2019年10月14日

リクエスト関連(宜しくお願いします。さんから『共同幻想』論)


宜しくお願いします。さん
>以前のリクエストで共同幻想を無意識に嫌っている(人の話)という記事がありましたがそれを読んで思うところがあり質問します。些細な悩みなのですが、マンションのゴミ出しや外廊下などで住人に出会った時に挨拶するのがなぜか大の苦手です。会った手前挨拶はするのですが、本当はできれば会いたくない、顔を覚えられたくない、知らないふりをしたい、個体識別されたくないという思いが強いです。これは共同幻想社会を嫌悪しているということなのでしょうか?元々ご近所付きあいはあまり無い、都会でも田舎でもない微妙な地域です。

「あるあるネタ」ですね


何も特別なことありません自然な反応です

●”ネコの用心深さ”で考えれば説明の必要も無いでしょう
自然界で単独行動夜行性の捕食獣であるとか、警戒心の強い小動物
「いずれも、個体観察すら難しい」ですよね
(姿を見るだけでも一苦労)
たとえは悪いですが、泥棒心理もそうです(笑
●動物の話にならば「バックトラック」ご存じですよね、動物が追跡者をまくために自分の足跡を逆走してから飛び出して痕跡を消す(動物なら誰でもよくやる)習性です。←自然界の動物における日常のほうが手の込んだことしてます。
(でね、そういう高度なテクニック使える奴が彼らの世界におけるトロフィー級の王者ですから←ここ重要)


■『共同幻想』の合理性って何か?
このアイデア発明前は、氏族社会・部族社会がいとこでしたが(てか中国の農村部は21世紀初頭でもそうでした”隣村”との農機具使った出入りの大喧嘩は半ば公然の自然闘争だった)、
誰かが挨拶だとか、握手など「殺し合いにならない仲間ですゲーム」の開発に成功し、大規模な社会の構成に成功します。
つまり?
『共同幻想』適応者同士であれば(そのゲームのルールがもう自我の一部になってますので→ゲーム中のNPCのような自我が脳内に構成されてるようなもので)”自然界の感覚は『抑圧』され”、当該人物にとっては麻痺したかのような感覚になってますが、

『共同幻想』適応人格以外の者にとっては、そんな約束事にすら(違う意味で)違和感あるワケで、
さっきの各個書きの中国の話に戻ると、
評論家の石平氏がよく話すネタに(前述の農村戦争の日常も踏まえ)
「中国では血縁者以外の他人には決して本当のことを言うな」と子供時代から叩きこまれます(それこそ『共同演奏』二段階論みたいなww)、
ですから(そら全員ではありませんが)「普通に田舎で育った中国人にとって、他人に嘘をつくことに道徳的抵抗を感じることはありません(むしろ道徳的に正しい)」
(※故に逆の意味で縁故に対して不正含む便宜をはからうことも道徳的上位概念となるので不正が絶えない。)
 ↑
その前提(ゲームのルール)で騙し騙されって世界もあるワケで、
(彼らは決して赤の他人に対して”能天気な日本人社会”のように気を許さない)
そんな中国文化の世界で活躍する銭ゲバの華僑が、唯一進出できない国が”インド”
華僑曰く「インドの商売人が(これが)悪いんだ」って話でww
(どんだけなんだよって)

●そんな世界の『共同幻想』があるってのに、
非『共同幻想』個人に、対『共同幻想』への警戒心が無かったら、
そっちの方がむしろオカシイでしょう。
(なんだか怪しげな宗教信者で妙なドグマをインストールされてるのか?みたいな)

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posted by kagewari at 02:30 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月13日

『概念』と言語の話もう少し引っ張りますか


また料理の話かよって声あるかもですが

■たとえば、たとえばよ
「さあ今日はすき焼きなんだけど」(わぁーい)
「ウンチの臭い人わぁ?」「お肉食べる人ー!」
「すき焼きって言えば?」「お出汁と生卵がメインでーす」
「お父さんの稼ぎ、あ、じゃなくて、、グ、具は何んでしょう〜!」
「しらたきと厚揚げだけだねっ!」
「さあめしあがれ」
「いっただーきまーす」「すき焼きっておいっしいねー!!」
 「僕、お肉がいい」(激しい衝撃音)
  ↑
えー、確かにそこで本当に美味しいと感じる人がいるのも事実
(その感情に嘘は無いと言えばウソではないのかもしれない)

しかし、これって概念操作による世論誘導プロパガンダそのものですよね?
(「せいじかって、わーるいんだねー!!」)

●なかにはそれを「洗脳」と呼ぶ人もいるでしょう

●ある人は「お肉」発言した子供を「発達障害」と呼ぶ人もいるでしょう


前述の話に戻るけど、
料理メニューの概念として「すき焼き」には定義(『共同幻想』的常識)があり、
地域差(ローカル『共同幻想』差)こそあれ、
少なくとも「お肉の入っていないすき焼きはすき焼きでは無い」
(なんだが、ドグマやらメタファーがどうしたみたいな論法になってますが、、)

故に「すき焼きっておいしいねー!!」
 ↑
たとえ味覚が本当に美味しかったのだとしても、それは本音と言えるのか?
てか”設問が既に虚偽”である←真に受けるとレトリックにひっかかったってこと
(こう置きかえてみ?同じ論法で→「○○人ってわっるいんだねー!」)

■少なくとも(語られるべき事象:現実は)
「貧乏な”家(ウチ)”のすき焼きだからねっ」←この真実こそmost【大事】だよね
はらはらと涙こぼれる的感動ともなった”本物”


●「強迫心理」を説明する上でわかりやすい例は
(その後)
「お肉とか食べる人とか吐き気するんです」
「それから厚揚げさえあれば世の中幸せになるのにって凄く思うんです」
    えっ?


●『共同幻想』を説明する上でわかりやすい例は
「ちょっと○子さん、このお肉は何かしら」
「えっ何かおかしいですか?私の地元ではすき焼きって豚肉なんですけど」
「そうあなたは○県にお嫁にきて、ウチの○夫さんにすき焼きだと言って豚肉を食べさせることがどういう意味だかわかるかしら?」
わなわな震えながら「○夫さんはあなたの地元に婿入りしたんじゃないですよ!!!」
泣きながら”ガッシャーーン”

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posted by kagewari at 05:54 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月12日

リクエスト関連(ボー子さんから友達関係)


ボー子さん
>リクエスト記事の中には友達と遊ぶのは楽しい、友達はかけがえのないものという共同幻想適応者がいますが、私も同じことをよく共同幻想適応者から言われるので、本人達は友達といるのは楽しく、かけがえのないものなのではないですか?あと歩留まりは職場などでは共同幻想適応者のふりをするとのお話でしたが、会話なども共同幻想適応者に合わせるということですよね?会話が続かずに途切れたり、会話を弾ませることができなくてつまらないと言われます。歩留まりとして共同幻想のふりもなかなか高度で苦戦しています。


■えーと何回説明すればいいのかと思うんですが、、
過去ログ読んでもわかりませんか?

もう一回説明しますが、
オンザレールな『共同幻想』適応人格は(言うならば『歩留り』との対比で言えば)
この社会的合理性で個人の自由が”共有化されるため”限定される仕組み(あたかも所得課税により共有資産の公共投資に使用されるため自由に使える個人の可処分所得が減るように)、
このストレスに対して(『共同幻想』権威を疑う事は禁忌なので抑圧されるため)自覚できないのです。
 ↑
わかります?
毎度自分の財布から「町内会費を抜かれてる」のですが、その行為に疑問であるとか批判を持つことを『共同幻想』の仕組みで(道徳概念とか常識概念とかで)「禁じられており」
それが洗脳に近い形で自我構造設計されているので、
”不快感の自覚を持つことも許されていない”んです。

●当人達はその構造的なストレスをどのように感じるのかと言えば
「休日が楽しい」だとか「友人との食事会が楽しい」だとか「遊びにいきたいね」みたいな、(どうしてそれが発生したのかわからないのだが)溜まったストレス解消するイベントを定期的に必要とします。←そして『共同幻想』はそれを可能とする遊興の仕組みも提供するワケです。
 ↑
友人をあてがい、『共同幻想』適応することで構造的に発生するストレス解消イベントを用意し
(『共同幻想』の都合のいい労働者となぅていただいて、個人で稼いだ給与も全額『共同幻想』センターで使っていただくというww)

そら(違った意味で)かけがいがないわww
そして(違った意味で)楽しかったりするんでしょうね



■『単独者』は普段の日常全てが(『共同幻想』適応者から見れば)”非日常”なので、
定期的に飲み会だとか遊びにいかないと解消されないような構造的ストレスを”持ちません”。
【その必要が無い】んです。
(殊更何かして遊ぶとか、『単独者』には疲れるだけでバカみたいぐらいにしか思えない)
『案読者』は所得課税も何も「この人円でお金持ってんの?」だとか「そもそも物々交換とか言い出しそう」な連中ですから(労働って何?だったり)。

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posted by kagewari at 21:55 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月11日

リクエスト関連のオマケ(ykkさん)


ちょっと相対的見方としても一回説明しておくべきところがあるので、

ykkさん
>あんな親や家庭で育たなければ不必要な苦労をしなくて済んだんだと思うと無念ですが。今までの人生は返ってきませんが、これ以上無駄にしないためにもさっさと原因を探しあてて改善できたらと思います。ありがとうございました。

 ↑
”筋読み”としてね注意していただきたいとこあるんですよ

「勧善懲悪」←これも『共同幻想』だからね
拘り、自意識が拘束されれば「強迫心理」なんですよー
(うっかりここに気が付かない人多いけど)

●説明の一部を読み違えているのかも知れないのでオマケで解説しますが
「どこかに”悪い人がいて”、不都合感じる自分は”被害者だ”」
 ↑
この筋立てがもう(『共同幻想』的強迫性な)”彼らの手”なの(それも同調圧力の一種)
(それに飲まれると、考え方に認知リミッターが同時発生して、そこから先を考える事ができなくなります。「自由な発想が『抑圧』される仕組み」。てか、文字通り思いっきり『被(こうむる)』刺激されるから。)


 「事象の全ては相対的に決まる」のであって

どちらか一方が何役で、ハイこちらは何役みたいな三文芝居なシナリヲで語れる筈が無いってこと


●何か感情的な部分のアレをやれ我慢しろとか、最後は仲直りしましょうねみたいなアホアホ論議をしているのでは【無い】からね。←ここ誤解の無いように厳重注意(イジメ論でもこの誤解が頻繁に起こるんだけどさ、、)
 ↓
事実関係調査している捜査官や探偵がね、
そら個人的に「こいつめー」みたいに思っても、
「こいつが悪いから調査は終わり、犯行動機などどうでもいい」←アウツでしょ
そんな姿勢じゃ事実解明なんかできっこ無い。
(下手すりゃ新たな「強迫心理」を生み出すだけです)

 「それは、それとして(個別に情状酌量レベルを捜査官や探偵が考える必要は無いが)」


■何があったのか?という視点は相対的でなければならない
忘れちゃいけないところいくつか挙げると
結婚し子供を設けている点や歴史的背景から
「ykkさんの家族は『共同幻想』社会適応を少なくとも外形的に尊重している家である(組織論としてね)←その証拠に”家幻想”を構築し、自分を父や母などの所属組織の俗称(軍曹や伍長)で呼ばせていたワケで」

1)父親がどんな人物像として理解されていようとも、彼の言動の全てが(『共同幻想』離れた時の)”彼個人の本音”では【無い】、大きな社会的『共同幻想』の枠組みの中で、彼の家庭内での言動の一部は”中間管理職としてのもの”でもある(強迫的人格とでも考えちゃうのが近いかも)。

2)母親が離婚の選択含め、問題の解決を最優先したとは思えないことから(依存性)、すくなくとも彼女も同問題の中心人物であることは間違いない。
同時に、その彼女の言動も、大きな社会的『共同幻想』の枠組みの中で(とりわけ近代から昭和の女性特有の「結婚願望」などの強迫下にある)「どこから思いついたんだかわからない側面」があること

3)『共同幻想』適応系人格の人格の一部は既に当該社会と共有されており、個人として独立していない。当該人物の行動を分析する時には、彼らの子供時代から接続してきた『共同幻想』の中身や実態が何だったかのかを知らなければ、所属メンバーとしての彼らの本質は見えてこない。
(この時とばかりに営業の個人責任を追及しても、詐欺グループ企業の摘発はできない)

4)あちこちで語っているように『共同幻想』的な幸福モデルは既に破綻しており
(ついこないだのykkさんのように『共同幻想』キラキラクイーン妄想みたいなのあると、そこが偏向しちゃうんですが)
・人生がままならないことになっているなら、彼らも被害者としての一面があること
・なんだかんだと『共同幻想』崩壊自体に直面しているのは”全員”ですから(オンザレールな『共同幻想』適応者は老後にそこに直面するなど)、なにかのいきがかりで自分のメンタルに問題意識を持つに至る事は「一方的被害では無い」こと。
(視野に入っている世界は『共同幻想』のリミッター解除された解放区なんですから←適応し過ぎでズブズブな人より優位な側面あるのも事実)

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posted by kagewari at 22:23 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

料理で味わう『共同幻想』(もっと専門外だからねww)


「そうだきょうは肉じゃがにしよう」

説明する必要もありませんね(笑
『共同幻想』です、肉とジャガイモを使った加熱調理に特定共有概念とも言える”調理パッケージ”の名称が共有されているっちゅう話。
「宮廷料理」や「郷土料理」、「国民食」や「伝統食」と「ソウルフード」、「地元の味」から「おふくろの味」まで、
『共同幻想』階層それぞれに料理が分布する構造にあります

説明するまでも無いけど
『単独者』が冷蔵庫の扉を開けて「う〜んと」
仲のいい『共同幻想』適応者から
「それ何の料理?」
「お前さ、何の料理って・・、」
(何かの概念に合わせようって意識皆無だからww)

逆にこんなんもありますね
「カレーライス作ろうと思って」
「それは楽しみだ」
「あっ玉ねぎ買うの忘れた!!」
すっごい形相でスーパーに走る
 ↑
それを横目で『単独者』は「・・・っっ?」


■まーねこのブログでもよく出てくる”個別各論に意味は無い”ってのはさ
「玉ねぎさえあれば!!血の涙が出ます」←こういうことだったりする
(うーんと、事件の経緯ではあるけども、、、全然関係無いんだわ、、)
「やっぱり思っちゃうんです、玉ねぎの入ったカレーって本当に美味しいですよねっ」
(そうかもしれないけどさ、なんというか話の本質として)
「違うんです、私の知人もそうだそうだって、”皆どこの家でもカレーに玉ねぎ入ってないとかありませんから。”私自身そう思ってますから、」
(カレーの話がしたかったんですか?、、、)


「オメーなきりたんぽってのはな(涙目で)、わかってんのか!」
(うーん、なんてーのか、、五平餅なのかなって一瞬思っただけで、、)

■結婚記者会見で
「得意な料理は何ですか?」
「・・・・はっ?・・・」
「いやいや、得意技みたいな意味で」
「えっ、これは何かの競技なんでしょうか?」
「あの、何言ってるのか?」
「うーんと、あなたの質問が私の耳には”得意の体位は何ですか”みたいに聞こえるんです」
「えーーー」
(みたいなww)

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posted by kagewari at 14:34 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月10日

言語学の話をやるつもりはないのだけれど(専門外だから)


『共同幻想』論としてさ、
(あられもないとこからワケわからん話もあったので)
その典型である”言語”についても書いておこうと思う。

人類ヒト科はその昔、言葉は話していません。
どこから言葉を話すようになったのか?それは謎だけれど、
どっかの部落なりで発明した奴がいるんだろう、
(言語発明前でも狩りの時に手信号とかはやっていてもおかしくないからね)
箇条書き的な情報伝達する上でこれ以上無い便利な『共同幻想』が言語だけれど、

ある景観や状況全てを言葉だけで伝達できるか?
考えるまでも無く答えは「否」だ。
(こころに浮かぶ誌的情緒にしてもね)
論理においてはやれ弁証法だ、表現においてはメタファーだのいろいろあるけども、
●「”語彙を共有することで情報の流通が可能となる合理性”」
として始まった言語なる『共同幻想』は、表現しきれない限界を同時に証明している。

なんつったって「国語や文学」なる存在がこの世にあるように、
表現しきれないから無数の言葉があり、知識人でしか知らない使用頻度の少ない難解な言葉もある。
 ↑
仮に(そんな専門知識は限られた特権階級にしか習熟できないのだから)
広く多数の市井の民の事を思えば「必要最低限はこれぐらい」って合意に至る。
何故って”共有化”されなければ、情報伝達の意味を成さないからね。


■即ち
『共同幻想』の必須条件である”共有化”の効率を上げれば上げるほど、語彙は減り・表現可能性の幅は狭まる(典型例が義務教育における「常用漢字」の定義)。
 ↓
「限られた事象しか伝えられない(それ以外の現実は抑圧されるのと等価)」
 ↑
『共同幻想』認知リミッターの一部がわかりやすく表れているよね


■逆説的に言えば(それでも限界はあるだけれど)
『単独者』や確信犯的『共同幻想』再選択者の場合、”広く一般に共有化”が第一義では”無い”ため、
『単独者』においては自分自身、
確信犯的再選択者においてはコアなメンバーだけ、
その範囲で語彙を理解していればいいのだから、一般には知られていない専門用語含め「そもそも使用する”語彙””言葉”の限界が無い」


よく見かける話に、
コテコテのネトウヨ系保守論壇が、古語の漢字で表記するのを好んだりするスタイルを目にしたことあると思う。←これも”広く一般に共有化”が目的では無い例だよね。←差別化のため”あえて通じない言葉を選ぶ”
(しかし彼らのコアメンバーの間では、”そこには別の意味があって”表現の幅や、仲間判定リトマス試験紙なケースもある←「おっわかる人ですね」とかさ、)


ローカル『共同幻想』や、DQN系グループでも似た例あるよね
「仲間内だけで通じる方言」や「アホみたいな略語」により排他性(=仲間同士の確認)を効かせて群れの日常的安定を図る。



『単独者』に及べば、
極端な話、考える空間の過半が「独り言の類」なのだから、
言語よらない思考も多くなる(イメージ化された概念がわかればよい←説明できなくてもいんだから)
実際、芸術家に「作品を言葉で表現するですって?」←説明されても意味が分からないって状況はむしろ自然でしょ
(言葉で表現できるなら僕は文筆家になってる、どうして彫刻家やってると思ってるの?)


■見方変えると
『単独者』や確信犯的再選択者が、オンザレールな『共同幻想』適応者と会話する時、
(言葉が通じるように、お定まりの『共同幻想』概念や「常用漢字」的に語彙も選ばなければならないので)
まったく英語は苦手な人が限られた単語使って必死こいて説明するみたいな”もどかしさ”も感じるワケで、「素の『共同幻想』社会適応者相手だと意思疎通ままならない状況」あり得るのだよ。

(※ここにも「ナントカ障害は誤診かもしれない説」の一部が表れていると思わない?)

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posted by kagewari at 12:31 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月09日

『単独者』の雑感「米朝会談の顛末に思う」

※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


何時の時代からでしょうね、
■「北朝鮮は口ではこう言ってるが、その本音はおのように読み取れる」
 ↑
なんだか得意げにそんな解説する事情通の評論家が増えてきましたが、


なんで、そんなめんどくさい翻訳ごっこに世界が付き合わなければいかんのだ?
ふざけんなっ
■(本当の大統領は彼という噂もある)ペンス副大統領あたりが
「世界 は 北朝鮮やK国の 意訳を前提とする発言を今後一切認めない」
「聞 い た ま ま 理解 す る か ら もうわかったな!!」

 ↑
大音量で言うべきだよ


やってらんないっての
(あれで切れないトランプもたいしたタマだぜ)
どんな思考回路してんだ、
本音を話すとカモフラージュでも解ける呪文か何かか?
(お高くとまるような権威の裏付けすらネェってのに”偉いさんごっこ”の小学生なのかっ)

非核化交渉なんざ、トランプが威嚇で誰もいないとこ狙ってトマホーク一発着弾させるだけで妥結するんじゃないのか?
(真面目な心理学的具申だけどさ)

スポークスマンの朝日が言ってんじゃん

「一発だけなら誤射かも知れない」
(これ引用だったらしいけど)




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詳しい経緯は下記リンク及びサイドバーコメントリンク表示の説明参照
コメント欄の削除があった件(関係障害について)
http://kagewari.seesaa.net/article/402054291.html


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posted by kagewari at 20:45 | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(ykkさんから ちょっと間隔開けましょうか)


現在依存のリスクは感じませんけど、
心理学系の話はゴリゴリ進めればいいってものでもないので
(単純に時間経過で思い出す事もある)
今回一区切りに少しリクエストは間隔開けましょう
(具体的にどんくらいって厳密なものは無いですけど)

ykkさんから
>ありがとうございます。小さい時の環境や親のことについては大体事情はわかっているのですが、もう少し考えてみます。ただそれとは別に「友達と遊んで楽しかった」体感は家庭以外にも、幼い時の共同幻想社会(学校、近所の祭りや町内会の行事かわからないですが)によってそのまま取り込め的に刷り込まれた部分も大きいように思うのですが。

■まず分析する上で大事なとこから
正確性の必要性が無いとは言わないけれど、
何一つ間違う事無くみたいなものでもないんですよ。

<理由は凄く簡単>
所謂通常の『反抗期』プルーフ時の「現実アップデート」
思春期の青年に腕利きジャーナリストばりの家族の肖像についての歴史認識や、登場人物の背景事情の類推ができる筈も無い。
しかし?
このプロセス(子供時代の『共同幻想』にダメ出しして本当はなんだよって考えること)、
それによって概ね子供j代の『共同幻想』はネタバレ崩壊し、大人目線の社会的『共同幻想』に置き換わる(或は『歩留り』選択の発見や、『単独者』覚醒など)。

勿論度合によって子供時代の『共同幻想』その一部がフェチシズムのように残っていたり、性文化としての”若干の倒錯傾向”なんかが残存したとしても、その支配力は「強迫心理」と呼べるほどではなかったり、コンプレックスとして自覚されたりする。
●つまり”おおよそだけれど”「自身の自我における問題意識と認識されるレベルに至らない」
(※全く無いってことではないけどね、仕事環境などで誰にだって「鬱病」に至るリスクはありますから。←故に労災認定もされる=社会的合意があるほど”誰にでも起こり得る”)

「それでイナーフ、イナーフなレベルはどんぐらい?」って規格なんざないけどさ

「強迫心理」にただ振り回されている状態から、
(オイオイこりゃ「バカか俺」案件なってネーか?)
●「俺って○○○○とか強迫的に思ってね?なんかおかしい(記憶イメージに騙されている気がする)、何が始まりで、俺どんなトンチンカンな思い違いしていたろうか?コノヤロー冗談じゃネーぞ」
 ↑
こいつを(過去方向)関連テーマに向けて稼働した時点で、
(ネタバレへ)流れは変わるからです。
 ↓
主人公のその宣言で、犯人が誰だかわかっていなくても、
犯人は動揺するじゃないですか。
(真犯人が結局発見できなくても、その段階で犯人は逃げに回るため以前のような謀略を自在に操る事はできない。)


さて、そこで
>ただそれとは別に「友達と遊んで楽しかった」体感は家庭以外にも、幼い時の共同幻想社会(学校、近所の祭りや町内会の行事かわからないですが)によってそのまま取り込め的に刷り込まれた部分も大きいように思うのですが。
 ↑
■この点は
「強迫心理」成立の原理原則に照らせばいんです
構成要件として、現実から乖離するほどのエスカレーションやエレベーション(大きな公園化や特別な象徴化)←これはエディプスコンプレック成立の原動力(親世代の権威性が幼児には誇大に感じられる普遍的コンプレックス)、或はそれが(断念に至る何かによって)反動化する時のレバレッジなどに呼応するものでなければならない。

(※もっと単純化すると「よっぽどのことがなければPTSDなんかにならない」)

「自分にとってそれは”何という化け物だったのか”」←のような認識が必要なんです。

ykkさんにとって、肥大化・誇大化バネとなる原動力は「バイオレンスな父」となりますから、
そこに何らかの関係性が無ければ、
どこにでもあるアホみたいな『共同幻想』が、子供時代のあなたにとってキラキラ輝く桃源郷のように思えるなんて事はあり得ない。
(現在でも見当違いな憧憬に至るようなね)
 ↑↓
▲仮の話ですが、ykkさんが『反抗期』をちょっとひねくれてプルーフした場合、
(その体験の一部はネタバレせず残留し、コンプレックスとして自覚される程度の影響力を残し)
『共同幻想』社会の仲間を見て、
「あんかさ、みんな楽しそうにしてるけど、○子が付き合ってる彼氏いるじゃない。あーいう優しそうな男に限って暴力ふるったりするんだよ。楽しいのは若い頃の今だけ今だけ」←みたいな大人になっている筈なんです(メンタル問題には至らないが”めんどくさい大人になった”とかね)。

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posted by kagewari at 14:19 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月08日

リクエスト関連(ykkさん分析はこの場では限定的だからね)


ykkさんの続き
>暴力的な父への恐怖や母に依存が抜けません。当時第三者が救出するとか暴力がないのびのびとした環境に育ってたら安定してたでしょうが、そんな人がいないのでただ一人で恐怖に耐えてました。どんなアプローチをしても恐怖心を抱えた幼児期の自分ではどんな声と届かず、ただ恐怖に震え、これ以上どうしたら良いのかお手上げです。ただ遊んで楽しいというのは親の投影ではなく、共同幻想の誰かに「楽しいものは楽しいんだ(理屈抜きで受け入れろ)」と恐怖政治のように刷り込まれた感もしますが。


さて、いよいよ本番ですね



■記事リクエストでは本格的な分析はできないので
外郭の分析と推論を提示するまでが限界になります
(本格的な分析にはそうとう広範囲の情報提供を求め大がかりに行うため)
しかし、考えるべき要点は提示できるので
(後は自分でやってくれ的になっちゃいますが)
可能な範囲でやってみます
(料金的限界もあるのでそこはご理解ください)


<<<<記載された家族のシナリヲを解きほぐす上で重要なポイント>>>>
いくつか列挙してします
※【厳重に注意いただきたいのは】幼児期の記憶・且つ反抗期が(エディプス的ハードルにより)不全で、幼児期の自我が「強迫心理」として残留している。
=それは幼児の記憶が(全ての人類の幼児期の記憶は不正確・子供時代遊んだ公園に大人になってから訪れると驚くほど狭かったりなど)確実に不正確である点です
それが反抗期不全により(その”デカい公園の”記憶を引きずり続けるため)大人自我による「現実アップデートが行われない」ことにより(大きすぎる公園をどうしてもリアルサイズに否定できない)、現実に見えるもの認識される事象”全てが”子供自我の「強迫心理」により偏向することです。

1、まず記載された記憶は子供目線で見た現実なのでこれを大人目線で「本当はこのような関係だったのではないか?」へ還元しなければならない

2、「個別各論に意味は無い」この原理原則で明らかなように
同じ事象でも背景事情によりメンタルが受けるストレスは全く異なる
(前記事で説明した「同じピンポンダッシュ」でもその顛末が背景事情の違いにより大きく異なる話、再び参照のこと)
●つまり今回のケースで言えば父親の暴力性←このスケールは「実は全く関係が無い」
このネタと、どんな背景事情が関係すると当時子供だった自分のメンタルにエディプス的ハードルが形成されるのか?←ここを考えなければ答えはみつからない。

3、母親の介在
夫婦ってのは「社長二人の共同経営法人です」
どちらか一方が加害的で、どちらか一方が被害的と断定されることは”まずあり得ない”
(被害者役が「被害者マウントで道徳的優位利権を獲得しているのではないか」←その可能性はともあれ、必ず疑ってかからなければらない重要なポイントとなる。【好きで怒る奴などいない】)


■ざっくり考えられる推論
ちょっと現在テーマになっている結論方向から逆回しで考えてみます

「『共同幻想』適応しているキラキラお嬢様最強伝説」
 ↑
このアイデアのモチーフは以下でしょう
 ↓
「私がそんなお嬢様だったなら(『共同幻想』権威に認められる”いい子”)
きっと父は(暴力など振るわない)優しい人だったに違いない」
 ↓
更にその元ネタ
『母親』

正確性はさておき、
『共同幻想』適応のいい子であることをあなたに強迫的に命じたのは(自覚の有無はともかく)
この筋書きで得するのは誰か?一番単純に考えれば
「(あなたにとっての権威や正統性の象徴と思われる)被害者コスプレ上手な母親」となります
(勿論、ここは一段階目の推理なので「まずそう考えてみる」的試考)

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posted by kagewari at 04:21 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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