ウェイン・ワン ウィリアム・ハート
B00005YUYA

用心棒
三船敏郎 黒澤明
B000075AVO

椿三十郎
黒澤明
B002DYGZLE

ニュー・シネマ・パラダイス
ジュゼッペ・トルナトーレ
B000DZV6VE

ル・ジタン
アラン・ドロン ジョゼ・ジョヴァンニ
B00005RV32

フルメタル・ジャケット
B003EVW6BS

風とライオン
ショーン・コネリー ジョン・ミリアス キャンディス・バーゲン
B000BVVFK2

パリ、テキサス
ナスターシャ・キンスキー ヴィム・ヴェンダース
B000057HM2

未来世紀ブラジル
B0067XIHEA

マグノリア
トム・クルーズ ポール・トーマス・アンダーソン
B00012T1XO

ディア・ハンター
ロバート・デ・ニーロ マイケル・チミノ
B000657NRM

タクシードライバー 〔SUPERBIT(TM)〕
ロバート・デ・ニーロ マーティン・スコセッシ
B00011F1BG
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